第4話 出発! 魔王な兄妹




     *          *


「お、お兄ちゃん、待って。やはり、勇気が出ないよ」


(『永遠に出られないかもしれぬ』と思っていた城を出て、転生前の思い出話を出し合いながら歩いていたら……あっという間に一番近い王都へ着いてしまった。映像ではいつも見ていた町並み。そこへ通じる最後の橋に、私は立っている。これだけでも、夢のような体験だ)


「大丈夫だ、亜美のことは絶対にオレが守ってやる」


 話し合いの結果、ダッガ・ハーゼン・モンクスは、ピート&アーミティアとは別の街へ向かっていた。

 もしも人々が魔王兄妹に敵意を向けてきた場合、人間である彼ら3人は『裏切り者』ということになる。

 『それでも構わない』という3人の意志を制し、まず兄妹ふたりで活動することになった。

 三人衆の役どころは、人間の立場から少しずつ噂を浸透させる地味な係。

 もちろん、魔王兄妹の活動が上手く行けば、意図的に噂を流さずとも、あっという間にそれは広がるかもしれないが。


「本当に、入国審査は大丈夫なの?」

「勇者だからな、大抵の国はこの腕輪の証で出入りできる。その勇者が連れている者はもちろん、勇者の仲間として信頼性は保証される」


 勇者としてやって来た分の信頼ポイントを思えば、そうそう疑われることはないだろう、と、ピートは思っていた。

 おそろいのバンダナで角を隠し、似合わない冒険者[魔法使い]スタイルを気にしながら、ポニーテールのアーミティアも覚悟を決める。


(そういえば、たびたび身分証明のタイミングで腕輪を使っていたっけ。あらためて、お兄ちゃんて……勇者なのだなぁ)


 生前にも、密かに自慢の兄だと思っていた亜美だったが、だんだんとその時の想いが甦っていた。

 しかし、この24年ほどの間、ひとりの男として見ていたことで、どうにも複雑な気持ちが胸の中に渦巻いていた。


「まずは情報収集だな。この国では盗賊団と政府が繋がっている疑いがある。その証拠を末端から掴んでいくんだ。で、最良のタイミングで民衆に知らせ、味方につける……と。昔、ドラマやアニメでよくあっただろ?」

「ああ……あったね。でも、それは作り話だし、実際に上手くいくのかな」

「魔王なオレ達なら、そうそう命の危険もないだろう。気をつけなきゃならないとしたら、強すぎるチカラで人に恐れられないようにすることだ。悪人でも圧倒的にやっつけちゃいけない……って、そういうのは亜美の方がよくわかってるか」

「いやぁ……城での戦闘とはまた違うと思うんだよね」


(お兄ちゃんって、こんなに楽観的だったかな? いや、長い時を経ているのだ。変わるところなど、いくらでもあるだろう。勇者わかいからだに転生し、感性も若々しくなっているしな……)


「何だ何だ、魔王アーミティアの余裕はどこへ行ったんだよ。人間の成分が多くなりすぎたか?」

「あのね……私は何十年もの間、城から出ることもなかったのだよ? もう少し気遣ってくれてもいいと思うのだけど」


 唇を尖らせて抗議するアーミティア。

 そんな子供っぽい仕草に、ピートは思わず吹き出した。


「そのかわいらしさなら、そうそう魔王だとはバレないだろうな」

「もう……何十年も生きてる魔王に『かわいい』というのはどうなの?」

「そんなの関係ないよ。何十年経とうと、魔王になろうと、お前はオレのたったひとりの妹。言われておけばいいんだ」

「……そう言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいと言っておるのだ」


 照れ隠しに、つい魔王口調で返す。ふたり、顔を見合わせ笑い合う。

 不安はあるが、期待もいっぱい。なんだかんだワクワクが隠しきれない兄妹ふたりだった。


「とにかく目立たないことが第一。うまく溶け込んで普通の生活を満喫しよう。まず、何がしたい?」

「そうだな……お兄ちゃん、好物のミートパイがあるよね? いつも見ていて、ずっと食べてみたいと思っていたんだ」


 思い出してニマニマするアーミティア。

 そんな顔を見て、ふと、ピートは気になっていたことを少し強張った顔で問うた。


「…………な、なあ、妹よ」

「何かな、お兄ちゃん」

「いつも見てたって……どこまでなんだ? その……兄だと認識してなかったとはいえ」


 少し見つめ合ったのち、アーミティアは視線を泳がせて考えるふり。

 そして、楽しいことを見つけたように口元をほころばせた。


「あっ、あの行商人、ミートパイ扱ってる系の人じゃない? ついて行って、そのまま私達も入国しちゃおう」

「あ、ちょ、待てよ!」




 お兄ちゃんに顔を見られないよう、サッサと入国審査の列に並ぶ。

 私は……魔王アーミティア、改め、アミ。


 馬車の荷車から、何種類ものおいしそうな匂いが混ざり合ったものが漂ってくる。

 何十年かぶりに、おなかがグゥと鳴った。


「楽しみだな……じゅるフフッ」




 かくして、ふたりの魔王系ダークヒーロー兄妹が、悪政を隠す国を次々と正していくツーカイな物語がいよいよ始まる。

 はず、なのだが……予想以上に食の楽しみを思い出してしまうアミが本格的に動き出すのは、もうすこーし先のお話。




おわり

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「世界の半分をお前にやろう」と女魔王に言われて、勇者として兄としてオレは 茉森 晶 @matumori_show

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