電柱望遠鏡 ~犬の尿で電柱が伸びるので調べてみたら 望遠鏡ができて、別の星の知的生命体と遭遇した~

はすかい 眞

電柱望遠鏡 ~犬の尿で電柱が伸びるので調べてみたら 望遠鏡ができて、別の星の知的生命体と遭遇した~

 ぼくはいぬ。名前は──、あッこの音! お散歩の時間だ!

「ウィルー、お散歩行こう」

 リードの音をちゃりちゃり響かせてみずほが寄ってきたので準備は万端、とバウバウ言う。ぼくのバウバウはたまにみずほに伝わってたまに伝わらない。お互い様だからぼくは特になんとも思っていない。

「リード着けれないからじっとしててよぉ」

 いけない、嬉しくてつい床をゴロゴロしてしまっていたらみずほを困らせてしまった。勢いよく起き上がってお座りの姿勢を取る。こういう空気を読むのはぼく、得意なんだ。

「よし、じゃあ行こっか」

 バウ!

「ディップはお留守番しててね」

 ディップはぼくのお兄ちゃん。ぼくより体は小さくて脚が短くて胴が長いけど、ぼくをいつも守ってくれている。ディップはお散歩があんまり好きじゃないから、お留守番のことが多い。

 お家を出て、まずは目の前にある電柱におしっこを引っ掛ける。細くて長い上に伸びているものを見るとおしっこをかけたくなるのがぼくの癖。いや、たまにぼく以外の匂いもするし、ディップもしているから犬の癖なのかも。とにかく、お家の前の電柱には毎日二回欠かさずおしっこをかけている。

 それから大通りを通って公園に行く。お散歩道は覚えてるから、本当はみずほがいなくても一人で行けるけど、みずほはぼくのことが心配みたいで、いつもお散歩についてくる。

 それか、みずほもお散歩が好きなのかもしれない。一人でもお散歩によく行っているからやっぱりお散歩が好きなだけな気がする。

 ぼくの好きなものはボールとお散歩、それから暖かい日向で寝ること。

 みずほは、ぼくよりもお散歩が好きみたいで、しょっちゅうお散歩に出かけている。

 大通りはいろんな匂いがして、ついあっちこっちにみずほを引っ張ってしまう。お蕎麦屋さん、お寿司屋さん、知らない犬……これは鳩! 鼻を鳴らしていろんな匂いを嗅ぐ傍ら、大通りの電柱と僕の背丈ぐらいの石の棒と街路樹にもおしっこをかけながら歩く。

 もう少し行けば大通りを曲がって公園に行く道に入る。その曲がり角のお家には黒い小さな犬がいて、いつもキャンキャン吠えてくる。ディップより小さくてうるさい。ぼくはディップは好きだけど他の犬は怖くてあんまり好きじゃない。

 今日もその黒い犬は、二階のベランダから「また来たな! ここは僕の家だぞ!」と吠えてきて、即座にお母さんに怒られていた。二階から吠えているから全然怖くはないけど、華麗に無視して角を曲がり、ぼくたちは公園に入る。

 公園は静かで、あんまり余計な匂いもしなくていい。緑の匂いと人間の子どもの匂いがほとんどだ。

 公園では小さな子どもたちが走り回っていた。いいなあ。でもぼくは今日は大事な任務を負っているからまた今度。

 ちょっとかけ足で公園をぐるっと回って出る。帰り道は来た道と違う道になるし、みずほが迷子になるといけないから、ぼくは前に立って先導するように進む。

 帰り道は両側にお家がいっぱいある道で、大通りにあるものよりも細い電柱が刺さっている。ぼくは、最近この細い電柱がどんどん太くなっている気がしていた。

 最初は気のせいかなと思ったけど、何年もおしっこをかけ続けているから分かる。絶対に太くなった。それから、あんまり上は見上げないけど、たぶん長くもなった。 大通りの太い電柱はたぶん元から太いからあんまり気づかないんだと思う。

 だから今日からぼくは、公園に一番近いものにだけかけて、他のものと比べる実験をすることにしていた。

 

 四ヶ月後。

 

 みずほは一週間くらいでぼくがいつも同じ電柱にかけていることに気づいたけど、その理由には気づいていなかった。

「あれ、この電柱だけなんか太くない?」

「そうだよ(バウ)!」

「ようやく気づいた(バウワウアウ)!」

「ウィルちゃん、外で吠えるの珍しいねえ。そうだよね、やっぱりこれだけ太い気がする」

 ちょっと確認してみると言ってみずほがスマホを取り出した。カシャ。電柱に貼ってあるシールの写真を撮っている。

 ぼくはみずほが気づいてくれたことがとても嬉しくて、お家までスキップで帰った。

 お家に帰ってからのぼくは床に外の匂いを擦り付けたり、おもちゃを囓って遊んだりするのに忙しくて、しばらくそのことを忘れていた。リビングの大きな窓から夕日が差込むようになった頃、みずほの大きな声で我に返った。

「そうですか! お手数をおかけしました、ありがとうございました」

 みずほをじっと見ていたら、吠えなくてもなにがあったか教えてくれる。

「ウィルちゃん、やっぱり朝の電柱、他より太かったらしいよ! 市の人に聞いたら調べてくれた。でもあそこの通りの電柱は全部同じやつのはずだから、これから原因を調査するんだって」

 ね、言ったでしょ。ぼくの気のせいじゃなかった。

 またまた嬉しくなって、リビング中をスキップして回ったら、ディップにうるさいって怒られちゃった。

 原因がぼくのおしっこなことはわかりきっていたけど、どうやって教えてあげるか思いつかないでいたら、数日後にみずほにまた電話が入った。

 市の人が更に調査を進めたら、電柱は太くなっているだけじゃなくて電波を受信していることがわかったらしい。おどろいたのは、ぼくが育てていたあの電柱だけじゃなくて、通りの電柱全部がちょっと太くなって電波を受信するようになっていた。

 ぼくのおしっこのせいだから採取したほうがいいと思った。みずほも同じことを考えたみたい。

「なんかすごいことになってきたねえ。ウィルちゃんのおしっこになにか入ってるのかな」

 市の人はぼくのことを知っているのかな。普通だったらおしっこが原因だなんて思いつきもしないかもしれない。

 原因がわかったという連絡がないままに、市の広報誌に『A区一帯の電柱が太くなっていることが確認されていますが機能には問題ありません。また倒壊の危険性もございません』と掲載されて市民へ安心安全がアピールされた。

 電柱が電波を受信していることは、あまり外に言おうとは思わなかったみたい。別に受信してようがなんだろうが変わらないし、それもそうかもしれない。

 で、その話がどうやってか、みずほが電話した市民課から、市立天文台の人に伝わり、それから国立天文台にまで話が流れたらしい。どういうわけだかいまだにわかっていないけど、ぼくは大発見をした日から三年ほど経って、国立天文台から鹿肉ジャーキー一年分を贈呈された。

 ディップと分けても十ヶ月分はある。実質食べ放題に近い。

🧍  🧍  🧍


 なにも知らない犬が語り手だとこういうことになる。

 どうも、ウィルとディップとみずほと一緒に暮らしているはすかい眞です。

 みずほが市民課に電柱の件を通報した日から、国立天文台からウィルがジャーキーをもらうまでになにがあったか。簡潔に顛末をお伝えしよう。

 市民課にみずほが電話した後、実際に調査をしたのは道路局だった。調査の結果、道路局は一帯の電柱が太くなっているだけではなく、伸びている・電波を受信していることを解明したが、いたずらなど人為的になにか行われた形跡はなく、理由はさっぱり不明のままだった。勝手に電柱が太くなったり伸びたり、そんな木が成長するみたいなことは起こるはずがないし、更に勝手に電波を受信するようになるなんてもっとわけがわからない。わけがわからないし、説明が全くつかない。広報になんと載せても不安を煽るだけであり、太くなっている以外のことは市民には気づかれないだろうと踏んで、広報誌にそのことは載せなかった。広報誌には載せなかったが、道路局の中ではかなり話題になった。そりゃそうだろうな。

 あまりに話題になったので、道路局の隣にあった都市整備局の職員が聞きつけて、都市整備局の職員は面白がって交通局に伝え、交通局から建築局、建築局から文化芸術局、文化芸術局から教育委員会、教育委員会から市立天文台、と市役所内を半周くらいして市立天文台の若手学芸員の耳に届いた。

 学芸員はその話を聞いて、電波望遠鏡のことを思い出した。

 いくら電波受信機能があるとはいえ、電柱一本では宇宙からの電波を拾うことは到底不可能だ。しかし、それが例えばA区のような周りの地域よりもくぼんだ場所に多数集まって、しかも他の建物よりも突出していたらどうだろうか。

 くぼんだ地形が天然のパラボラアンテナの反射鏡のような役割を果たし、巨大な電波望遠鏡にならないか。だから電柱は必死に成長していたのではないか。

 思いつきにすぎないが、わけのわからない電柱受信機なんかでなく、もっとちゃんとした高性能電波望遠鏡を世界中にちりばめて、それをつなげてみるとどうなるか。思い立ったら居ても立っても居られなくなった学芸員は、国立天文台の知り合いに連絡をして、共同で理論を構築、資金を集めるのに三年かかった。

 そうやって三年後に海外とも協力した巨大プロジェクトが立ち上がり、ウィルの元にジャーキーが届いた。

 ウィルは大喜びで家中を跳ね回って、案の定ディップに怒られている。ディップもそのジャーキー食べるんだけど。

👾  👾  👾


 太陽系の第三惑星に気候と質量がシゥヌカイマと同条件の星があると見つかったとき、人々がこの宇宙で孤独ではないと証明され、文字通り星中が歓天喜地の様相だった。シゥヌカイマより少し小さいが許容範囲内。おそらくシゥヌカイマよりも比重が重い鉱物でできていると推測される。大急ぎで探査機が飛ばされ、何年もかけて無人の宇宙旅行を続ける間にその星はデッゥルプィと名づけられた。

 ようやく探査機がデッゥルプィに辿り着き、無事に着陸する様子は全星ネットで中継されていた。アュビシュのスクランブル交差点にある広告塔にも大画面で映されている。中継といっても大幅なタイムラグがあったことは言うまでもない。

 着陸した自動探査機のカメラが起動する様子を固唾を飲んで見守っていた人々は、カメラが起動して最初に映し出されたものに驚嘆した。誰もが言葉を失って、いつもは喧噪に包まれているアュビシュの交差点が静まり返った。

 カメラは、シゥヌカイマの人々とよく似た、四足歩行で首の長い生物を捉えていた。大きくずんぐりとした足には固そうな爪が生えており、前脚と後ろ脚を交互に動かしている。皮膚もざらりとした質感で、よく似ている。集団で歩く様子は通勤時に駅を歩く人々そっくりだった。

 しかし、その背景には人工物は一つもないように見え、見たことがないような植物が生えている。高い木が多いが、彼らが歩いているのは開けた場所で、そこにはなにも生えていない。また、探査機のことを意に介することなく、のしのしと進んでいた。

 探査機は、あらかじめプログラムされていたとおりに、全宇宙対応言語をスピーカーから流す。

『この探査機は、オイィアットィ系の第三惑星であるシゥヌカイマから送られてきました。シゥヌカイマの民に、この星を侵略しようとする敵意はありません。遠く離れた関係ではありますが、この広い宇宙に生物を発見することができて嬉しく思います。友好関係を結びませんか』

 探査機はふわふわと飛んで彼らを追いかけながら何度か繰り返したが、彼らが返答をすることはなかった。

 数日の探査を経て、彼らにはシゥヌカイマの人々と同等の知能はないことが確認され、人々は落胆した。落胆したものの、当初からデッゥルプィは気候と質量がシゥヌカイマと同条件であるという理由に探査先に選ばれており、着陸した先で知的生命体と遭遇できなかった場合は、第一移住先としようとしていた。

 移住隊の第一陣がシゥヌカイマを旅立つまでそれほど時間はかからなかったが、シゥヌカイマの技術をもってしても、辿り着くにはかなりの時間を要することが想定された。

 移住隊がやって来るまでの間、探査機は本星から受信した次のプログラムを実行する。

 宇宙船が着陸する際の誘導電波を受信するため、探査機はデッゥルプィの動物に遺伝子変異を起こさせて、尿の成分を変質させていた。

 当初はデッゥルプィの動物を変異させて受信器として使用しようとしていたが、初期調査によりデッゥルプィの生物はシゥヌカイマの人々よりもはるかに寿命が短いことが明らかになっていたので、体外に放出される尿を使用することとした。注入する変異遺伝子のストックには限りがあり、移住隊が到着するまでの間に何代にもわたって変異させ続けることは現実的ではなかった。

 体外に放出された尿は地面に染み込み、地面を通じて尿を吸収した物体は、宇宙船からの電波を受信して宇宙船の着陸を誘導できるようになる。それに加えて、より早く電波を受信できるように上に伸びるようになる。

 移住隊が到着するまでの間に、デッゥルプィでは世代交代が進み、現地語で「ヒト」と呼ばれる種族が覇権を握り、一部のヒトは「イヌ」と呼ばれる種族と暮らしていた。探査機が着陸当初に書き換えた遺伝子変異はイヌの子孫に受け継がれ、たまに高濃度変異尿を出す個体が出現していた。

🌎  🌎  🌎


「室長! 観測データに謎の物体が示されています!」

 観測室から飛び出してきた駆け出し研究員が室長と呼ばれた中年の研究員にどなるように言った。

「謎の物体ってなんですか?」

「わからないから謎なんです! これまでのデータと照合しても全くわかりません。ブラックホールでもなく、天体でもなさそうです」

 呼ばれたからには行くしかないので、自分のデスクワークを一時中断して若手研究員について観測室に移動する。

「……確かにこれは謎ですね……しかも光速に近いスピードで移動している……?」

 観測データを見ながら眼鏡を押し上げ、ぽつりと呟く。長い研究人生でも見たことがない。そこに若手がいることを忘れて、室長は食い入るようにモニタの画面を見つめていた。データが更新される度にその物体は近づいてきているが、通常の隕石や彗星のようなスピードではなく、明らかに何らかの意思を持って動いているスピードで近づいてきている。

 全体の照準をそちらに合わせるためには、各地の承認と協力が必要だったがこのスピードではその時間はなさそうだった。一定程度近くに寄ってくれば、地球規模電波望遠鏡の精度でなくても、通常の電波望遠鏡で観測することができる。そう踏んだ室長は、以前学芸員として勤めていたY市立天文台の知り合いに、協力を要請することにした。

 長年の付き合いである室長のお願いを市立天文台の職員は快諾して、指示を受けた方角に照準を合わせた。

 すぐに、室長が言及する物体を捕捉した。解析を進めるにつれ、物体が発する電波の内容が言語であることが判明した。言語学者の助けを借りてその言語を解析した結果、以下のような結果が得られた。

『この宇宙船は、オイィアットィ系の第三惑星であるシゥヌカイマから来ました。あなた方の時間でおよそ一億五千年前、シゥヌカイマの探査機が本星を探査した際、この星では知的生命体が確認できませんでした。そのため、私たちは移住隊としてシゥヌカイマを出発しました。

ところが、探査機が探査を進めると、この星──私たちはデッゥルプィと名付けました──の生物は、私たちよりもはるかに世代交代のスピードが速いことがわかり、そのおかげで、私たちが移動する間に知的生命体が出現している可能性が高いことがわかりました。あと数日すると、この船は太陽系に進入します。太陽系進入と同時に、デッゥルプィの現状を調べるため新たな探査機を向かわせます。

もし、知的生命体が発生していて、このメッセージを受信、解読した場合は、返事をくれますか。私たちには、デッゥルプィを侵略しようとする敵意はありません。遠く離れた関係ではありますが、この広い宇宙に知的生命体を発見することができて嬉しく思います。友好関係を結びませんか。この船には帰りの燃料も搭載されているため、友好関係を結んだら私たちは故郷に帰る準備があります』

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電柱望遠鏡 ~犬の尿で電柱が伸びるので調べてみたら 望遠鏡ができて、別の星の知的生命体と遭遇した~ はすかい 眞 @makoto_hasukai

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