公開査問会から追放へ
その部屋は、まるで古い裁判所の様だった。
それが裁判所と違うのは、天井と罪人が立つ場所に、強力な魔法が幾重にもかけられている事だ。
部屋の正面には、壁際に大きな机と椅子が並んでいて、左には戦士たちが立っている。右には大きな魔導の装置が置いてあってそこにも魔導士らしき人が、その装置を使うためにその場の椅子に座っている。
部屋の中央には光る魔法陣が緩く回りながら展開されていて、ククラはそこに立つように促された。
ククラはその魔法陣に入る時に緊張した顔をして入っていった。
見ている者たちはじっとククラを見ていたが、何故そんな神妙な顔をしているのかが分からない。
さっきまで、ククラはニヤニヤ笑いを浮かべて立っていたのだから。
ククラは息を一度吐いてから、その輪を踏んだ。
何の反応もない事に、軽く息を吐く。
この査問会で一番の敵は、魔導士長でも周りの魔導士でもなかった。
部屋の右に置いてある、魔導の嘘発見器だった。
この魔法陣と連結をして発動をしていると、前に一度だけ聞いた事があったククラはこの瞬間が一番のキモだと思っていた。
何せ、これから自分は全ての会話で嘘を吐くのだから。
そのためにはどうしても、体の中に有るモノを仕込んでおかなければならなかった。それに反応されるかどうかが、この行動が成功するかの鍵だったため、ククラは緊張をしていたのだ。
何の反応もないという事は、やはり自分のあの力は全く別の物だという事か。
これで思う存分話すことが出来る。
ククラはニヤリと笑ってから、顔を上げて魔導士長を見た。
そのククラをじっと見ていたゲイルは、コホンと一つ咳払いをしてから、手元の紙を捲った。
「…さて、魔導士ククラよ。今日はお主の査問会じゃが、今回は公開査問会となっている。いろんな場所の魔導士協会の長も、お主の話を聞いておる。…滅多な事は言わん方が良いぞ?」
魔導士長がそう宣言するのを、ククラはニヤニヤしながら聞いている。
ククラの姿も映されているのか、まわりから非難の声が聞こえてきた。
「…真面目に聞いているかのう?」
「ええ。いたって真面目に聞いてますよ?」
ククラが肩を竦めながらそう言うと、ゲイルは息を吐いてから話し始めた。
「では、まずはお主に聞こうかのう。…今回の事件を起こした理由を話してくれんか?」
「…この町が気に入らなかったから…では、いけませんか?」
「お主はここに来てから、随分と色々してくれていた。…それが嫌だったというのかね」
ゲイルはククラを見る。
ククラは肩を竦めた。
「最初は別に気になりませんでしたよ?だけど、何でも頼まれるのはちょっと不自由でしたね。…僕自身の研究も出来なかったし」
「…研究とな?お主は魔導の研究をしていたのか?」
ククラはニヤリと笑うと頷いて見せる。
「ええ。…色々と」
ゲイルは顔をしかめ、他の魔導士の長からは唸り声が聞こえた。
「…何の研究をしていたのか、教えてくれるかね?」
ククラがちらりと嘘発見器を見たのを、ククラを見ている全員が見た。
「…そうですね。…はあ。そこにあるのは嘘発見器ですよね?」
「そうじゃ」
ククラは不自由な手で顔を掻いた。不意に天井を見て、それから足元を見る。首を横に振ると、大袈裟な溜め息を吐いた。
「…面倒くさいなあ。何を説明すればいいんですか?」
嘘発見器が少し揺れる。
「魔導士ククラよ、余り余分な発言はせん方が良いぞ?」
「それは僕の勝手です。…研究ですか。…魔獣の研究をしていました」
「魔獣だと?」
「ええ」
ククラはそれ以上の言葉を言わずに、魔導士長を見ている。
騒めきが大きくなった。
魔導士が魔獣の研究をするのは、別段変わった事ではない。
殲滅する相手の事を知るのは、魔導を使う者としては当然の事だった。
しかしククラは罪人だ。
あの事態を引き起こした者が、魔獣の研究をしていたとなると話は違った。
「どんな研究だ?」
ゲイルの声も少し硬くなる。
ククラは、また溜め息をついて見せた。
「…人を魔獣に変える研究ですよ」
「何じゃと!?」
ゲイルの大声に、ククラは片方の耳を塞いでみせる。
周りからも怒号の様に非難の声が上がった。
その中で、ククラはニヤニヤと笑っている。その他大勢の声など聞く耳も持たない様に。
「何のためにそんな事をしていたのだ?」
「それはまた、無粋な事を聞くんですね」
ククラは肩を竦める。
「そんな事は、言わなくても分かるでしょう?」
ククラの言葉にゲイルが唸る。
「…お主の口から聞きたいのじゃ」
「そうですか。…自分のため、ですかね」
嘘発見器が、小さな音を出した。
ちりんと、鈴のような音だ。ククラはその音がした方を見る。
そしてニヤリと笑った。
「それが全部ではない様じゃな」
「ああ、本当にその機械は面倒くさいなあ。…じゃあ言いますよ。魔導士による世界征服ってとこかな?もちろん一番上には僕が成りますけどね?」
バカげた発言だった。
しかし嘘発見器は音を出さない。ククラはニヤニヤしながらそこに立っている。
ゲイルは呆れたように溜め息を吐いた。
「どうやらそれがお主の本気の様じゃな。…それでは次の話じゃ。…実は前に同じような魔導陣が天空に展開された事があってな」
ククラは笑顔を崩さないようにする。
此処が本番だ。
「お主も噂だけは聞いた事があるだろうが、ミミトメリと言う町の話じゃ。…他の魔導士からの報告を聞くに、どうもお主が前日展開をした魔導陣に似ておると言うのだが、どうかね?」
当たり前だ。
あの魔導陣はあれに似て見えるように、手を加えて作ったのだから。
「…はあ?何の話ですか?」
いきなり激しく音が鳴り響く。
嘘発見器が、けたたましく鳴り響いていた。
傍の技師がその音を止める。
「…嘘は通じんよ、魔導士ククラよ」
ククラはちっと舌打ちをしてから、少しふてくされたように言った。
「…ええ。僕がやりましたけど」
「何のためじゃ?」
「…あそこは実験場としては、最適だったんです」
その場がしんとした。
研究の実験場。それが何を示しているのか、その場にいる魔導士の全員が意味を悟る。
「…そうか。それでどうしたのじゃ」
「え?実験は成功しましたよ?」
ククラが笑顔で答える。
ゲイルが苛立った声で話す。
「そうではない。その後はどうしたのじゃ」
「ああ。そういう事ですか。…元に戻しましたけど?」
嘘発見器は鳴らない。
ゲイルはその機械を見た後に、ククラに目線を戻す。
ククラは退屈そうに、その場に立っている。
「どうやって戻したのだ?」
「逆さ螺子で」
周りから唸り声が響く。
「…むごい事を。…せめて時逆なら、ましだったじゃろうに」
逆さ螺子は時逆と違って、時間を巻き戻す魔導だ。
戻された人の中には、その時の記憶がなくても、魂には刻まれてしまう。
ククラがくすくすと笑う。
「何でそんな慈悲を?僕は別に奴らに対して何も思ってはいませんよ?」
「…発言を慎みたまえ、魔導士ククラよ。…そんな巨大な魔導をどうやって使ったのじゃ。お主の魔導力が大きいとはいえ、それは無理じゃろう?」
ククラがくすくす笑いながら、口を開く。
「その場には幾らでも、魔導力が転がっていましたからね?…自分たちを戻すのに自分たちの力を使ったのだから、別段不満もないだろうし?」
「…普通の人では、そんな魔導力が集まるとも思えんが」
ククラが、にいっと笑った。
「…全員、魔獣でしたからね?」
ククラの発言に、部屋の中でまるで地響きの様に声がひしめいた。
先からの発言で分かっていた事ではあるが、こうやってはっきりとククラの口から言われると、その事態の大きさに魔導士達は動揺を隠せなかった。
当のククラは不謹慎な事に、大きく欠伸をしている。
その姿を見て、ヴァイスは鼻息を荒くしたが、ジェイはやっと納得がいった。
そうか。お前はそれがしたかったのか。
きっと、ミミトメリで何かがあったんだろう。
それを守りたくて、わざわざこんな事を。
…本当にお前は。
眠そうな顔をしているククラを、ジェイはじっと見ている。
もしもお前が、ここから出たいなら俺はそれを助けようと思っていたが。
この時そのものが、お前の目的だったんだな。
それなら俺の発言は、不要というよりは邪魔だったろう。
…俺は此処で祈るしか出来ないんだな。
お前の企みが成功する事を。
「…恐ろしい事をしたものだな、魔導士ククラよ。それでお前の良心は痛まなかったのか?」
「…別に」
嘘発見器は鳴らない。
それはククラの言葉が嘘ではないという事で。つまり、ククラは何も後悔していないという証だった。
「そうか。…それでは、この間の事態は」
「ええ。そうですよ。…同じ事をしようかと思っていただけです。あっちには大した魔導士がいなかったので、その成果は分かりませんでしたからね」
ゲイルが嫌そうな顔をする。
「…魔導士をか?」
「ええ。…まあ、結果的には無理だったので、成果は分からないんですが」
ククラが至極残念そうに言う。
通じている他の教会から、非難の声が相次ぐ。
「コンマリの魔導士を舐めておったのう?」
「そうですね。…少しは見直しても良いかな?」
そう言ってにっこりと笑ったククラの顔は、ひどく残忍で、見ている者たちは言葉を失う。
しんとした部屋の中でゲイルが、がさりと紙を捲る音だけが響く。
「…さてお主の心情は随分聞かせて貰った。…あと残っているのは、ミミトメリでの事件の事じゃ」
ククラが首を傾げると、嘘発見器がチリンとなった。
ちっと舌打ちをするククラに、ゲイルが咳払いをする。
「それも知っている様じゃのう。…町で殺人があったのじゃが」
「…はあ。本当に何でも調べてくるんですね、協会っていうのは」
ククラのぼやきにゲイルが微笑む。
「話して貰えるかのう?」
「…研究者は、下らない魔導の研究をしていたし、僕の実験には邪魔だったので消しました。…町の富豪は…」
そこでククラが言いよどむ。
今まで何でも言っていたククラを見ていただけに、ゲイルも他の魔導士も何事かとククラをじっと見る。
「…どうしたのじゃ、魔導士ククラよ。答えないのか?」
ククラは下を向いて、嫌そうに口を開いた。
「…迫られたので」
ククラがそう言うと、魔導士達から不満の声が上がった。
たかがそんな事で人を消すなんて。
その非難の声にククラが噛みつく。
「はあ!?じゃあお前ら嫌な男に迫られて見ろよ!?どれだけおぞましいか分かるから!」
「…落ち着きなさい魔導士ククラよ。…それではお主は私怨で両名を消したというのだな?」
ククラが、ふてくされて頷く。
ゲイルは溜め息を吐いて紙を机の上で、とんとんと揃えた。
「…大体の事は分かった。…それではお主の処分じゃが、ここまでの大罪を犯しておいて、無罪放免は有り得ん」
ククラは肩を竦める。
ゲイルはきっとオンウルでの話を言っているのだろう。
「…魔導士としての極刑じゃが、お主には焦土の地下迷宮へ行ってもらう」
ククラはきょとんとしてゲイルを見た。
「…そこは何なんだ?」
「ふむ。お主は知らんか。…大罪を犯した魔導士が行く所じゃ。今迄にそこから出て来た魔導士はおらん。地下迷宮では魔獣が生息しておるし、何より魔導は使えんのじゃ」
ククラがぎくりとした顔をすると、まわりから失笑が零れる。
「では、これで終わりじゃ」
魔導士長はそう言って、椅子から立ち上がる。
ククラはその場から引っ張られて、外へ連れ出された。
部屋の外には魔導士達がひしめいていた。
扉が開き、ククラが出て来ると途端にしんとする。
ククラは俯いたまま、大人しく地下牢に連れて行かれる。ついにあの魔導士も観念したのだと、噂声が聞こえるが、ククラは顔を上げない。項垂れて見えるククラを、嘲笑が包み込む。
ククラは同じ牢に投げ込まれる。
肩を打ったがククラは呻きもしなかった。
床に横たわったまま、ピクリとも動かない。
連れて来た魔導士達が、クスクスと笑いながら階段を上っていった。
誰もいなくなってから、ククラはむくりと起き上がる。
自分の口の前に、手の平を差し出す。
口の中から小さな石がころりと出て来た。それは手のひらに出る間もなくふんわりと消え去る。
「…ギリギリだったか…」
「何がじゃ?」
ククラは本当にギクッとして背後を振り向く。
そこには誰もいないと確認をしたにもかかわらず、ゲイルが立っていた。
「今のは何じゃ?」
しかもゲイルは牢の中にいた。
ククラに近寄り、ククラの前に屈み込む。
「…何でもないよ」
「そうか。…お主には効きたいことがまだ、2,3残っておってな」
「何を」
「何故に、あんな事をしたのか。…本当の話を聞きたくてのう?」
ククラは座ったまま後ずさる。
しかしゲイルはククラの肩を掴んだ。
「…他も何もない。あれが全てだ」
「そうか?…わしはそうは思わん。…何故幻影を纏わして魔導を使ったのじゃ?」
ククラが嫌そうに目を細めるのを、じっとゲイルは見ている。
「まあ、これでは話もしづらかろうて。少し待っておれよ?」
ゲイルはそう言うと、後ろに置いてあった絨毯を広げた。
その上に自分とククラを乗せる。
「何を!?」
「黙っておれ」
素早く手を動かすと、ゲイルは無詠唱で魔導を発動した。
絨毯の四方が魔導障壁で覆われる。
その光は強く輝き、現在魔導を封じられているククラには、到底破れる代物ではなかった。
「…何を…」
ククラが呟くように聞くと、ゲイルはにっこりと笑った。
「お主に話を聞くためじゃ」
「こんな事をしてまで聞きたいのか?」
ククラが聞くとゲイルは肯き、一枚の紙を服の間から取り出した。
それは魔法の光を放っていて、白く輝いている。
ククラは目を細めてその紙を見つめる。
それは見た事は無かったが、どこかの本に書いてあった。
契約の書だ。
自分の魂と契約を結ぶ紙で、契約を破れば即にあの世へ送られる。
「さて、これに書くのはこの一文でいいかのう?」
ゲイルはククラに見えるように、ペンを走らせた。
さらさらと書き出した文章に、ククラは眉をひそめる。
ゲイルは、ククラから聞いた話は墓に入るまでは誰にも話さないと書いた。
「…それに一体何の意味があるんだ」
「なあに、君の話は誰にも言わないという事じゃ」
「…成る程。…つまりあんたは、個人的に話を聞きたいだけなんだな?」
ククラが苦い顔で聞くと、ゲイルは楽しそうに微笑みながら頷いた。
契約の書はゲイルが署名をすると光の色を変え、その光はゲイルに吸い込まれる。
「わしの二つ名は、真実の探求者じゃ。…真実でないものに興味はないのでなあ」
そう言ってからゲイルは、座り込んでいるククラの顔に自分の顔を近づける。
「…さて、話して貰おうかのう?」
「…断る。あれ以上の話はない」
ククラがそう言うと、ゲイルは分かっていた様に頷いた。
「ああ。分かっておるよ魔導士ククラ。お主が話をせんことは」
「それなら」
ククラの言葉を遮るように、ゲイルは手のひらを絨毯に付けた。
その動きをククラが眼で追うと、微笑みながらゲイルはそこで何かを掴む。
掴まれた先には人の頭髪があった。
そのままゲイルは、ずるりとそれを引きずりあげる。
何もないはずのそこから、小さな人が引き出された。
酷い有り様だった。
その子供は拷問を受けたかのように、手足の向きがバラバラになっていて、骨が折れているのが分かった。顔などは腫れあがっていて、元はどんな顔をしているのかが分からない。
しかしククラには、それが誰かは分かった。
「…アンヌ…?」
ククラの声に、その少女は腫れて見えないであろう眼を、ゆっくりと開く。
「…ありゃあ、ククラ。…今日も可愛いねえ…」
ククラはきっとゲイルを睨みつける。
ゲイルはアンヌの髪を掴んだまま、にっこりと笑った。
「この子はお主の知り合いかのう、魔導士ククラよ?」
ククラは口を噤んで答えない。
ゲイルはニヤリと笑ってから言葉を継いだ。
「…この子は、アンチの一派じゃ」
ククラは苦い顔をする。
その事をククラは知っていた。
あの町がアンチの拠点になっている事は、いる時から分かっていた。
けれどククラには、それは関係なかったのだ。
魔導士を異常に毛嫌いする事に、ククラは疑問を持っていた。
ゼノンに聞いたが、明白な答えは貰えなかった。
しかしククラは、多分そうだろうと考えていた。
それだと、あの町の不可解な行動につじつまがあったからだ。
アンチ。
正式な名称は、アンチ・マジックロジック。
魔導士達に対抗する闇の組織だ。犯罪者を多く抱えていて、魔導士に対して容赦をする事はほとんどない。
魔導を一切受け付けない体質の人々が創り出した組織で、その人達の体質は残念ながら一生変わることはない。
魔法を使うことは出来るが、それも常人よりもかなり弱くしか発動をしない。
魔導も魔法も使うことが出来ない人々は魔導士を憎み、魔導士の殲滅をかがけて動いている。
アンチに消された魔導士は数知れず、まさに魔導士の天敵と言える組織だった。
もちろん魔導士側もアンチを見つけると、容赦はしなかった。
例え、女子供でも。
ククラは血塗れのアンヌを見る。
息も絶え絶えのアンヌは、ククラを見て僅かに微笑むが、その口からは助けてとは聞こえない。
アンヌはククラの立場を分かっていた。だから助けは求めない。
自分がそうする事で、ククラの立場が悪くなるのは分かっていたからだ。
「…さて、どうしようかのお?」
アンヌの髪を掴んだままのゲイルが、ククラにそう問いかけた。
ククラはぎゅっと口を噛む。
そのククラを見てゲイルは楽しそうに笑った。
口を開こうとしないククラの眼前に、アンヌの顔を持って行く。
酷い顔だった。
それをククラはじっと見つめる。
今回の芝居で、死者は一人も出していない。
ククラは自分のエゴで、誰かを死なすのは真っ平御免だった。
目の前の顔が苦しそうに歪んでいく。
ゲイルがアンヌの首を絞めていた。
「…話す気にはなったかね?」
ギリギリと締め上げられるその少女は、口からボタボタと血を垂らしている。それなのに、アンヌはククラに微笑んだきり、助けは求めない。
「…止めろ…」
「…うん?」
聞こえないふりをしているゲイルが、更に手に力を込める。
アンヌが白目を剥いた。
「もう止めろ!!話せばいいんだろう!!」
ゲイルが手を離し、アンヌがボトリと絨毯の上に落ちる。
ククラは急いでアンヌの息を確かめる。
口元に顔を近づけると、僅かながらに息をしていた。
ククラが安心したような息を吐いたのを見ると、ゲイルは微笑みながらククラの前に再度屈み込んだ。
「なあに、大した話ではない。…わしの質問に答えてくれればいいだけじゃ。査問会の時のようにな?」
「…何を、聞きたいんだ」
ククラの言葉に、ゲイルは破顔するかのように笑った。
「…真実じゃ。…さて何から聞こうかのう。聞きたいことは結構あるからのう」
ゲイルはそう言って狭い絨毯の上を、うろうろと歩き出す。
足元に転がっているアンナの事など目もくれない。
踏まれない様にと、ククラがアンヌを抱えた。
その手にはまだ手枷があるのでアンヌには少し狭いだろうが、ククラはそこにアンヌを入れて膝の上に置く。
既に気を失っているアンヌは僅かに息をしているだけで、出来れば早く治療をしてやりたかった。しかし目の前の男は、ククラにその自由を与えようとはしない。
「…そうじゃな、まずは何故幻影を纏わせて、魔導を使ったかじゃな。何故お主はあんな面倒くさい事をしたんじゃ?」
ククラはゲイルを睨んだまま、口を開く。
「…なるべく怪我人を出さないためだ」
「ほお?それではあれは、幻影だけではなかったのかのう?」
「…幻影と幻傷、それから増幅を使った」
「ほおほお。では小さな怪我でも酷い怪我に見せて、痛みも加味したと言うのじゃな?」
嬉しそうに語るゲイルに、ククラは肯く。
「では次じゃ。お主が殺したと思われる魔導士の身元がどうしてもわからん。何ゆえかのう?」
「…あれは全て僕が作ったゴーレムだ。魔導士達に紛れさせていた。…魔導士はローブを着ているから違和感は無かったはずだ」
「では、人ではなかったと?」
ククラがまた肯く。
「あれのコントロールも僕がしていた。…あいつらは生命体ではなかったから」
「ほお。素晴らしいぞ、魔導士ククラよ。…それではあの魔導陣は何じゃ?」
「…何、とは?系統を聞いているのか?」
ククラが聞き返すと、ゲイルは少し悩んだ顔をする。
「そうじゃのう。まずは系統は?」
「…光と風と土と空間だ」
ゲイルが驚いたように目を見張る。ククラはそれをじっと見ていた。
「四種を混ぜたのか…。それは聞いた事がないのう」
「…古い文献に有った。それを使っただけだ」
腕の中の命が消えそうなのを、ククラは分かっている。
だが、どうにもできない。
どうして僕はいつも。いつも誰も救えないんだ。
ククラの顔色など気にせずに、ゲイルが話を続ける。
「それでは、お主の友人を狙って攻撃をしたのは何故じゃ?」
「…攻撃を受けても大丈夫な魔導士を選んだだけだ。…彼らは強いから、多少の傷でも平気だろうと思っただけで」
不意に、アンヌがククラの頬を触る。
触れられた指先は、冷たくて、動いているのが不思議なほど。
ククラはアンヌの顔を見る。
「…ククラは、本当に可愛いんだから…泣くんじゃないよ?これは、運命さ…」
その口はそう動き、そして、二度と動かなかった。
ククラはギュッと口を結んだまま、何も言わない。
ゲイルはそのククラを、見下ろしたままじっと待っている。
だが、ククラはもう口を開かなかった。
「…まあよいか。半分ぐらいは聞けたしのう」
ゲイルは溜め息を吐いて、防護魔導を解いた。
そして牢の外に、何人かの魔導士がいる事に気付く。
そこにはジェイとクレッシェンド、フランが立っていた。
「…ククラ?」
ジェイが声を掛ける。しかしククラは顔を上げない。
ゲイルが鉄格子を開けて出て来る。
「魔導士長、ククラと何を話していたんですか?」
「…それは二人の秘密じゃ」
ゲイルはそう微笑むと、階段を上っていった。
三人はククラを見る。
その腕の中には、多分少女だろう小さな遺骸があった。
ククラは顔を上げない。
三人が声を掛けても、その声に反応をしなかった。
ただじっと、何かを耐えているようだ。
その時、階段を降りてくる音がした。
三人が振り向く。
「う」
ジェイが喉を詰まらせたような声を出す。
それは一度見た顔だった。
他の二人は何故一般人が堂々と、ここに入っているのかが分からない。
その男はいとも簡単に、鉄格子を開けて中に入る。
この鉄格子の鍵は複雑な魔法が仕込まれていて、鍵がなくては魔導士でさえ開けるのは難しい。
男はククラの上に屈み込んだ。
「…ククラ」
ククラが顔を上げる。
「ごめ…ゼノ…アンヌが…」
その声はとぎれとぎれで、今にも泣きだしそうだった。
「ああ。お前の腕の中なら、アンヌも安心して逝ったろうよ」
「…そんな事…ない…」
震えるククラの耳元でゼノンが何かを告げる。
ククラはそれに肯いた。
ククラの腕からアンヌを受け取ると、ゼノンはククラから離れる。
その姿をククラは目線で追った。
鉄格子を出てから、ゼノンがククラに言う。
「またどこかで会おう、ククラ」
ククラが肯いたのを見て、その男は階段を上っていった。
ジェイが後を追って階段を駆け上るが、そこにゼノンの姿はなく、何時も通りの魔導士協会のロビーがあるだけだった。
ジェイを追って、二人も上がって来る。
「…ジェイ、今のがゼノンか?」
「ああ。そうだ」
「え?ククラの知り合いだったの?」
「…ああ」
それぞれが複雑な思いで、地下牢への階段を見る。
明日、ククラは流刑をされる。
未だかつて誰も出て来たことのない、焦土の地下迷宮へ。
もう一度入ろうとしたフランを、入り口を見張っている魔導士が止める。
「入る許可は一度だけだったはずだ」
「あんなに早く話が出来る訳がないでしょう!?」
魔導士が首を振る。
「時間は関係ない。一回は一回だ」
フランは憤るが、それは相手にされなかった。
困ったようにクレッシェンドを見るが、彼は肩を竦めただけだった。
クレッシェンドとフランの傷は、すぐに治っていた。しかし、魔導士長の命令で今日までは病室を出られなかったのだ。
二人ともククラが手加減をした事を知っていた。
それが査問会で話されるのを恐れた魔導士長の思惑だったのだが、まだ二人はそれを分かってはいない。
ジェイは溜め息を吐く。
…ここを出なければ、いけないかもしれない。
このまま目隠しをされて、歩いて行くのは御免だ。
治安が混乱しないようにククラの移送は夜に行われた。地下牢に足音が響く。
ククラは伏せていた顔を上げる。
鉄格子の鍵が開けられた。魔導士が二人、ククラに立つように促す。
ククラはよろよろと立った。
魔導士協会の出入り口に、馬車が止まっていた。
その幌は黒く、闇夜にまぎれるには最適だった。
ククラは空を見上げる。今夜も月がきれいだ。
ククラが馬車に足を掛けると。
「ククラ!!」
遠くからジェイの声がした。
周りには野次馬を含め、沢山の魔導士がいた。
それに止められて、ジェイはククラに近付けない。
ククラはジェイを見て微笑む。そして手を振った。
「ククラ!?本当にあそこに行くのか!?止めろ!!行くな!!!」
ククラは少し目を見張る。
そんな事を言っては、ジェイの立場が悪くなるだろうに。
…それでも、嬉しいよ。
「どうか、元気で」
ククラはそう言ってから、馬車に乗り込んだ。
「ククラァ!!!」
ジェイは叫んだが、馬車を止めることが出来るはずもない。
周りは魔導士達の非難の声とヤジの声で騒がしく。
その中でジェイは己の無力さを痛感していた。
売り出し中の紙が貼ってあった。
見慣れたドア。
その先にはたくさんの本が並んでいて。
大きな机の前には、何時も魔導士が座っていた。
中に入ると、やれやれと言う顔をして、2階へ上がっていく。
紅茶を持って降りてくると、水色のソファの前にある小さなテーブルに、それを置いた。
そして私に、こう言うのだ。
「…今日は何を読むんだい、セレス?」
セレスは少し埃が積もった店に入る。
そこは家具はそのままに、本やククラの持ち物が無くなっていた。
セレスはソファに座って、じっと店の中を見る。
此処でいつまでも、あなたは店を開いていると思っていた。
ソファにと横になって、セレスはポケットから青い石を取り出す。
それを握った手を口元へ持って行く。
「…ククラ。…あなたは何処にいるの?もう帰ってこないの?」
セレスの頬に煌めく筋が伝う。
「さよならも、言っていないのに」
魔導士として生きていくということ 棒王 円 @nisemadoka
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