【『都心大震災』発生から10日目】~教団序列3位『不傷』~

 防衛省の電波塔へと上がる階段の前で、特徴的な風貌の三人と、怪しげな風貌の三人が相対している。


 七星寿一は玉虫色の前髪を後ろへ掻き上げつつ、深い溜め息をついた。


「防衛省の人々に勘づかれないよう少数精鋭で訪れたというのに、見つかるなんて残念ですねぇ。この日のために何年も防衛省に潜伏させてきたというのに、台無しだ」


「どの口が言う。先ほどわざわざこの場所から、私に合図を送ってきたではないか」


 七星寿一の言葉をヴィドックが一蹴。

 拳銃を向けたまま、険しい顔つきで更に言葉を続ける。


「貴様の言葉からは信念も正義も感じない。大人しく自首をしろ……そうすれば、命まで取りはしない」


「信念? 正義? なんですか、それは。そんなもので誰かを救えるとお思いで?」


 七星寿一が鷹揚に両手を開いて、悪意たっぷりの顔でヴィドックを嘲笑う。


「一つゲームをしませんか? 私はこれから、この鉄塔の最上階へと向かいます。一時間以内に私の元に追いつくことが出来れば、あなたたちの勝ちとして、素直に言うことを聞きましょう」


「……追いつけなければ?」


「え? ああ、そうか。ゲームなら罰ゲームがあった方が燃えますよねぇ。ん~、そうだな~……じゃあ、こうしましょうか」


 七星寿一がおもむろに右手を上げ、パチンと指を鳴らした。


「イッツァ! エンタァァァァァァァテェイメェェェェェェン!」


 七星寿一が叫ぶと同時に、近くの施設で爆発が起きて炎上。

 ヴィドックたちが素早く消防隊に連絡するのをよそに、七星寿一は電波塔の階段へと向き直る。


「私に追いつけなければ、この辺り一帯はすべて火の海になると思ってください。それでは、楽しい愉しいゲームのスタートです♪」


「待て、七星寿一……!」


 再びヴィドックが七星寿一に向かって発砲。

 しかし、ローブの巨人が盾となって、弾丸を弾いた。

 巨人は弾丸をものともせず、ローブを引きちぎって、その下の姿を現す。


 ローブの下から出てきたのは、黒ずんだ鋼鉄の甲冑。

 その兜には、有名な拷問器具『鉄の処女アイアン・メイデン』のごとく、乙女の顔が彫られていた。


「ハァ――ハァ――……明王みょうおう様には……指一本、触れさせない……」


 甲冑の中から低い男性の声が聞こえてきた。

 荒い呼吸が甲に当たって、ブフー、ブフーと、くぐもった音を響かせている。


「あとはよろしく頼みましたよ、『不傷アンデッド』。我々の光で、目醒めぬ者たちを照らしてあげてください」


「ハァ――ハァ――はい……

 教団序列3位『不傷アンデッド』……刃金仁呼はがね にこ……! 

 明けぬ夜を照らす……光となります……!」


 七星寿一がもう一人のローブの人物と一緒に階段をのぼっていく中、刃金と呼ばれた鎧の男は、通せん坊をするように両手を大きく開いた。


 ヴィドックたちは得体の知れない刃金を警戒し、遠目から観察する。


「教団序列3位か……厄介な者を連れてきたな」


「マスター・ヴィドック、教団序列ってなんなんだい?」


「探偵紳士……キミは本当に勉強不足ですね。『夜明けの明星会』では、活動実績や実力に応じて、教団内での地位が上下するんですよ」


「教団内での序列を設けることで、信者どもの競争意識を高めている訳だな。気に食わん組織だが、理にかなったシステムをしている」


「未覚醒者どもぉぉぉぉぉ……!」


 会話をしている最中に刃金が飛び掛かってきた。


 三人はそれぞれに散って回避し、ヴィドックは躊躇せずに刃金へと発砲。

 しかし弾丸は簡単に弾かれ、刃金の全身を包む甲冑には傷一つつけられない。


「チッ……これだからこの国の拳銃は頼りにならん。44を持たせろというのに」


「どこの危険な刑事ハリー・キャラハンですか。この程度の相手に、武器を使う必要などありませんよ」


 博士探偵が刃金に歩み寄り、懐から一本の注射器を取り出した。

 その注射器の針を自らの手首に刺し、容器の中の赤い薬剤を体内に注射しつつ、仲間たちに呼びかける。


「先生と探偵紳士は七星寿一を追ってください。あの男のことです……追いつけなければ本当に、他の建物も爆破することでしょう」


「博士くん、平気か? あの鎧は恐らく、奇怪な構造を持つ『妖甲ようこう』の一つだと思うが」


 心配した顔を向けた探偵紳士を余所に、博士探偵は興奮した様子で両拳を握り込み、ブルブルと身体を震わせる。


「だからこそ、僕が相手をしたいんじゃないですか……! ああいった類の犯罪者を前にして、じっとられませんよ! そう、世界平和のために!」


 そう語る博士探偵の顔は、まるで新たな玩具を前にした子供。


 ――この顔になった博士探偵には何を言っても意味が無い。

 博士探偵をよく知る二人は、その場を託して、七星寿一のあとを追うことにした。


「ハァ――ハァ――待て、未覚醒者どもぉ……!」


 階段へと向かうヴィドックと探偵紳士に、刃金が突っ込んでいく。


 しかし、横から瓶が飛んできて身体に直撃。

 瓶が割れて、中の橙赤色の液体を浴び、思わず立ち止まってしまった。


 瓶を投げた博士探偵は、アゴに手を当てて、フンフンと考え込む。


「金すら溶かす王水でも大した反応はありませんか。流石は妖甲……相当に特殊な素材で造られているようですね」


「ハァ――ハァ――貴様ぁ……! よくも、明王様から授かった、聖なる鎧をォ……!」


 刃金が矛先を変え、博士探偵に突進する。

 甲冑を着込んでいるにも関わらず、その動きは俊敏。

 数メートルはあった博士探偵との間合いを一瞬で詰めて、勢い良く拳を振り下ろした。


 博士探偵が後ろにひいて回避した結果、刃金の拳はコンクリの床へと命中。

 隕石でも落ちたかのごとく、コンクリの床に大きな亀裂を生んだ。


「ふふっ、人体などひとたまりもない威力ですね。ですが、それほどの威力の打撃……鎧をつけた状態でも、拳が無事で済まないのでは?」


 威力の高すぎる打撃は放った本人をも破壊してしまう。

 鋼鉄で覆われていても、それは変わらない。


 刃金は今、骨が軋む苦痛で悶絶している――はずだった。


「ハァ――ハァ――ギ、ギモヂイイ……!」


 しかし漏れ聞こえてきたのは、苦悶の声ではなく、愉悦の声。


 激痛を物ともせず、博士探偵に再び飛び掛かり、拳を振り下ろす。

 拳は博士探偵に避けられ、またもや地面を砕いた。同時に刃金は「ギモヂイイ!」と歓喜し、攻撃の手を緩めない。博士探偵を追いかけ、次々と拳を振るい続ける。


 刃金の動きは鈍るどころか、徐々に素早くなり、博士探偵の身体を捉え始めた。


「ハァ――ハァ――やっぱり、この聖なる鎧は、良い……! 動くほど、気持ち良い……! 痛みが、消える……! 怖くなくなるッ!」


「痛みが消える……? なるほど、その鎧の正体は『なでし――」


 とうとう刃金の拳が博士探偵の横っ腹に直撃した。


 博士探偵の身体から真っ赤な液体が飛び散り、刃金の兜へと付着。

 華奢な博士探偵は軽々と吹き飛ばされ、屋上を盛大に転がってしまう。


 血と砂でズタボロとなった博士探偵に追い打ちをかけるべく、刃金はゆっくりと近づいていく。


「ハァ――ハァ――ずっと、痛いのが怖かった……ママは毎日毎日僕を殴って……蹴って……叩いて……毎日毎日毎日……ハァ――ハァ――痛くて痛くて痛くて……ずっと苦しかった……」


 博士探偵を倒して高揚しているのか、刃金が恍惚の声を漏らしていく。


「ハァ――ハァ――明王様が……この聖なる鎧を、くれて……痛いのが、気持ち良くなった……怖くなくなった……ハァ――ハァ――だから僕は……明王様に、全てを捧げる……」


 そして転がったまま起き上がらない博士探偵の元までたどり着き、拳を大きく振り上げた。


「ハァ――ハァ――死ね……! 未覚醒者めッ!」


 しかし拳を振り下ろそうとしたその時、刃金の身体がグラついて、そのまま背中から倒れ込んだ。


 ビクビクと全身が痙攣を始め、立ち上がれそうにない。


「よっと……刃金さぁーん、まだ意識はありますかー?」


 そこで博士探偵が立ち上がり、倒れた刃金を見ろした。

 額からも、口からも血を流しているにも関わらず、余裕の微笑をたたえたままで淡々と語る。


「その聖なる鎧……『撫子なでしこ』の原理を説明しましょう。その鎧には、内側に特殊な針がぎっしり付いていましてね。動いたり、衝撃を受けたりするほど、針が身体に刺さって、脳内麻薬のドーパミンを生むんですよ」


「ドーパ……? ハァ――ハァ――……何を、言って……ぐぉ……! おおおおおおおっ!」


 刃金の痙攣が激しくなった。

 しかし、甲冑から漏れ出る声は苦しそうではなく、むしろ心地よさそうだ。


 痙攣が激しくなるにつれて、漏れ出る声もますます大きくなっていく。


「ドーパミンが出ると、どうなるか……分かりますか? 痛みを感じず、むしろ気持ち良くなるんですよ。そう、こんな風にね」


 そこで博士探偵は、先ほど拳を受けてグシャグシャとなり、あらぬ方向に曲がった自分の腕を見せつけて、キラキラと目を輝かせて笑った。


「ほら、腕がグチャグチャになっても平気でしょう? 戦う前に試作品を注射しておいて良かったぁ。素でこの怪我を負っていたら、泣いちゃってましたからね、アハハハハハハハ!」


「ハァ――ハァ――……から、だ……ギモ、ヂ……ハァ――ハァ――」


 地面に転がったまま、ひっくり返った虫のように手足をバタつかせる刃金。

 動きがどんどん激しくなるものの、それでも立ち上がることは出来ない。


 そして、その哀れな姿とは対照的に、甲冑から漏れ聞こえる声は、とても愉悦に満ちていた。


「でも痛みというのは危険信号ですから、やはり感じられた方が良いですね。僕を殴った時に兜へかけた薬品が劇薬だって、気付かなかったでしょう?」


 先ほど殴られた際、博士探偵は返り血に紛れて、毒薬を刃金の兜に付着させていた。


 その毒は呼吸のたびに刃金の身体を蝕み、猛烈な痛みを与えたはずだ。

 本来ならすぐに異常に気付いて、兜を脱ごうとしただろう。


 だが脳内麻薬で痛みが緩和されている刃金は、自分の肉体が蝕まれている事実に気付けなかった。


「ハァ――ハァ――……ギモヂ、イイ……! ハァ――ハァ――」


 刃金の痙攣が一層激しさを増す。全身の鎧の内部につけられた針がますます肉体に刺さり、更にドーパミンが生まれ、快楽が強まっていく。ますます快楽を求め、自ら身体を動かして、自分自身に痛みを与え続ける。


 博士探偵は懐から手帳とペンを取り出して、死にゆく刃金の様子をつぶさに観察しながら、楽しそうにスラスラとペンを走らせた。


「ふむふむ、快楽の中で死ぬとこうなるんですか。ありがとう、刃金さん。あなたのおかげで世界平和に一歩近づきましたよ……やはり犯罪者は最高の実験材料モルモットですね」


 そう言って満足げに微笑むの博士探偵に、一点の曇りも無かった。

 

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