十二話、VSピンクロリ&学園生。
現実逃避しそうになる自分を抑え、ラブリィの額を弾いて床に降ろす。ぴぃぴぃ鳴くラブリィは普段のラブリィだった。よかった。正気に戻ったようだ。
ラブリィが一切ロピナの魔法で惑わされていないとは露知らず、ソウジンは後輩と少女二人を後ろに立たせて周囲を見渡す。状況の確認だ。
ソウジン、ラブリィ、ララペム(庶務)、カルフィナ(空間魔法使い)は部屋の入口に近い壁際。
その向かい、正反対の位置にロピナ(ピンクツインテロリ魔人)が立っている。間にはロピナ側にヘルトリクス(第二王子・生徒会長)とトルマリ(両盾持ち・副会長)がおり、ソウジン側にクドル(書紀)とサリカ(会計)がいた。
ちなみにソウジンはヘルトリクスとトルマリ以外の生徒会役員の名前を覚えていない。
問題は二つある。
一つ、書紀と会計の二人がソウジンたちに向け武器を構えていること。
二つ、ヘルトリクスとトルマリではロピナを抑えきれないこと。
「ぬっ」
魔力の火花が咲く。
剣刃に乗せられた魔力がソウジンの魔力とぶつかり、次々と宙を飛ぶ銀の短槍が弾け砕ける。
ダンジョンの土や壁を材質とした金属の槍は、メタリックな色合いであらゆるところからソウジンを狙う。
それが自分に向けられていなければ、楽しんで見ていられたのだが。
「カルフィナ、ラブリー、他一人!」
「は、はいっ」
「なんで私の名前二番目なんですか!?」
「ララペムですけど!?」
まともに返事をするのが一人だけとはなんと虚しい。
微妙な虚無感を抱きながらも、目前の対処を頼む。
「この鬱陶しい子供二人をどうにかできない、かっ!」
油断はしない。遠くからピンポイントで飛んできた高速のピンクレーザーは金属槍を掴んで無理やりにぶつけて弾――けなかったので、普通に手で弾いた。
「キャハハ! ソウジンちゃーん、アタクシ様のこと忘れてもらったら困るわあ!」
「ちっ」
ヘルトリクスとトルマリが魔人と渡り合えているのは、向こうが本気でなく、ソウジンに意識を割いているからだ。とはいえ、生徒二人に攻撃を加えず無力化するのは骨が折れる。そこにロピナの攻撃は少々まずい。
「私じゃだめ……です。空間魔法じゃ、全然だめです。ごめんなさいっ」
「うぅ……なんなのこの状況。あんな人知らないし、なんでこんなところに魔人がいるのぉ……」
「おい黒髪生徒会役員」
「……は。え、もしかして私のことです?」
「ああ」
「私の名前、ララペムですけ――ひぃ!?」
ヒュン、と壁に刺さる金属槍。どろりと溶けてただの土くれに戻った。ララペムの髪が一房千切れひらひらと舞う。
「ララペム、お前はどうだ。前の二人に対処できるか」
「対処って、そ、そもそもどうなってるか私知らないんですけど!?」
「それも、そうかっ。ラブリー!」
「はいはぁい。即席槍です、どうぞー」
「――助かる」
「あと説明ですねー」
「頼む」
「きゃふふ、まったくもう、後輩使いの荒い先輩ですねぇ。――あ、別に変な意味で"使って"、なんて言ってませんけどぉ? 何か想像しちゃいましたかぁ? せ、ん、ぱ、い♪」
受け取った闇の槍をひゅるりと回し、金属を飛ばし剣を絡め取りピンクの玉を地面に叩き付ける。そこそこ丈夫な槍だ。さすがはラブリィ。良い仕事をする。
ちなみにラブリィの発言は無視させてもらった。今は付き合っている暇がない。
ぶつくさ文句を言いながらも背後で状況把握に努める女たちを一瞥し、それよりもと前に集中する。
「ふっ」
思ったよりも金属の生成数が多い。だが許容範囲内だ。
逃げの手は打たない。攻撃を背後に通すわけにはいかないからだ。
防ぎ、防ぎ、防ぎ。縦横無尽に槍を回してすべての攻撃を防いでいく。
穂も柄も石突も、さらには槍を掴む手さえ利用し攻撃を防ぐ。
ラブリィの会話は終わったようで、ララペムから"どうにかする"との一言があった。軽く首肯し意識は前へ。
くるりくるり、ひゅるりひゅるり。
ソウジンという男を中心に風が吹く。取り巻く風は突風となり、嵐となり、魔力の火を散らして数え切れない花を咲かせる。
静かに振るわれる槍に音はなく、ただ魔力の残光だけが軌跡になる。描かれた軌跡は重ねられた数だけ模様を生み出し、何もない宙空に薄れ溶ける絵を描く。
金属槍と魔法だけがひたすらに弾かれる時間が続く。魔法剣士クドルも槍戟の嵐には踏み込めず、遠くから魔力の刃と早撃ちの魔法を繰り返すのみ。
時間にして数十秒か、数分か。無数とも思える火花が咲いては散りを繰り返す空間に。
「"溶花の蜜失"っ!」
鋭い一声が投げ込まれた。
途端にくずおれる魔法剣士と金属魔法使い。周囲に散った魔力を利用する、強力な麻痺昏倒の魔法だ。
間隙に、桃色の光線がソウジンたちを襲った。
「同じ魔法は効かねえ」
「キャハ、同じじゃありませーん!」
「違う魔法も効かねえ」
壊れかけの闇槍をレーザーが解け出てきた泡に投げる。闇の魔力が飽和し、桃色の泡もすべて飲み込み虚空に消えた。遠くにピンクロリのニヤつく顔が見える。ついでに、膝をつくトルマリの姿が。
「――はいざんねーん。アタクシ様の勝ちい」
気配がなかった。失策だ。前にばかり集中したことが裏目に出た。
ロピナの姿を視界から外し、振り返る。再び現れるピンクロリ。
「……分身魔法か」
つい直前に麻痺の魔法を使った少女、ララペムの首筋に指先を当てる魔人。こちらのロピナもまた、ニヤニヤと嫌らしく笑みを浮かべている。
カルフィナとラブリィはと言うと、いつの間にかソウジンの背にくっついていた闇色のベタベタでこちら側まで移動していた。姿は見ていなかったのでカルフィナは空間魔法で移動したのだろう。ロピナの存在を察したのはラブリィか。
横目で後輩を見ると、ぱちりとウインクを返される。……どういう意味だ。
「キャハハ、もうソウジンちゃんってばお馬鹿あ? アタクシ様がそんな陳腐な魔法使うわけないでしょお、キャハ!」
「じゃあ何だ」
「オマエ、なんでも聞けばいいと思ってるでしょ。アタクシ様は超可愛くて超親切で超優しいけどお、なんでもかんでも教えてもらえると思ったら大間違いよ!」
「自分の魔法のこと知らないだけだろうが」
「は? は? は?」
瞬間的に真顔になるピンクロリ。
当たり前にように隙だらけだったので、普通にラブリィ製の槍を投げた。両手同時で二本だ。後ろで少し疲れた様子のラブリィが深く息を吐いている。
「アタクシ様が何も知らない? は? 意味わかんないんですけど? この魔法は! アタクシ様が! 超可愛いアタクシ様を永遠に残しておくための!! 超超最高にエクセレントな魔法なのよ!!!」
えくせれんと? とはララペム以外共通の疑問だが、声を荒げる女に口出しできる人間はいなかった。
ソウジンの投げた槍は当たり前に迎撃され粉々に砕け散る。魔力の残滓すら残さぬ高出力の魔法だった。
「要するに、分裂か」
「分裂だなんて低俗な物言いをするのはやめてもらえる? アタクシ様、もっと高貴な存在なのよ」
「写し身か」
「ウフフ、悪くないわね。それなら許してあげるわあ!」
謎の許可をもらったところで、ラブリィに一つ頼み事をしておく。ピンクの魔人、ロピナは今の今まで徹頭徹尾ソウジンとヘルトリクスにしか意識を向けなかった。他の人間を見る価値無しと判断しているのは魔人らしい特性だが、今回はそれを利用する。
「――変な考え起こしたって無駄よお? ソウジンちゃん一人ならまだしも、足手まといばっかりだものね!」
言いながら指先を弄び、ララペムの首に赤の線が刻まれる。たらりと伸びる血の線。ひっ、と、か細い声が少女の口から漏れた。
「ま、時間かけるのも無駄だし、アタクシ様もそんな暇じゃないからさっさと終わらせちゃいましょうか。鬱陶しい魔法使いには消えてもらうわね!」
誰を指しているのか。目を細め疑問に思った瞬間、遠くで何かが倒れる音が聞こえた。振り返るわけにはいかないが。
『ソウ先輩! 王子様倒れましたっ!!』
『わかった』
情報は役立つ後輩から得られた。
すぐにでももう一人のロピナがこちらへやってくるだろう。その前にどうにかしないといけない。ラブリィからは既に完成の報告がある。ならばあとは――。
「――ぇ」
「カルフィナちゃんっ!!!」
音越え。
一歩、加減も軽減もしない音越えでよろめく目前のロピナに透明な槍を突き出す。防がれ、事前に上げていた足で石突を思い切り蹴り押す。魔力のオーバーフローにより自壊する槍が障壁を貫き胸元に刺さる。闇魔法の効果は自壊により消えたが、槍の勢いのままロピナの身体を遠くへ飛ばす。途中で消えた槍は無視し、反転した身体で状況を確認する。
背後、遠くで倒れるトルマリとヘルトリクス。両者血溜まりに沈んでいるが、ヘルトリクスは手を付き立ち上がろうとしている。燃える瞳がソウジンを捉えていた。こちらに向けてニヤニヤと手を振るもう一人のロピナが憎らしい。
近く、カルフィナが呆然とした顔で突き飛ばされ倒れかけている。ラブリィが手を伸ばした体勢で、代わりとばかりにカルフィナが立っていた場所に浮いている。
空間を飲み込むように世界がずれ、何もない宙に裂け目ができている。転移魔法の前兆だが、転移先の空間が歪んでいるようだ。
振り向いたソウジンの目がラブリィの目と合う。念話の暇はなく、それでもごめんなさい。とでも言いたげに紫青の瞳が揺れていた。ほんの微かに口元が苦笑を作っている。
二歩、地面に着地する前に宙を蹴る。魔法の補助があると楽だが、なくてもできる。音越えとはそういうものだ。
空を蹴って、先ほどラブリィが作り上げた透明な槍を握り込む。一本目は既に投げて壊れてしまった。二本目も今――投げる。
投げる先は別のロピナだ。ひねりを加え、一瞬緩めた後に手を離す。瞬間、素早く振り上げた逆の手で石突を殴る。込められた魔力と衝撃により槍の一部が吹き飛び、闇の槍が超加速する。
槍撃の結果を見ず、破壊の衝撃をわざと身に受け前に飛ぶ。
転移が完全起動する直前、目を見開くラブリィの身体を抱きしめ、ソウジンの世界は暗転した。
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