揺れ動くもの

千織

あの日、あの時、見た光景

東日本大震災があったとき、私は会社の会議室にいた。

自社ビルで新しく建て直したばかりで、物も少なく、あの大地震でも大した被害は無かった。


揺れに揺れて、その場にとどまるのがやっと。

それでも、物が無く、崩れたり壊れたりしなかったから、恐怖感はあまりなかった。


揺れがおさまり、しばらく皆呆然としていた。

これから何をしていいか、全くわからなかった。


とりあえず、みんな帰宅することになった。

自宅に、高齢者がいる家族だっているのだ。


「明日、何もなければ仕事を再開していいから」


と、部長に言われ、マジか……とは思った。


帰宅しようとしたら、一斉に建物から人が出てきた。

まるで、蜂の巣を突いたように、一斉にだ。

人間、考えることも、タイミングも、一緒なんだな。


誰もパニックになっている様子はなかった。

淡々と、穏やかに、むしろ労りの声をかけ合いながら、家路についていた。


信号機はついていなかったが、事故なんかは無かった。

皆、譲り合って、慎重に運転していた。



♢♢♢



家に帰ると、父と母が高いところにある荷物を下ろしていた。


「今のうちに、スーパーに買い出しに行っておこうか」


と母に言われた。

やっぱり年の功だな、と思って一緒に行ってみたが、店員さんに「今日は閉店です」と申し訳なさそうに言われた。

そりゃそうだよね、お姉さんも気をつけて帰ってね。

そんな会話をした。



♢♢♢



内陸で被害は少なかった。

城下町なので、地盤も強かったのかもしれない。

本当に昔の人の生きた智慧は素晴らしい。

電気はダメだが、水とガスは大丈夫だったのでかなり助かった。


ただ、余震がすごい。

ほぼ絶え間なく揺れていて、時々ドカンと来る。


だが、不思議なことに、それすらも慣れてくるのだ。

火事じゃなきゃ大丈夫、といえる。

安全安心の基準がおかしくなる。

テレビがつかないから何もわからないくて、逆に何も怖くない。


日が暮れると共に、やれることが無いので横になる。

ちなみに、星空が綺麗だった。

街中であんなに星が見えるとは思わなかった。

夜の暗さも、想像以上だった。

まさに、暗闇。

百鬼夜行を想像させるに足る暗さだった。

異常な経験というか、貴重な経験というか。

人生でこんなこと、二度とないだろう。

(とか言いつつ、その後パンデミックというまた貴重な経験をするのだが)



♢♢♢



翌日、大手スーパーへ買い出しに行った。

よくこんな時に働いてくれる人がいるものだ。

頭が下がる。

スーパーは入場制限がされ、長蛇の列だ。

全品100円にされている。

大きなスーパーだったから品物はたくさんあった。

だが、いざ買おうとすると、そんなに買う気になれない。

他の人も買い込んでいる様子はなかった。



はしゃいでいる子どもが、車の侵入を防ぐための小さな鉄棒みたいな柵に乗っかろうとしていた。

それを近くのお兄さんが注意していた。

危ないからやめなさい、今、みんな大変なんだから、と。

お兄さんは赤の他人のようだが、そうやって人の子どもまで言ってきかせるなんてスゴイなと思った。


 

♢♢♢



母が、土鍋でご飯をうまく炊くコツをつかんでいた。

なんか楽しそうだった。



♢♢♢



さらに翌日、私は職場に行った。

とりあえず、点検して、あとは待機だ。

何もできないけど。

とはいえ、なんか不安だ。

他の人は、家族のことやガソリンが無いやらで、誰も来れなかったのだ。


そこに、お世話になっている外部のお偉いさんが来た。

ホッとした!

マジでホッとした!

やっぱ一人は怖かったんだな自分!

と、改めて思った。

一言二言会話をし、その人は私にお茶とおにぎりをくれた。

い、いいの?

これから、食べ物があるかわからないのに……!!

と、その優しさにほろりと来た。

その人は、他の関係先を回ると言って去っていった。

マジでかっこよかった。




その後、繁忙期だけのパートのおばさまが来た。

おしゃべりをする。

人と思い切り話す時間が無くなっていたので、久々に人と話した気がした。


よかったらこれどうぞ、とおばさまがジュースをくれる。

なんで?

これから、食べ物とか無くなっていくかもしれないのに。

困難の最中に人に優しくできるって、なんなんだろう。

そんな人間になりたいな、と思った。



♢♢♢



当時付き合っていた彼氏からこう言われた。


「親から、東北はもう駄目だろうから戻って来いって言われたんだ」


こいつとは別れよう、そう決意した。



♢♢♢



二週間後、中学生の子と話をした。

大丈夫だった?と聞くと、ゲームしてました、と言われた。

明日からどうなるんだろう……と漠然と不安になっていた時にそんなあっけらかんとした返事を聞いて、元気が湧いてきた。

数年後、テレビで学校の先生が泣きながら生徒に感謝している映像が流れていた。

『私たちが頑張れたのは……あなたたちのおかげです』

先生が言ったのはたったその一言だったが、気持ちはよくわかった。

子どもたちはいつだって、生きることの本質を教えてくれる。



電力会社にお勤めの旦那さんがいる奥さんと話した。

不眠不休ですよ。

そりゃそうだ。

本当にありがたい。



♢♢♢



二年後、福島に実家がある友人と話した。


「うち、開業医なんですけどね、この間ようやく帰省したら、自分の部屋の壁は真っ二つにヒビが入ってて、部屋のものも地震でぐちゃぐちゃになったままでしたwww誰も片付けてくれない」


「二年経って、そのままwww」


「親も空いてるスペースに寝てるだけですwww」


さらに七年後……


「私、東京に行くことにしました」


「福島には帰らないんだね」


「もうね、地元に若い人がいないんですよ。本当に」


自分が高校の頃に使っていた電車に、もう学生が乗っている姿もないらしい。

これが、リアルなんだ。



♢♢♢



イタリアに行った時のこと。

ガイドの人が言った。


「イタリアは、地震国で日本にも親しみを持っているんです。大震災のあと、店に行ったら”あなた、日本人だよね。お代はいらないから”と言われて、”被害のない地域ですから”と言っても、いいからいいから、と言って、受け取らなかったんですよ。あと、大震災に対するミサがあると聞いて、まあ外国の災害だし大したことないだろうと思ってちょっと遅れて行ったら、本当に大きくて立派なミサだったんですよ。これだけたくさんのイタリア人が日本を思って祈ってるだなんて、びっくりしました。”あなた、日本人でしょ。さあ、前に行って”って言われてね。日本人の私より被災に対して親身だったんです」



♢♢♢



震災から十年。

転職してきた女性に、なんで転職を決意したのか聞いた。

「震災があって、このままじゃダメだと思って」

何が、とは言わなかったが、生き方を考えさせられたらしい。



新しい社会づくりに取り組む男性に聞いた。

なぜ、そういう取り組みをしようとしているのか。

「震災は、悲しいこともたくさんあったけど、皆、逆に優しくなって、奪うことも怒ることもなかったよな、って。もしかして、人はそっちが普通なんじゃないの?って思ったんだよね」



♢♢♢



家族への労り

譲り合う人

大変な中で働いてくれた人

他人のことまで気にかける人

不安の中でも楽しみを見出す人

優しい言葉をかける人

分け与える人

生活を守ってくれる人

子どもの、生きる力

遥か遠くで祈りを捧げる人

震災で生き方を変えた人


当たり前の星空

当たり前の暗闇

当たり前の静けさ



神さまは、どこにいますか?


困っている人を助けようとする、あなたの中に。

悲しみを分かち合おうとする、あなたの心の中に。

一緒に乗り越えようとする、暮らしの中に。

あなたから滲み出る、優しさの中に。

あなたの、ありがとうの言葉の中に。

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揺れ動くもの 千織 @katokaikou

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