【『都心大震災』発生から5日目】~とある地上での出来事~
美食探偵が推理を披露している頃、都心大震災から五日が経った地上は、復興作業が後手に回り続けていた。
その原因は、東京各地で発生している不可解な殺人事件の影響。
老若男女関係なく、前触れすら無く、突然凶器を持って周囲の人々に襲い掛かる人々が続出しているのだ。
テレビのニュースでは連日、絶え間無く殺人事件を報道し続け、社会全体の混乱はまるで落ち着く見込みが無い。
「今宵はアゲ~♪ アゲアゲ♪ アゲル夜~♪」
人気のない商店街の一角――家電量販店のウィンドウ内に置かれた大量のテレビ全てに、デフォルメした星型のキャラクターがコミカルに歌って踊る様子が映し出される。
これは新興宗教団体『夜明けの明星会』のCM。
震災後、テレビのCMはほとんど自粛している関係で、基本的に公益社団法人のCMが流れているが、『夜明けの明星会』だけは「社会が不安定な時こそ信仰が大事だ」と言ってCMを止めなかった。
そのせいで現在、この宗教団体のCMばかりが流れていて、テレビがある家庭で一度も観ない日は無い状態だ。
そんな賑やかなCMが流れている中、一人の女性が駆け込んできた。
女性は店の前で足を滑らせて転倒し、床に顔を打って、鼻血を出してしまう。
女性を心配するように、一人の子供がトコトコと歩いてきた。
異様なことに、その手には鋭利なハサミが握られ、刃先には血がしたたっている。
子供の眼には生気が一切なく、焦点も合っていない。
何か同じ言葉をボソボソと繰り返しながら、女性に近寄っていく。
「タ、タッくん……やめて……私はあなたのお母さんよ? わからないの……?」
女性が震えた声で諭すように語りかけた。
しかしタッくんと呼ばれた子供に反応は無い。
「明けぬ夜……明けぬ夜……」と、壊れた蓄音機のごとく、同じ言葉を繰り返し続ける。
そして女性の前に立って、ハサミを大きく振りかぶった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!? タッくん、やめてぇぇぇぇぇ!」
その時――願いが通じたように、子供の動きが止まった。
女性は子供が正気に戻ってくれたのかと期待したが、どうやら違うらしい。
子供の身体に、透明な糸のようなものが巻きつき、力ずくで動きを止めていたのだ。
「それ以上動くなよ。捕獲用の柔らかめなワイヤーだが、動くと怪我をするぜ」
そこへ商店街に似つかわしくない、フード状の黒装束をまとった男がやってきた。
男の右手には、名刺ケースのようなものが握られていて、そこから多数の細いワイヤーが伸びている。
「明けぬ夜……明けぬ夜……!」
子供が抵抗しようと激しくもがく。
子供を縛るワイヤーが暴風を受けたみたいに揺れ動き、子供の肌へと食い込んで、皮膚が裂けて出血してしまう。
ワイヤーを支える黒装束の男も、ワイヤーの動きに巻き込まれて、少し身体が揺れ動いた。
しかし体勢は崩さず、冷静にワイヤーを握り続ける。
「情報通り、脳のリミッターが外れてるってワケか。身体が仕上がってないガキでコレなら、洗脳された大人の対処は厳しいだろうな……オレ以外は」
そう一人で語りつつ、黒装束の男が右手を軽く動かした。
その僅かな動きだけで、子供を縛るワイヤーがキュッと絞まり、抵抗を押さえ込んでしまう。
先ほどまで激しく暴れていた子供がまったく動けそうに無い。
「ったく、暴れたせいで傷だらけじゃねぇかよ……少し眠っておきな」
黒装束の男が縛られた子供に歩み寄り、軽く首へと触れる。
僅かそれだけの動きで、子供は電池が切れた玩具のように動きを止め、男の胸の中に倒れ込んだ。
男は苦々しげな表情を浮かべ、「……手荒な真似をして悪かったな」と囁きかけた。
「あ、ありがとう、ございます……あなたは、一体……?」
子供の母親が立ち上がり、黒装束の男に頭を下げつつ訊ねた。
男は黒装束のフードを取って、薄茶色の髪と、切れ長の鋭い目を露わにしながら答える。
「一連の殺人事件を捜査中の探偵だ。別件の捜査中だったんだが、たまたま助けに入れて良かったよ」
探偵の男は気絶したままの子供の頭を優しく撫でながら、表情に暗い影を落とした。
「ただ、おたくのお子さんは……もう完全に脳をやられちまってる。気の毒だが、今のままだと一生正気に戻れねぇ」
「そんな……!? タッくんを救う方法は無いんですか!? お願いします、タッくんを助けてください!」
縋りついてきた母親を宥めつつ、黒装束の男は逡巡した様子を見せた。
しばらく黙り込んだあと、意を決したように懐から名刺を一枚取り出して、母親へと手渡す。
「ウチの事務所の所長は、探偵業界でも随一の科学者でな、脳科学の見識も深いんだ。断言は出来ないが……所長に預ければ、なんとかなるかもしれない。どうする? オレに子供を預けてみるか?」
男の差し出した名刺には『
男の通称は『鬼畜探偵』。
この時代において、戦闘面では最強と名高い探偵である。
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