十一話、ピンクツインテロリ魔人ロピナ

「う、嘘……」


 声を発したのはラブリィたちと共にいる少女の一人、一色に染められた茶髪と黒曜色の瞳を持つ、リリララ魔法学園の制服を着たカルフィナだった。

 ソウジンが知るよりも年を重ね成長した姿をしている。


「キャハハ、ちょっと想定外だけどいいわ。アタクシ様が相手してあげる。感謝しなさい!」

「な、なんで私の顔っ、だ、誰ですか!?」


 叫ぶカルフィナ(大人)に少々不機嫌な顔をするカルフィナ(子供)。


「これだから子供は嫌いなのよ。でも……キャハハ、お望み通りこんな趣味の悪い姿すぐやめてあげる!」


 くすくす笑い、一切の予備動作なく姿形が変わっていく。

 顔の造形は幼さを残したまま、目元はきつく口端は吊り上がり、嗜虐的に強気な色を宿す。髪は伸びて自動的に頭の横で左右に結ばれツインテールとなり、べったりと色塗りでもされたかのように濃い桃色一色となる。瞳の色も奥から滲んで髪と同色になり、全身から膨大な魔力が発せられる。

 服も換装され、全身黒とピンクのドレスを身に纏う。薄い胸元に大きく空いたハートマークの穴が一際明るい桃色で縁取られている。ドレスには至る所にハートの穴が開けられ、純白を通り過ぎて青白くさえ見える地肌が曝されていた。


 身長は変わらず低く小さいままだが、儚げな印象からは百八十度変わっている。


「キャハ、どうかしらあ? アタクシ様、可愛いでしょう? ウフフ、見惚れてもいいのよ!」


 くるりと回って全身アピールしてくるが、その目はどう見てもソウジンと近くのヘルトリクスに向けられていた。


 流し目を向けられたソウジンは無言で、背中も大きくハートの穴空いているんだなと考えていた。背の羽を揺らしやたらと色気を振りまく女だが、ソウジンは一切興味引かれなかった。子供に欲情する趣味はないのだ。


『ソウ先輩!』

『なんだ』


 相手から視線を逸らさず返事をする。ラブリィたちの方で問題があったかとも思ったが、目の前の相手は意識を逸らして良いほど楽な相手ではない。全身に魔力を通し、いつでも動けるよう片足を浮かしておく。無手でも戦えるが、このレベル相手となれば少々心許ない。槍がほしい。


『このお子様! 私とキャラ被ってるんですけど! 死活問題ですよ!?』

『……そうか』


 何かと思ったらひどくどうでもいい話だった。脱力してしまう。というかキャラってなんだよ……。


「はぁい隙みぃつけたあ!」


 光が走る。瞬きの間に目前まで迫った桃色光線だった。

 見えた光は五本。そのうち三つがソウジンを狙っている。足を動かそうとし、異様な抵抗感に空間が固定されていると知る。気づかぬ間に魔法を使われていたようだ。肉体強化により加速された世界で見えるピンクロリの顔がニタニタと嫌らしく歪んでいた。


 だが、それは想定内。


「甘いぞ、魔人まじん


 一歩、空間を割り砕き前へ。バリギャリと甲高い音が聞こえる。桃色光線は頭、胸、足と狙っていたので頭を狙うものだけ弾き残りは宙を跳んで避けた。

 くるりと回転しながら背後を確認し、通り抜けるレーザーがトルマリ、ヘルトリクス、ラブリィ、にそれぞれ弾かれているのが見えた。最後の一本は何にも当たらず後ろを抜ける。


 ラブリィがソウジンを見つめ、ニコリと微笑む。頑張れ、とでも言いたいのだろう。


『あのピンクロリ叩き潰していいですよ!』

『お前は何を言っているんだ』


 言っていることはなんとなくわかるが、お前が言うことでもないだろうと言いたい。その微笑みは「殺っちゃってください」の笑みだったようだ。

 前を向き、言われずともと宙を・・踏む。


 追加で発射されたピンクレーザーは空を踏んで避け、振りかぶった拳を真顔のピンクロリの顔――ではなく、身をひねって防御の薄い腹を蹴り飛ばす。


「ぷごぇ」


 変な声を残して吹き飛ぶピンク頭。

 結構な力を込めたため桃色の残像がツインテールの形で本体を追いかけていく。


『足場助かった』

『んふふー、もっと褒めてくださぁーい」

『よくやった。さすがは魔法使いラブリーだ』

『にふふー』


 状況を読んで魔法を使ったのはさすがだった。足場がなければどうにかしてレーザーを弾かないといけないところだった。


「ソウジン」

「はっ」

「やはりアレは……魔人か」

「は、おそらく。断定はできませんが、あの魔力量と背の羽、何より呪文無しの魔法は魔人の特徴です」

「そうか。……勝てるか?」


 互いに土煙を睨んだまま話す。

 本来なら王国で見る機会などあるはずのない存在を相手にして、冷静さを保ったままの王子には少々驚く。王族だからか、と勝手に納得するソウジンではあるが、別にヘルトリクスは王族だから冷静なのではない。ヘルトリクスがヘルトリクスだからこそ、冷静沈着に立っていられるのだ。


「私一人ならば」

「足手まといか……」

「は」


 言葉少なく事実だけを伝える。

 そこそこ一緒に戦闘を熟してきて、王子の戦闘力や性格もある程度は読み取れている。この第二王子は王族らしく気位が高く尊大ではあるが、それ以上に理性で塗り固められた怪物だった。感情を見せることはなく、淡々と冷静に物事を運ぶ。その分戦力の見積もりも正確で、ソウジンの強さも自らの知る人物と照らし合わせて推測していた。だからこそ、化け物レベルのソウジンの発言に危機感が増す。


「――もおー、こーんな可愛い女の子のお腹蹴るなんてサイッテー。アタクシ様が強くてよかったわね!」


 キャハキャハと笑いながら飛び出してきたのは桃色ツインテールの女だった。

 少しばかり眉を寄せる。吹き飛びはしたが、一切ダメージを負った様子がない。防御された感覚はなかったが……。


「魔人、何の障壁を張っている」

「キャハ、教えるわけないでしょお? ウフフ、力はあるみたいだけどお馬鹿さんね! アタクシ様、そういう子は好きよ? あと、アタクシ様にはちゃぁーんとロピナっていうちょー可愛い名前があるの。名前も呼び合わない関係じゃあ教えてあげられないわ!」

「俺の名前は知っているんだろう」

「フフ、ウフフ。ええ知っているわあ。ソウジンちゃんでしょお? フフ、アタクシ様の演技、どうだった? 上手かったでしょお?」

「……」


 騙されたことに文句はない。もしかしたら、と思ってはいたのだ。

 予想していて、それでも子供との約束だからとここまで調査に来た。文句はない。ないが、見かけ子供であろうと容赦もしない。

 ほんの一時瞑目し、気持ちを切り替える。


「認めよう。確かに演技は上手かった」

「キャハハ、そうでしょうそうでしょう! アタクシ様はあらゆる分野で頂点に立てる逸材なのよ!」

「だがロピナ、お前は約束を破ったな」

「はぁ? オマエと約束なんてしてないけどお?」

「ロピナではなく、カルフィナとしてのお前と約束をした」

「ああ、ウフフ、あんなの嘘に決まってるじゃない。オマエ、さてはお馬鹿ね!」

「ふん、魔人ともあろう者が口約束一つ守らないか。自らの言葉すら覆す嘘つきの野蛮人か?お前は」

「え? は? なに? アタクシ様が野蛮とか言った?」

「あぁ、言ったとも。約束を破った礼儀知らずな上、質問一つ答えない野蛮な魔人か? ロピナ」


 ソウジンに魔人との交戦経験は少ないが、種族的な習性と戦闘スタイル、総じてプライドが高いこと等は知っている。魔人族はほぼ全員煽り耐性が低いのだ。


「はぁぁ? アタクシ様が野蛮? 許せないんですけどおー! いいわ、あんな偽物の約束に文句言うなら、答える義理もないけど答えてあげる! ええいいわよ! 障壁でもなんでも教えてあげるわっ! 心して聞きなさい!」


 ロピナは頭が悪いわけではないので、ちゃんと相手の発言の意図は読めている。それでも口を開けてしまうのは魔人族故だろう。他人を見下しているだけに、自身が馬鹿にされることを我慢出来ないのだ。


 ピンクツインテロリことロピナ曰く、当然障壁は張っているがメインは幻惑の魔法だそう。

 接触した相手の認識をずらし、あたかも本当に攻撃が当たったかのように錯覚させる幻惑魔法を使っている。かなり自信のある魔法らしく、薄い胸を張って堂々と述べていた。

 幻惑魔法が得意なのか、とソウジンが尋ねると普通に頷いていた。しかも解説付きで。煽てられると調子に乗る、これも魔人族の特徴である。


「というわけで、ソウジンちゃん。フフ、身体の力だけじゃなくお馬鹿なりに頭も回るようだし、アタクシ様の下僕になる? こーんなよわよわな国にいてもソウジンちゃん楽しくないでしょお? アタクシ様、人間だからって差別したりしないのよ、ウフフ」

「なるわけねえだろ」


 拒否し、目を閉じて己の魔力感知だけを頼りに動く。ロピナの魔法は魔力感知含めあらゆる感覚を欺く代物だ。その中でも五感は特に影響強く、魔力感知はまだ弱い。


 一歩で距離を詰め、今度はフェイント無しに拳を振るう。


「キャハ、そう来ると思ってたわよぷぎゅ」

「やはり当たった感触はあるな……」


 ぐるぐるときりもみ回転しながら飛んでいく。髪の毛が長い二つ束なので、綺麗な桃色円を描き飛んでいった。

 芸術的だ、とどうでもいい考えも浮かぶが、悠長に眺めているわけにもいかないので追撃をかける。


「やるじゃない、魔力で攻撃範囲拡大したのね! けどお、そんなのアタクシ様だってできるのよ!」

「む」


 壁に埋まったツインテを殴るか蹴るかで迷っていたら、くぐもった声に加えて球状の桃色光が爆発する。背後に跳んで避け、細かく分裂し追尾してくる光の玉を弾いていく。見かけより接触範囲が広く、拳は本体手前の空気の層で弾けていた。ダンジョンの壁にぶつかると霧になって解け、魔力感知により小さな魔力が広範囲に拡散しているとわかる。

 幻覚幻惑をもたらす可能性を考えるとひどく厄介だ。


「殿下! 玉は周囲に弾けないよう完全に消滅させてください!」

「わかった」


 当然光の玉はソウジン以外にも向かっているため、口頭で対処法を伝えておく。

 伝えはしたものの、ソウジンは無手なので一つ一つキャッチして握りつぶさないといけない。しかし数が多くその暇がない。


「わ、私がお手伝いしますっ!」

「頼む」


 動揺から復帰し、少し手の空いたカルフィナが空間魔法を使う。

 何をするのかわからなかったが、とりあえず玉は弾くしかないので手足を駆使して弾いていく。できるだけ同じ方向にだ。

 カルフィナが弾かれた玉を空間魔法で飛ばし、一か所に集め始めたため今度はそこに放る形を目指す。


 無制限に追加される玉を繰り返し弾きながら、逃げるロピナを追う。


「キャハハ、捕まえられるものなら捕まえてみなさぁーい! アタクシ様を捕まえられたら、イイコト、してあげるわよお!」

「掴む必要はないだろ」

「キャハ、もうオマエの蹴りなんて当たってあーげなぴぎゅ」


 一瞬だけ速度を引き上げ蹴り込む。今度は幻惑を貫通するよう、爪先に魔力を集中させた。遠くに吹き飛ぶことはなく、けほけほとその場で喘いでいる。魔人相手に容赦も油断もできないため、追撃は顔面へ全力の蹴撃だ。


「なにっ」


 ロピナは身動きしていないのに当たらず、するりと頭頂部を抜けて髪を揺らすに終わる。

 動揺は無視。振り切った足を戻そうと。


「キャハ! 今度こそ隙でしょお?」


 ドォォン! と轟音に桃の光が弾ける。

 なんとか両腕で防いだが、皮膚が爛れ血が滲む。ついでに服の一部が吹き飛んだ。長袖から半袖に衣装チェンジだ。


 爆発の勢いは抑え切れず、飛ばされながらなんとか体勢だけ整える。


「あーもう! なんで私が子供のお守りなんてしなきゃいけないの! ソウ先輩には文句を――ちょ、え、せんきゃあぁっ!!」

「くっ」


 飛んだ先は偶然にもラブリィのいたところだった。

 背中からぶつかり、二人揃って地面を転がる。


 ごろごろと何度も横転し、止まりはしたが微妙に目が回っていた。肉体強化で意識をはっきりさせると、目の前にある紫青の瞳と視線が交わる。互いの吐息が頬にかかる。

 かぁっと頬が熱くなり静止するラブリィに対し、ソウジンは即座に立ち上がった。もちろんラブリィは抱えたままだ。襲い掛かるレーザーはスリーステップで避け、追撃の剣閃と金属の槍は腕を振るって弾いた。


 腕の中のラブリィは顔を真っ赤にしながら周囲に風の魔法を散らし、生徒会の少女二人を闇の手で強引に引っ張ってくる。


 普段はからかいにからかってくるラブリィも、今の状況では。


「きゃ、きゃふふ……ソウ先輩ってば大胆なんですから……♡ 強引過ぎると女の子に引かれちゃいますよ? でも私はそういうのも嫌いじゃないので……んふ、いいですよぉ? せんぱいのエッチなおねだりにも、応えてあげちゃいまぁーす♡」


 ソウジンは戦慄した。そして後輩ラブリィの正気を疑った。

 しかし残念、ラブリィは誰よりも正気であった……。

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