【『都心大震災』発生直後】

 群青寺が手に持ったライトで、真っ暗な会場内をぐるりと照らしていく。


 出入り口は天井に届くほど大量の瓦礫で閉じ込められ、通行不能。

 演壇があった側も大量の瓦礫で、すっかり覆い尽くされてしまった。

 瓦礫で大勢が圧死したからか、土砂の匂いに混じって、血液の匂いもする。


 考えれば考えるほど絶望的な状況だ。


「クソがッ! おい、誰か手伝ってくれ! さっさと瓦礫をどかして脱出しねぇと!」


 色黒の男が大声で叫び、出入り口を塞ぐ瓦礫をどかそうとした。

 恰幅の良いオカッパの男もそれに続き、瓦礫へと触れる。


 群青寺が「待て!」と呼びかけるものの、男たちは止まらない。


 オカッパの男が触れた途端――瓦礫が崩落。

 瓦礫はオカッパの男を悲鳴ごと呑み込み、床に血溜まりを広げた。


「ひいいいいいいいいっ!?」


 セーラー服の少女の悲鳴が閉鎖空間に反響する。

 瓦礫のそばに立つ色黒の男は、唖然として膝から崩れ落ちた。


 ――このままだとパニックは必至。また犠牲者が出てしまう。

 だがナージャは、眼の前の事態にどうすればいいかわからず、立ち尽くすことしかできない。


「みんな落ち着いてちょうだい」


 そこで美食探偵が柏手を打ち、声をあげ、視線を自分に集めた。

 更に、漆黒の前髪をセンター分けに整えながら、落ち着いたトーンで言葉を続ける。


「人間は何も食べなくても一週間、水を呑まなくても三日間は生きていけるわ。慌てて行動しても悪い結果を生むだけ。今は冷静に、救助が来るのを待ちましょう?」


 美食探偵が朗らかに微笑みかけると、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。


 ――完全にパニックに陥っていたのに、一声で落ち着かせてしまうなんて。

 ナージャは改めて、プロの探偵の凄さを実感する。


「さっき私たちを呼び寄せてくれたあなた……博士探偵のお弟子さんね?」


 それから美食探偵は、群青寺の方へと向き直って、声をかけた。

 群青寺は少し気まずそうにしつつも、うなずいてみせる。


「やっぱりバレました……? ウチの師匠、評判が悪いし、あまりバレたくなかったんですけど」


「ふふっ、あんな超人的な予知を見せられたら流石にねぇ。瓦礫に埋まった男性を救い出したいから手伝ってちょうだい。あなたの眼なら、難しくないでしょう?」


「へいへい、お任せあれっと」


 美食探偵と群青寺が二人で眼鏡の男が埋まった瓦礫の前まで行き、慎重に瓦礫をどかし始めた。


 妙なのは、時おり群青寺が「そこは駄目です」と美食探偵を制する点。


 美食探偵も群青寺にそう言われると、質問も返さず、大人しく指示に従う。


 まるで群青寺には取り除くと危ない瓦礫が見えていて、その事実を美食探偵も知っているかのようだ。


 三分と経たない内に、二人は大量の瓦礫をどかし終えて、血まみれの状態で仰向けに倒れるオカッパの男を助け出した。


 しかし男に動く様子は無い。

 苦しげに見開かれたままの目が、生命活動の停止を感じさせる。


「……瓦礫に混ざっていた鉄骨が喉を貫通したのね。私が力ずくでも止められていれば……」


「俺もあなたも距離が離れすぎていたでしょう? どう足掻いても救えませんでしたよ」


 美食探偵は手でそっと、オカッパの男のまぶたを閉じさせ、しばらく手を合わせると、生存者たちの方へと向き直った。


「今ので十分わかったと思うけど、この出入り口の瓦礫はかなり危ういバランスで積み上がっているわ。下手に触ると最悪、この部屋全体が埋まったり、空気の通り道が遮断されたりして、全滅するかもしれない。脱出したい気持ちはわかるけど、下手に触らないように、ね?」


 言いつつ美食探偵の目が、真っ先に瓦礫を触った色黒の男の方へと向く。

 色黒の男はしっかりと罪悪感を抱いているようで、勢い良く土下座し、床に額を擦りつけてみせた。


「という訳で、しばらくは生き残ったみんなで協力して、この地下で救助を待つことにしましょう。大丈夫。都心タワーほど有名な施設の地下なのだから、きっとすぐに救助がやってくるわ」


 美食探偵は笑顔で語り、視線を群青寺へと送る。

 群青寺は意図を察したようで、面倒くさそうに頭を掻きながら、口を開いた。


「それじゃあ簡単に自己紹介をしていきましょうか。俺は群青寺。探偵をやってます。観察眼に自信があって、先ほど瓦礫の落下を予想できたのも、観察眼の賜物です」


 自己紹介を終えた群青寺が、ナージャに手で次の役を促す。

 ナージャは促されるがままに群青寺に続いた。


「ナージャ・ニクリンよ。ナージャと呼んでもらえると嬉しいわ」


「よ、由田灯里よしだ あかり! レスリングをしています!」


 ナージャの隣のセーラー服の少女が声を張り上げた。

 レスリングという単語に反応してナージャが灯里の方を見ると、真っ赤な顔でニヘッと不器用な笑顔を返してみせた。


 どうやら彼女は、ナージャのことを知っているらしい。


「あの、さっきは先走って本当にスンマセンでした。九里房太郎くり ふさたろうっす。ツレからはボーって呼ばれてます」


「ボーくんの嫁のクリコでぇす。皆さん、仲良くしてくださぁい。あっ、絆創膏とか消毒液とかたくさん持ってるんで、欲しい人は言ってくださいねぇ~♪」


 色黒の男と、男に抱きつく金髪の女性が二人続けて自己紹介をした。

 二人ともお揃いのストリート系のファッションに身を包み、左手の薬指に指輪をしていることから、夫婦なのは事実のようだ。


 九里夫婦に続いて、その隣のチェック柄のカジュアルスーツを着た丸メガネの男が語る。


「……志崎しざきです。役に立てるかは分かりませんが、生き残るために尽力いたします」


「ウキャキャ……クソワロ、お気楽な真面目ちゃんばっかりかお?」


 志崎と名乗った男の隣――真っ黒なパーカーのフードを目深にかぶった男がケラケラと嘲った。


 フードからこぼれた金色の長い横髪を指で弄りつつ、フードの男は美食探偵へと問い掛ける。


「美食探偵ちゃんも気付いてるっしょ? このままじゃ、きっと助けなんて来ないってことにさぁ!」


「ハァッ!? どういう意味だよ!? 訳わかんねぇ!」


 色黒の男――ボーが慌てて訊ねた。

 薄ら笑いを浮かべたまま、フードの男は質問に答える。


「アンタさぁ、いくら大地震と言っても、都心タワーの地下がここまで壊れるとか変だと思わねぇのかお?」


「へ……? そ、そう言われると、確かに……?」


「それに、さっきの地震の間、チラホラと爆発音も聞こえたじゃん? そこから察せられるでしょ、常識的に考えて」


「まさか……この崩落は爆破テロの影響ってこと?」


 思わず割って入ったナージャに、フードの男がニヤリと口角をツリ上げてみせる。


 ナージャも違和感を覚えていた。

 都心タワーほどの建造物が、地震対策を不十分にしているとは思えない。

 

 ここまで大量の瓦礫が落下してくるのは、明らかに異常だ。

 

「もし大地震に合わせてテロが起きているとしたら、外は今頃大パニック! こんなキャパ数十人ばかしの地下施設の救出なんて、後回しなのは確定的に明らか! マターリしてたら全員餓死でFAファイナルアンサーだお!」


「余計な不安は煽らないでくれるかしら、生主探偵なまぬしたんてい


 フードの男の言葉を美食探偵がピシャっと遮った。


「配信のネタのために私のトークショーに参加したまでは許すけど、罪のない人々に危害を加えるなら、容赦しないわよ」


「ウキャウキャ! 必死すぎワロタ! 視聴者受けもバッチリだお、美食探偵ちゃん!」


 『生主探偵』と呼ばれた男は、ハンディカメラを取り出し、愉しげに破顔する。


「『都心タワー地下でサバイバルしてみた』……! この動画をうpれたらオレっち、生主界のレジェンド確定だお! 撮れ高キボンヌだじぇ、哀れなパンピー諸君! ウキャキャキャキャ!」


 フードの男――『生主探偵』の耳障りな笑い声が反響した。


 あまりにも下劣で悪意に満ちた男だ。

 同じ探偵を名乗る者でもここまで差が出るものかと、ナージャは激しく苛立った。


 一方、生主探偵と対峙する美食探偵は、顔色一つ変えない。


「残念だけど撮れ高は無いわ。この私、美食探偵が命を懸けて、ここにいるみんなを無事に生還させてみせるもの」


 美食探偵は迷いなく言い切った。

 生主探偵の言動で不穏だった空気が、その一言で和らぐ。


 生主探偵はつまらなそうに舌打ちをし、ハンディカメラを懐へと仕舞った。


「その余裕がいつまで続くか楽しみだねぇ……まぁいいや。せいぜいその小綺麗な顔が歪むのをマターリ待つことにするお」


 生主探偵はひとまず引き下がったが、まだ油断ならない。

 少しの油断やトラブルが命となりかねないこの閉鎖空間において、あまりにも大きな不安材料だ。


 ただナージャは決して、悲観的になっていなかった。


「群青寺くん、お願いがあるの。ここから脱出できたら、美味しいフードコートを紹介してちょうだい。だから、なんとしても……一緒に生き抜きましょうね」


 隣でライトを手に持つ群青寺に語りかけるナージャ。

 シビアな彼女らしからぬ前向きな言葉に群青寺は眼を丸くしつつも、微苦笑し、うなずきを返してみせる。


「ああ、必ず生き抜こう。キミの安全は俺が保証する。だから……キミのお父さんに俺の活躍を伝えて、報酬を上げるようお願いしてみてくれ」


「報告できるような活躍がこの先見られたら、喜んで報告するわ」


 そんな軽口を群青寺と叩き合うことで、気分がずいぶんと軽やかとなった。


 『理想探偵』群青寺宗介と、『美食探偵』根室漆。

 今まで出会ってきた人々とまるで違う、この二人の探偵と協力すれば、どんな苦境も必ず乗り越えられる。


 そんな前向きな気持ちが、暗がりと不安で押し潰されそうな心を、強く励ましてくれるのだった。


「……ぬ夜……」


 その時――暗がりのどこかで、誰かが何かを呟いた。

 正確に聞き取ることはできなかったものの、ナージャの耳にはこう聞こえた。


 「――明けぬ夜」と。

 

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