君に告白した

煤元良蔵

君に告白した

「コッケコッコ―」

 

 静寂を切り裂く鶏の声。その声がファーストヴィレッジに朝の到来を告げる。

 

 鶏の声で目を覚ます。いつもと同じ朝だった。だが、いつもと違い、その日は何かの夢を見ていた気がする。何か、不思議な夢を……。

 

 俺は、上体を起こして大きく伸びをする。そして、欠伸を噛み殺しながら、夢の内容を思い出そうとした。しかし、靄がかかったように夢の内容を思い出すことが出来ない。


 思い出すことを諦めた俺は小さく息を吐き、ベッドから起きた。所詮は夢、思い出せなくても問題はない。そう思いながら、俺は寝巻から普段着に着替えた。そして、身なりを整える為に姿見の前に立った。鏡の中には涙を流したぼさぼさの黒髪の青年――俺が映し出されていた。どうして泣いているのか分からない、ただ、胸が絞めつけられるように苦しい。動悸が早くなり、気分が悪くなってくる。ゆっくりと、大きく深呼吸を繰り返すと、速くなった心臓の鼓動が元に戻る。


 涙を拭き、部屋の換気のため、俺は部屋の窓を開けた。


 俺の視線の先では村人たちがソワソワとして何かを話していた。そう、今日は魔王討伐の旅に出たという勇者が村に来る日だった。


 どうして、今日来ると分かったのか?

 

 それは俺には分からない。いや、俺以外の誰も分からないだろう。ただ、今日来ると何となく分かったのだ。

 

 俺は急いで身支度を整えて家を出た。大事な役割があったからだ。擦れ違う村人に軽く挨拶しながら全速力で走ると、数分で目的地である村の入り口に到着する事が出来た。


 深呼吸を繰り返し、村の入り口に立っていると、村人達の歓声が鳴り響く。それは、勇者が村に到着した合図だった。

 

 村の入り口で待っていると、村人を掻き分け、二人組の青年が近づいてきた。

 

 片方は見たまんまの僧侶。もう一人は、黒髪のクセッ毛、ガッチリとした筋肉質な肉体、木の防具に身を包み、木の剣を背負った青年だった。彼が、魔王討伐の旅に出ている勇者なのだろう。

 

 俺の前に立った勇者は無表情のまま、手を差し出してきた。握手を求めているのだろう。俺はその手を握り、満面の笑みを浮かべる。そして、自分の仕事を遂行する。


「ようこそ、ここはファーストヴィレッジ。お待ちしておりました勇者様」


 村に来た勇者に歓迎の言葉を述べる。それが俺の仕事だった。


「ああ、ありがとう……それと、これ」


 そう言って勇者は赤い薔薇を手渡してきた。

 

 赤い薔薇?あ……。


「ありがとうございます」

 

 俺は、勇者に深々と頭を下げて感謝の言葉を述べた。勇者がなぜ知っていたのかは分からない。しかし、俺は今、赤い薔薇がどうしても必要だった。

 

 何かお返しをしなくてはならない。そう思った俺は1000Mを勇者に手渡した。魔王討伐の足しにしてくださいという言葉を添えて。

 

 お金を受け取り、村の中心部に向かう勇者と僧侶を見送った俺は、幼馴染のカオルの家に向かった。


 村はずれにあるカオル宅に着いた俺は、赤い薔薇を背中に隠して扉をノックする。すぐに「どうしたの?」と言って深紅の赤髪を腰まで伸ばした褐色肌の女性――カオルが顔を出した。


「……ねぇ、どうしたの?」


 俺がいつまで経っても話を切り出さないからか、少し苛立ったようにカオルは首を傾げる。大きく息を吸った俺は意を決して背中に隠していた赤い薔薇をカオルの前に差し出した。

 

「これ、まさか」

 

 突然の事に驚いたのか、カオルは目を見開いて俺と薔薇を交互に見て呟いた。頬を染めたカオルを真っすぐ見つめて俺は首を縦に振った。


「……遅いわよ。馬鹿」


 そう言ってカオルが俺に抱きついてくる。

 

 やった。成功した。告白……できた。


 俺は抱きしめてくるカオルを抱きしめ返した。その時、どこからともなく声が聞こえてきた。


「あー。やっぱこのキャラじゃなくて、別のキャラの方がよかったなぁ。キャラクリからやり直すか」


 理解できないその言葉のすぐあと、耳をつんざくような爆音と共に世界が闇に包まれた。


※ ※ ※


「コッケコッコ―」

 

 静寂を切り裂く鶏の声。その声がファーストヴィレッジに朝の到来を告げる。

 

 鶏の声で目を覚ます。いつもと同じ朝だった。だが、いつもと違い、その日は何かの夢を見ていた気がする。何か、不思議な夢を……。

 

 俺は、上体を起こして大きく伸びをする。そして、欠伸を噛み殺しながら、夢の内容を思い出そうとした。しかし、靄がかかったように夢の内容を思い出すことが出来ない。


 思い出すことを諦めた俺は小さく息を吐き、ベッドから起きた。所詮は夢、思い出せなくても問題はない。そう思いながら、俺は寝巻から普段着に着替えた。そして、身なりを整える為に姿見の前に立った。鏡の中には涙を流したぼさぼさの黒髪の青年――俺が映し出されていた。どうして泣いているのか分からない、ただ、胸が絞めつけられるように苦しい。

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