四話、魔物と槍使いと魔法使い。
割れた地面に石片が散らばっている。
ソウジンが壊した壁もあれば、元から壊れていた壁もあり、また新しく壊された壁もある。壁に限らず石畳もボロボロにされている箇所が多い。
一振り。
飛びかかってきた犬型の魔物を二匹引っ掛けて横に飛ばす。壁に叩きつけられた魔物から「きゃん」と聞こえるが無視。目の前に迫る同型の三匹が先だ。
ソウジンの扱う、というより王都警備隊に貸与されている槍はあまり高価なものでなく、お世辞にも高品質とは言えない。ただそれでも、リリジン王国が採用し量産した正規品であることには変わらない。一定以上の品質と利便性は担保されていた。
石突は安くとも頑丈な鉱石を使用し、柄には魔力伝導率の高い魔物の革を丈夫な木材に巻いて製造している。金属製よりも耐久は落ちるが、魔力強化でカバーすればよい。
柄と穂を繋ぐ二か所の留め金は石突よりも加工の容易い鉱石を使用し(変わらず安価)、血止めの
槍の刃となる穂には少々値の張る黒曜魔石を使用し、鋭利かつ魔力を通すことによる高い耐久性も持たせている。
穂用の鞘はなく、芯に魔力を通すことで防護魔法が剝がれるONOFF仕様。最低限の魔力操作を要求されるが、一般警備兵ならばこの程度朝飯前である。
警備兵の槍は真っ直ぐと伸びた基本の
「多いな……」
三匹を横に飛ばし、槍を回転させ同じ方向に犬型の魔物を飛ばし続ける。
一、二、三、四、五。十を超えたところで一度槍を投げ、魔物をまとめて串刺しにした。生命力の高い魔物に止めを刺し、襲い掛かってくる魔物は適当に蹴り飛ばしてあしらっておく。二歩で槍を回収し、戻りながらテンポよく刺殺を繰り返していく。
突いて引いて、突いて引いて。
基本に忠実な動きでしかないが、異様な速さで引き戻される槍は的確に魔物の急所を貫いていた。
チンピラを集め拘束しておいた広場では、多くの魔物がうろついていた。
ソウジンは現在、広場に繋がる通りで魔物を打ち払いながら進んでいる。
魔物は四足歩行の犬型。犬型と言っても、瞳とその周りは赤黒く染まり、剥き出しにした牙からは淀んだ血が滴り落ちているが。地面に落ちた血は溶解液の役目を果たし、石畳を削り滲んでいく。
好戦的で可愛げは一切なく、群れて飛びかかってくる様子はSFホラーのゾンビ犬のようだ。
男の槍は魔力を纏っているため溶かされることなく、作業的に魔物は処理されていく。
遠くに見える広場の中心では犬に囲まれた男たちが何やら喚いていた。
「助けてくれぇぇええ!!」
「寄るな! 来るんじゃねえ!」
二人しか叫んでいないのは残りが気絶しているから。
そんな痛めつけたか? と疑問に思うも、ひとまず襲い来る犬を瞬き未満の三刺突で排除しておく。
徐々に広場へ近づきながら、さすがにおかしいと感じる。
足首を回し身体を反転し、遠心力に乗せて周囲の魔物を吹き飛ばす。集中強化を施したとはいえ、さすがに五匹同時は槍が悲鳴を上げていた。
槍投げを熟しつつ散々に殺してきた魔物の跡を見るも、死骸一つ残っていない。血痕すらないのはいくらなんでもおかしい。
魔力感知を狭め、周囲の探査を行う。
目の前で薄れていく魔力はちょうど今ソウジンが殺した魔物だ。壁に叩きつけ、ずりずりと地面に倒れ伏す犬型。じっと見ているわけにもいかないので他個体を処理する。同時、残っていた魔力が綺麗さっぱり消えた。
ぱっと振り向き、魔物の死骸を確認する。ない。犬の欠片も存在しない。
「……召喚獣か?」
魔法の中には世界のどこかから召喚した生物を使役するものもある。生物本体を召喚しているわけではなく、召喚体は術者の魔力に依存しているので死ねば魔力に還る。後には何も残らないため、今のような現象も起こり得るのだ。
軽く頭を振り、余計な思考を捨てる。
召喚獣であろうとなかろうと、重要なのは捕虜を助け出すことである。
魔物を蹴散らし、広場に足を踏み入れる。途端、妙な怖気が背筋を走った。
この感覚には覚えがある。以前、リリジン王国に来る前、別の国の小さな街近く――。
「せんぱーい!……はぁぁ、やっと追いついたー。ソウ先輩ほんっとに速過ぎです。はやすぎ。きゃふ、せんぱいはっやぁい♡」
「……」
「もう、照れて何も言えないんですねぇ。初心なお、と、こ、の、こ♪」
「黙れ。もうおやつやらねえぞ」
「それは嫌です。……えっと、状況は?」
「ああ、気をつけろよラブリー。おそらくこれは」
ギィン!
男の目前で火花が咲く。
引いて持ち手を浅くした槍の穂先を、突如現れた犬の牙に合わせた。
押し込もうとする力をいなし、軽く動かした刃が喉の奥へと突き立てられようと――する前に、魔物は驚異的な脚力で後ろへ引く。
犬にしてはずいぶん自由度の高い動きをしているし、何より他の小型犬と違ってかなり速く賢い。
こちらを睨み付け警戒している様子の巨大な犬。見かけは今までと変わらないが、目と耳が四つになり尻尾が三つ又に別れ宙に浮いていた。感じる魔力量も桁違いだ。
「ラブリー。見えていたか?」
「な、なんとか」
「肉体強化はしておけよ」
「も、もうしてますけどっ!」
「そうか……」
「あ、先輩今がっかりしましたね? 私は魔法使いたいので肉体強化にそんな魔力使えないんですよーだ。先輩こそどうなんです? ぜんっぜん魔力回してるように見えませんけど?」
会話をしながら小型を処理し、同時に周囲を観察しておく。
広場そのものは変わっていない。
だが喚いていた男たちは揃って沈黙していた。よく見れば地面に倒れ込み呻いている。
視界は若干悪くなり、薄赤い瘴気が漂っている。ラブリィの防護は今でも健在で、魔物によるダメージというより瘴気による環境ダメージの影響だろう。あまり猶予はなさそうだ。
「俺は肉体強化なぞしていない。この程度使うまでもない」
「えー……前から思ってましたけど、ソウ先輩おかしいですよね?」
「どうでもいい。それよりラブリー」
「はーい……」
「ここはダンジョンだ」
「はい?」
一瞬横を見て、阿呆面を曝す女に口元を緩める。
男の油断と見て取ったのか、連携して襲ってくる犬の群れをすり抜けながら逃さず突き殺し大型との距離を詰める。
知能が回ればこそ、隙を見せれば飛び込んでくると思った。予想通り簡単に引っかかってくれた。大型とはいえ所詮魔物でしかない。
姿勢は低く、下から足を掬うように槍を薙ぐ。
横に避け、小型を犠牲に距離を取ろうとする大型に手首を返し握りしめた槍を投げ入れた。
直線、伸びて刺さって三匹を貫いたところで大型を取り逃がす。
四方八方から襲い来る犬を背後に飛んで避け、着地即前に跳んで犬の群れを踏み台にする。上ではなく前へ。片手で肉塊に埋もれた槍を引き抜き、逆の手に渡して石突を地面へ叩きつけた。
今度は上へと跳躍し、勢いのまま振り上げた槍を投げ落とした。目標は見るまでもない。犬の中でも一等強力な魔力だ。
悲鳴を耳にしながら空中で数匹を踏み蹴り、前に回転し一匹を掴んで壁にする。飛び込む小型を防いだところで、またもや投げ槍が防がれたことを察する。
逡巡はなく、包囲を強引に突破し槍を拾った。
ソウジンの槍が大型を貫くことはなく、数匹の小型を引き千切り、さらに数匹の小型を地面に縫い留め止まっていた。
死骸が溶け、瘴気が濃度を増す。
「"宵闇の誘い"!!」
犬の唸り声を切り裂き聞こえた甘声に従い、広場の入口へ走る。
途中で転がっていたチンピラを一人拾い、単行本サイズの魔導書を構えたラブリーの横へ。
広場に魔力が染み渡り、赤い瘴気を押し退け黒い闇が覆っていく。
一面何も見えなくなり、次第に獰猛な声も消えていなくなった。
「ふぃぅぅぅ……」
「ラブリー。良い魔法だ」
「ええ?えへ、えへへぇ?そうですかぁ?んふふー、もっと褒めてくれてもいいですよぉ?」
「ならば褒美をやろう」
「え!? やんもうっ、急にご褒美のキス♡ だなんてエッチな先輩♪ そんなにちゅーしたかったら早く言ってくれればいいのにぃ。きゃふふ、お願いしてくれれば私だって――んく……むぅ、むかむかしまふけどおいひー」
何かまくし立てていたラブリーの口に海藻を突込み、自分の口にも一つ放り込む。頭の中をうま味で満たしながら、一度状況を整理する。
現状、この広場はダンジョン化している。厳密に言えばダンジョンの一室、いわゆるボス部屋と呼ばれる場所だが今はいい。
前衛として突込み、攪乱をしながら注意を引き寄せあわよくば群れの長を仕留めようとした。個体ごとの戦力はそうでもなかったので、普通にやれるかと思いもしたが魔物もなかなかに強かだった。個の力でソウジンに敵わないと見るや、即座に集団として圧殺にかかってきた。
まあそれもソウジンは蹴散らしたが。海藻を咥えながらの片手間作業だ。余裕である。
問題は気絶したチンピラたちであり、ラブリィの防護があるとはいえあの量をぶつけられるとさすがに死んでいた。ソウジンが暴れ魔物の気を引きつけたのは英断だっただろう。
ラブリィもただサボっていたわけではなく、最初に防護を重ね、続けて攻撃魔法に移って途中で捕虜に気づき誘眠に切り替えていたようだ。魔力の遷移でなんとなく察することはできる。
とりあえず目の前の闇は眠りを誘発する魔法なので、あまり踏み入りたいものでもない。だがそう我儘を言っているわけにもいかない。
「ラブリー。俺が
「ん、はーい。居眠りしないでくださいよ? 投げ過ぎも注意ですからね。あとあとおやつ投げるのも禁止ですよ? それにそれに、きゃふふ、逃げ戻るとき私に抱きつくのも禁止ぃ……あ、それはむしろいいのか。そっちはぜひぜひ来てくださ」
「行ってくる」
変なことを言いだした女の話途中でその場を離れた。槍の穂先を天に向け軽く構える。魔法の闇が広まっているため魔力感知は働かない。
おそらくダンジョンボス――大犬はこちらが近寄れば目覚めるだろう。もしかすれば既に目覚め待ち構えているかもしれない。
それらを退け押し通るために必要なのは別の探知手段だ。
躊躇なく闇に入り、足元から地面を伝い魔力を流す。ソウジン特有の魔力変換によりソナーの役割を果たした波が闇の届かない大地を抜けていく。
閉じた瞼の裏に浮かぶ輪郭を拾い上げ、一つ、二つ、三つと人型をを放っていく。途中で襲ってきたボス犬は槍で弾き、音が闇に吸われる空間で槍牙を交わす。
火花すら消える世界は何も見えず何も聞こえない。それでも魔法と気配でボスの存在は感じ取れる。
時間をかける必要はない。一撃だ。
「――――」
数秒。
手元に構えた槍を全力で天に突き上げる。重い手応えと、暴れ伝わる振動。
即座に抉り込み、同時に引き抜き一歩後ろへ。たん、たん、たん、とステップを踏み小型を避けて闇を出る。
「先輩っ、大丈夫ですか?」
「あぁ」
甘ったるさのない、心配の詰まった声がよく通る。
世界に音が戻り、目を開ければ眩しい光に満ちている。自分から入っておいて何だが、闇の魔法、恐るべき術だ。
横を見て声通りの表情を浮かべている女を確認する。
一心の視線に頷き返し、近くに転がる四人のチンピラを見ておく。身体はボロボロだが元気そうだ。ラブリィが治療したのだろう。深い怪我も見られない。
「ラブリー。魔法を解いていいぞ」
「いいんですか?」
「ああ。感覚だが群れの長は仕留めた」
「……やっぱりソウ先輩おかしいです」
変なものを見る目で見られながら晴れていく闇を注視する。
瘴気は薄く、転がる小型犬は数を減らしている。先ほど闇に突入し、空いた隙に突き殺し回った結果だろう。
大型の魔物は、と視線を巡らせ、薄くなった瘴気の先に一匹の大犬を発見した。
「わ、先輩まだ生き……え、え?」
「もう殺ったぞ」
慌ててソウジンに声をかけるラブリィは途中で言葉を失った。彼女の口から戸惑いの声がこぼれている。
大犬の視線は敵意に満ち、目と目が合った瞬間に男は槍を投げていた。待つ必要はなく、身体を捻り足を一歩前へ進め真っ直ぐと投げる。
簡単だが、その威力は絶大だった。
魔力で強化された槍は途中に立ち塞がったふらふらの小型犬を弾き引き裂き、倒れた大型犬を貫き壁に縫い留める。
柄の半ばまで埋まった槍は魔物の腹を綺麗に打ち貫いていた。
「え、ええー……ソウ先輩、いつ投げました? 私全然見えなかったんですけど」
「お前が俺を見た時には投げていたぞ。それより見ろ」
「え? はい――あ、消えていきますね」
「ああ。ダンジョン産なら魔物が消えるのも当たり前だ」
「ですねぇ……って、ソウ先輩ソウ先輩」
「何だ」
「ダンジョンってどういうことですか?」
「話は後にしよう。先にチンピラ共を連れていくぞ」
「むぅ……わかりました、しょうがないですねぇ。……はぁ、魔法で引っ張っていけばいいですか?」
「そうだな。頼む」
「はーい……せんぱーい、後でたっぷり教えてくださいよぉ?」
「ああ。昼飯の時に話そう」
「にふふ、そうですねー。一緒にご飯ですもんねーっ!」
機嫌の良いラブリィの魔法を待ちながら、ソウジンは魔物の居た場所を見つめる。
捕虜がいたため少々手間取ったが、そう時間をかけず討伐することはできた。
「……」
何故ここにダンジョン産の魔物が生じたのだろうか。空間侵食型のダンジョンなら突発的に現れることもある。しかしボスモンスターだけとなると話は変わる。おかしい。
貴族に仕える老人は"異様な魔力反応"と言っていた。
十中八九ダンジョン産の、今倒した魔物が原因だろう。
わからない。わからないが、このまま放置して良いとは思えない。
「……俺には関係ねえか」
呟き、意識を思考から引き戻す。槍に魔物の血は付着しておらず、傷一つ残っていない。それでも帰ったらメンテナンスしてやるべきだろう。軽く振り、持ち直して芯に魔力を通し刃を鞘に収めておく。
果物チップスを一枚つまむ。労働の後の甘味はうまい。至上だ。
「――せんぱーい! 行きますよー? 何一人で黄昏ているんですかぁ? きゃはは、ソウ先輩のかっこつけー、ぜんっぜんかっこよくないですよー!」
騒がしい後輩の声を聞きながら、淀みの晴れた広場を後にする。
歩き出したソウジンの背を見送るように、青く澄んだ空に昇り切った日が燦々と輝いていた。
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