十話、中ボスと学園生。

 警備兵二人で仲良くダンジョン攻略を進めるソウジンとラブリィ。結構な荒事ではあるが特に危機感を持たず、事実スムーズに攻略は進んでいた。


 エリア移動を挟み、新しい扉を壊し抜けた先は今までと雰囲気が異なっていた。

 広い四角形の部屋で、天地双方の中心に魔物がいる。空は高く、土色の天井で魔物と人間が争っている姿が見えた。


 上はともかく下は、と扉を破壊した勢いのまま突き進み殴り飛ばし壁の染みにしておいた。いかに強そうな魔物でも、音の壁は越えられなかったようだ。


 足を止め、男は女を降ろす。


「中ボスか」


 天井を見上げて呟く。

 ダンジョン主、別名ダンジョンボス。ダンジョン内一部領域や階層の主を領域主や階層主、エリアボス等と呼ぶが、それら併せてまとめて中ボスとも呼ばれる。


「……え、ソウ先輩、上のが中ボスならさっき先輩が吹き飛ばしたやつは?」


 ぴっ、と壁を指差す。ダンジョンに吸収され文字通り壁の染みとなった中ボス(成れの果て)だ。


「上下合わせて中ボスだったのかもな」


 わからないが、そういうこともあるだろう。

 曖昧な顔をするラブリィに頷き、天井の戦いを眺める。


 魔物は中型サイズの犬だ。見た目は二つ首に尻尾二つのただの犬。思ったより俊敏だが、地上で戦った中ボス犬とどちらが強いだろう。頭が二つある分こちらの方が強いかもしれない。どちらにしろ肉体強化を施している今のソウジンなら一撃で殺せる。


「ソウ先輩ソウ先輩」

「なんだ」

「上、負けそうですけど?」


 言われて中ボスと相対する人間たちを見る。

 人間は六人だ。遠くからだが普通の人間に見える。


 盾と剣を持った剣士、両盾を持った戦士、片手を空けたおそらく魔法剣士、残り魔法使い三人。

 ダンジョンに入る時は地図埋めや敵感知、トラップ解除とあらゆる場面で魔法が使えるので魔法使いが多いのはわかる。しかし、それにしては犬の討伐にずいぶんと手こずっているようだった。


 前衛は盾持ち二人、中衛は魔法剣士、後衛が魔法使いと陣形は悪くない。犬の動きにもちゃんと付いていけている。ただ、犬が二つの尻尾から放つレーザーと口から吐く多種のブレスに翻弄されている。目では見えないが、魔力を感じ取れば周囲に何らかの魔法を散布していることがわかる。

 幻覚か、単純な麻痺か。わからないが毒の可能性が高い。鬱陶しい魔物だ。


「あの犬のような面倒な手合いは時間をかけず一撃で仕留めるに限る」

「それ、先輩だからできるんですよ?」

「お前はできないのか?」


 ラブリィなら余裕だろう、目で尋ねると、少し気恥ずかしそうに目を逸らした。


「ま、まあ、できますけど……」


 頷き、もう一度上を見る。

 あまり必死な様子はないので、人間側もまだ切り札の一つや二つ、三つ四つ五つと残しているのだろう。だがこの部屋、天地両方の魔物を殺さないと次のエリアに行けなくなっているようなのだ。さっさとダンジョンから出たいソウジンにしてみれば、無駄に時間が取られるのは結構……いやかなり嫌だった。


 手を遊ばせ、槍がないことを思い出す。

 少々の寂寥感を振り払い、ラブリィに魔法製の槍を頼む。


「いいですけど、強度ありませんよ?」

「構わん。早くくれ」

「もー、せっかちな男の人は嫌われるんですよぉ? はい"闇槍"、です」


 軽い言葉は受け流し、空中に現れた黒一色の槍を手に取る。

 くるくる回し、数回振って強度を見る。


「悪くない」

「ふふ、それは何よりです」


 ソウジンが何をするかは既に察しているようで、ひらひら手を振ってお願いしますと伝えてくる。頷き、携えた槍を下投げの要領で投げ飛ばした。


 ヒュン、と風切り音を奏で闇の槍が空を駆ける。

 一瞬空間の断絶のことが頭を過り、上を見ていて杞憂だったと知る。


 投げ飛ばした槍は中ボス犬が感知する前に片方の首に突き刺さり、綺麗に貫通し地面(天井)へ縫い留めた。

 驚きの目がこちらに向けられるのを感じる。顎を魔物に向けて動かす。早く殺れの意味はきちんと伝わったらしい。動きを止めた中ボスに複数の魔法と剣撃が襲い掛かっていた。


 ボロボロになり、反撃する間もなく中ボスが消える。同時、部屋の中心に扉が現れた。場所はこちら(地面)ではなくあちら(天井)である。


「ソウ先輩ソウ先輩」

「なんだ」

「私、嫌な予感がしてきたんですけど。くっついていいですか」

「言う前にくっついているだろ。――奇遇だな。嫌な予感には同意する。備えろよ」

「にふふ、私は先輩に魔法で引っ付いてるから備えるのは先輩だけでーすっ」


 背中にくっついてきた女をそのままに、肉体強化を施して環境変化を待つ。数秒、段階も予備動作もなく重力が反転した。


「予想通りか」

「ですねー」


 くるりと回転し、直立状態で天井――地面に落下する。

 今となってはどんな中ボスだったかすらわからないが、戦闘中にもう一体追加される、もしくは討滅後にもう一戦、という流れだったのかもしれない。何にせよ、本来の戦闘フィールドは天井側だったようだ。


 無言でしなやかに降り立ち、中ボス戦後で少々疲弊気味の人間たちと相対する。


「何者だ、貴様」


 話しかけてきたのは中心人物と思わしき青年だった。金色の長髪が目立つ。隣にはすぐにでも守れるようにと両盾持ちの女が立っている。


 そそくさと背中から離れるラブリィに一瞬視線を向けるが、青年はじっとソウジンを見つめていた。横の両盾を手で制しており、顔立ちや動きから身分の高い人物だと察する。確実に貴族だ。


「子供か」


 呟き。ソウジンの言葉を拾ったらしき一人が眉をひそめる。それでも何も言わないのは、集団内における統制がきちんと取れているからだろう。目前の青年の評価を引き上げる。


「私はソウジン。リリジン王国王都警備隊東大通り支部所属のソウジンです。この者は同僚のラブリー。王都南東の警備隊支部が壊滅したため、その調査を行っていました。出現したダンジョンに呑み込まれここにいます。高位の貴族と思われますが、あなたがたは?」

「王都警備隊……そうか。制服を見た限り本物のようだな。失礼した。私はリリジン王国第二王子、ヘルトリクス・リリジン。王都より西の魔法都市、王立リリララ魔法学園にて生徒会長をしている」


 未だこちらを推し量る眼差しの第二王子に、男は内心で溜め息を吐く。

 生徒会長という肩書きに興味はないが、第二王子は無視もできない。敬語を使っておいて正解だった。こんな状況だ。王子本人は気にしなくとも、周囲の人間は気にするだろう。隣に立つ両盾の女も、奥にいる魔法使いの女も。

 普段なら果物チップスでも差し出して「食べるか?」と聞いているところだった。危なかった。食べ物差し出して振り払われて地面に落ちでもしたら……殺人事件が迷宮入りするところだった。迷宮だけに。


 面倒な手合いだが、我々は先を急ぐので、と逃げるわけにもいかない。相手は実質将来の上司である第二王子なのだ。首になるのは御免被る。


 上辺の会話を熟し、情報交換を進め、結果同行することになってしまった。

 先頭は両盾持ちとヘルトリクス、それとソウジン。ラブリィは後衛の魔法使いに一人混じっている。


『ソウせんぱーい』

『なんだ』

『念話の魔法使っておいてよかったですねー』

『ああ』


 それぞれの属性で手法は異なるが、結果は同じためまとめて"念話"と呼ばれる魔法がある。端的に、遠距離通話だ。

 移動に際して人間の配置を決める時に、ソウジンとラブリィの戦闘スタイル上離れることは確定的だったので事前に念話を使っておいた。ソウジンにとってなくても困らない念話ではあるが、ラブリィがきゃぁきゃぁうるさかったので繋げている。頭の中でもぺらぺらと喋り続けているのはラブリィだ。こちらはこちらでまたうるさい。どちらが正解だったのか悩ましいところである。


「ソウジン、貴殿はこのダンジョンをどう見る」

「は。殿下と私共の侵入場所が異なることを考えるに、空間分離型ダンジョンの一種かと」

「やはり貴殿もそう思うか」

「はっ」


 妙に親しげな王子と話しながら歩くソウジン。一方ラブリィはと言うと。


「あの……ラブリーさん。もしかしてですけど、ご家族の方がリリララ学園に通っていますか?」

「通ってますよー。妹が通っているんです。今は私も警備兵の一員ですからあんまり周りに言ってないんですけど……妹、ラヴィリエのお友達ですか?」

「は、はい。クラスは違いますがラヴィリエさんには魔法のことでよくお世話になっていて……えと、ありがとうございます?」

「きゃふふ、どうしてカルフィナ・・・・・さんが私にお礼言うんですか。お礼なら私の方こそですよ。いつも妹がお世話になっています、ありがとうございますっ」


 茶髪の少女カルフィナとお喋りに興じていた。


『先輩先輩、ソウせんぱーい』

『なんだよ。俺は王子殿下との会話で忙しいんだ』

『そうは言いますけど、ちゃんと私に応えてくれるじゃないですかぁ。先輩、私のこと好き過ぎません?』

『そうかもな。好きだよ、ラブリー』

「にゃぅ!?!?」

「ど、どうかしましたか?」

「え? や、う、ううん。なんでもないですよ! なんでも……」


 後ろから鳴き声と短い会話が聞こえたような気もするが、きっと気のせいだろう。

 ソウジンは微かに笑い、久しぶりの解錠で緩んでいるかと気を引き締める。


 ぼちぼち会話と念話を繰り返しながらダンジョンを進んでいく。

 

 無数の魔物蠢くエリアを踏破。

 逃げ続ける魔物しかいないエリアを踏破。

 空間のねじ曲がったエリアを踏破。

 ランダム転移エリアを踏破。

 

 魔物の数もさることながら、本格的に凶悪なトラップが現れ始めたせいで攻略に時間がかかっている。何より、音越え移動を制限されているのが痛い。


「転移魔法陣が多いな。ソウジン、貴殿はどう動く」


 ダンジョン攻略中、王子は都度都度ソウジンに意見を求めていた。

 魔力を感じ取ったからか、最初の投槍を見たからか、動きを見たからか、王族故の直感か。理由は定かではないが、ヘルトリクスからの信頼度が妙に高い男である。


 公務員だからかもしれない。給金も上がるかもしれない。思わぬ収入(未来の)にテンションが上がる。やはり礼儀正しく接したのは正解だったようだ。

 内心で笑い、同時にダンジョンのことを考える。


 ダンジョンに入ってから既にかなりの時間が経過している。正確な時間はわからないが数時間は経っているだろう。

 ダンジョンの攻略が簡単に終わるとは思っていないが、それほど時間がかかるとも思っていなかった。


 何せこのダンジョン、出来立て、というか未完成だ。

 魔物は鬱陶しく転移罠も面倒だが、それらを組み合わせた人間を排除する仕組みができていない。特に転移罠が雑過ぎる。空間の切り取りが雑で、転移先に魔物が待ち構えていることもない。


 ダンジョン主の意向が定まっていないとでも言えようか。形だけ作り上げて中身は途中、どんどん領域だけ広げようとしているような雰囲気がある。


 杜撰なダンジョン形態を思えば、少々ヒントも見えてくる。

 扉や魔法陣なんてものは、次のエリアに進むためとわかりやすく示すものだ。つい自然とそちらへ足を向けてしまっていたが、そもそもそこから間違いだったのだろう。


「――隠し扉、もしくは隠された魔法陣を探しましょう」

「ほう」

「空間分離型のダンジョンならば、内部の構造がより高度なものとなっているはずです」

「確かにな。少々稚拙に過ぎるか」

「はい。ダンジョン主がダンジョンの構築に無関心か、あるいは知識を持たないかのどちらかかと」

「ふむ……――ソウジン、トルマリ」

「はっ」

「ヘルトリクス様! 私の傍へ!!」


 新しいエリア、天井だけがやたらと高い、一つの部屋に多くの転移魔法陣が設置された場所。

 これまで移動に使ってきた魔法陣が独りでに輝きを放つ。強い魔力と敵意に満ちた気配が漂う。


 ヘルトリクスの声と共に、緩んでいた空気にピンと糸が張られる。

 陣形が整い、両盾持ちが一歩前に出る。この女、トルマリという名前だったのか……。


「来るぞ!」


 声を張る王子に続々と応答の声が響く。

 数瞬、魔法陣より出でた魔物が飛びかかってくる。見た目は完全に数時間前の中ボスだった。だが魔力は弱く、見かけだけの偽物だろう。とはいえ苦戦した相手となれば動揺もする。トルマリの動きが鈍り、一瞬の隙を見逃さず別の中ボスが地面を走る。


 魔法陣は複数ある。ならば中ボス(偽)も複数いる。


「くっ!――っ」

「油断するな。お前は殿下を守れ」

「言われずともっ!」


 隙を埋めるのも大人の役目。というわけで三体の中ボス犬は蹴り飛ばして壁に叩き付けておいた。

 息つく間もなく犬が襲ってくるため、しょうがなく手足を駆使し討滅していく。ちらと背後を見れば丁寧な盾捌きで王子を守るトルマリの姿があった。王子は王子で流麗な剣筋を披露している。速く、鋭く、力強い。この場では充分な戦力を備えている。


 頷き、十数体の魔物を処理したところで魔力を感知する。


「ラブリー!!」

「わかってますよー!!」


 叫び、後ろから聞こえてくる声に短く頷く。

 ソウジンが気づいたように、ラブリィもまた気づいていた。上空より感じる強い魔力。顔を上げれば見慣れた小型犬と中型犬のセットに加え羽の生えた犬がこちらを睨みつけてきていた。


 上の対処はラブリィと他の魔法使いに任せ、ソウジンは地上の魔物掃討と動く。

 殴り蹴り殺し。単調な動きでも威力と速度を伴えば魔物狩りに足る。ある程度殺したところで、再度魔法陣が輝くのを目にする。


「なるほど……――そこか」


 追加の魔物が現れる瞬間、既存の魔物の対処と、上空の鬱陶しい魔物の対処と。意識がそちらに向く瞬間はどうしても隙になる。


 だからこそ、ソウジンは警戒していた。

 "音越え"を観測していたならば。

 ダンジョンが未完成ならば。

 今もこちらを観測し続けているならば。


 可能性でしかない。だが、その可能性は低くない。それならば気にするに越したことはない。ダンジョン主の狙いは第二王子かとも思ったが、学園生の名前を聞いて疑問が生まれた。

 空間魔法の使い手であるという時点でダンジョンから見れば鬱陶しい相手だろう。そのうえ、名前が名前だ。もしもこのダンジョンが人為的に発生させられたものなら、警戒しないわけにはいかない。


「ふん」


 とん、と地面を蹴り、素早く背後に跳ぶ。空中で回転し最後尾に着地し即座に拳を振るった。


 キィィンと高い音が響き、解けた魔法と共に人影が現れる。

 魔力の飽和。発動直前の魔法を強引にねじ伏せ、掴み捕らえようと――指を引っ込め防御体勢。次いで爆音。

 ダメージはない。しかし捕縛は失敗した。


「――やはり、お前か」


 立ち込める煙の先、何かの魔法で素早く煙を散らした存在が、ニヤニヤと笑みを浮かべソウジンたちを見ていた。


「キャハハ、アタクシ様の隠蔽を見破るだなんて、少しはできるようね!」


 茶髪に黒の瞳。生徒会の面々と同じ制服を纏った幼げな少女。

 勝気で自信に満ちた表情は記憶のそれと著しく乖離しているが、そこには見覚えのある姿形をした少女――――カルフィナが立っていた。

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