コンマリの戦い




夜明けだとういうのに、ひどい地響きとともに、辺りに光が満ちていく。

町の住人が、光りが射している空を見上げる。


魔導士協会からばらばらと、魔導士達が出て来た。

空一面の魔導陣を見て、驚愕の表情を浮かべる。


「これは何だ!?」

「誰かが魔導を使っているぞ!?」

「町を守れ!」


丁度、魔導士長に連絡を取っていた、トビナは、その事態を伝える。

魔導士長も、協会にすぐに飛んできた。

「これは…」


その波動は、魔導士協会に属している魔導士の物だ。

魔導士長は顔をしかめて、その発生源を見上げる。

遠く離れた建物の上のククラの姿を、じっと見つめた。


「気でもふれたか、魔導士ククラよ…」

見ている魔導士長の視線に、ククラが目を合わせた。

遠い距離など、全く関係なく、二人は睨み合っている。


ジェイは外に出て、空の魔導陣を見上げた。

「…ククラ…」

その力は、気候を変えて強い風を吹かせる。

町の中は嵐のようになり、古い建物などは壁が崩れんばかりだ。


魔導士達が、魔導の発信源を突き止めて、その場所に集まりだす。

ヴァイスもフランも駆けつけて、建物の上を見上げる。

そこには、ククラが立って、魔導の光を放っていた。


どこか遠くを見ていたククラが、その視線を二人に向ける。

〔久しぶりだな、二人とも〕

その声は既に人の声ではなかった。

まるで金属の擦れる様な。


空の魔導陣がゆっくりと回りだす。

回転を始めた魔導陣は、ちかちかと光り出した。

その光が、地面に突き刺さる。

数えきれない程の光が、その輪の周りを光の帯の様に回りだす。

もう一つ、その光が落ちる。


近くに集まっている魔導士達の真ん中に落ちた。

それを器用に避けたクレッシェンドは、光を纏って立っているククラの真正面に魔導を纏って浮かび上がる。


「…ククラ、お前は何がしたいんだ?」

〔…それを聞いてどうするんだ?〕

その金属音に、クレッシェンドは聞き覚えがあった。

ドラゴンの言葉に近い。

「お前を理解したい」

〔ああ。出来るならそうするがいいさ〕

ククラがそう言って笑う。


その笑顔は、とても正気とは思えない表情で。

歪んだ黒い感情が、その表情に出ているようだった。

魔導を纏ったヴァイスがククラの前に現われ、魔導を放つ。

ククラは鼻で笑って、それを片手で消す。


〔…そんなもので、僕を倒すつもりか?…来るなら、自分の出来うる最強の呪文を放てよ?それでやっと、少しは僕に傷がつくだろうから〕

ククラの物言いに、ヴァイスが魔導を詠唱し始める。

クレッシェンドは、そのククラをまじまじと見ていた。

これは本気なのか?


「ククラ!?何をしているの!?今すぐに止めて!」

フランが目の前に飛んでくる。

ククラは笑いながら、フランに魔導を放った。

それはフランのお腹に当たり、血を吹きあげる。

「きゃあああ!?」

フランが叫びながら、破れた腹を抱える。


ククラはニヤニヤと笑いながら、それを見ていた。

〔…綺麗な血だね、フラン。…もう少し見せてくれないか?〕

「な…」

「ククラあああ!!」

言葉に詰まったフランの横を、大剣を握った魔導士が通り過ぎ、ククラに剣を振りかぶる。


〔…ああ。雑魚には用は無いんだ〕

片手でその魔導士を払う。

魔導士の身体が二つに裂かれた。

「ひ、ククラ!?」

フランは自分の横をおちていく魔導士を見ながら、ククラに抗議の声をあげる。

そんなフランを、ククラは面白そうに眺めていた。


〔何だ、フラン?…君ももうすぐ、ああなるよ?〕

フランの身体が、硬直する。

「下がれフラン!!」

魔導の詠唱が終わったヴァイスが、フランに怒鳴りつける。

下に移動していたヴァイスをフランが見る。

ククラはニヤリと笑った。


「鳳の泣き叫ぶ空!!」

空間だけがぐらぐらと揺れる。

地面も町も揺れてはいないのに、その空気の中にいるものだけが、激しく振動をしていた。

それはヴァイスの空間魔導だ。

選んだ対象だけが揺るがされて、身動きが取れなくなる。

ククラは少し顔をしかめた。


ククラの視界が揺れているが、それを素早く切り返す。

〔不和なる繋がり〕

空間の魔導の最上級の一つ。


ククラは詠唱破棄で使って、片手を差し出す。

その手の平で、ヴァイスの魔導がはじけ飛んだ。

少し痺れたようにククラがその手を振る。

傷ついていたが、血は流れない。


「くそ!」

〔相変わらず三流だな、ヴァイス?〕

ククラの台詞にヴァイスが傷ついたような目で睨む。

その目線を受けて、ククラは笑う。

フランはククラを見ながら、魔導を放った。


「この町を壊すつもり!?」

〔…いいじゃないか?こんな町の一つくらい無くなったって〕

「ククラッ!!」

フランが叫んで、ククラの身体に巨大な斧を振りかぶる。

ククラは微笑んで、それを受け止める。

魔導の光がぎちぎちとせめぎあい、斧はククラの魔導障壁を破ろうとする。


〔…ほらフラン。…気を抜いたら駄目だぞ?〕

「え?…うぐ」

空の魔導陣から光が落ちて来て、フランのお腹を貫く。

口から血を吹いて、フランは空中から落下していった。


ククラが左手を高く上げる。

空の輪の周りをまわっていた光が、次々と落下し始めた。

ククラはその落ちる先をじっと見ている。

光は、魔導士達の足元に落ちていく。

その光を受けた一人が、弾けて消えた。


「うわ!?」

「気を付けろ!当たると消されるぞ!」

動揺しながら、魔導士達が散開していく。

〔ふ。…逃げてみろよ?〕

ククラはまた光を落とした。

コンマリの建物が次々と壊れていく。


「ククラあああ!!!」

ヴァイスがククラの眼前に出現した。

ククラは身構えようとしたが、後ろの気配を感じて、前後の攻撃に構える。

後ろからクレッシェンドの魔導が迫っていた。

正面のヴァイスに向かってククラが移動する。その速さにヴァイスは付いて行けない。


ヴァイスの横を通り過ぎて、先の建物の上空にククラが移動する。

クレッシェンドの魔導が、逃げていくククラを追いかける。

「俺様から、逃げられと思うなよ?」

クレッシェンドがニヤリと笑う。


「大老の苦難!!」

土と風と空間。三種の魔導が混じった発展魔導。

その最上級の一つを、クレッシェンドは詠唱破棄で放った。

〔くっ〕

ククラの障壁をわずかに破って、魔導が中に入り込む。

身体に触れた途端、ククラの身体は弾かれたようにびくんと撥ねた。

背後に迫るクレッシェンドを、嫌そうに見る。


〔…お前は、面倒くさいんだよな…〕

金属音が苦笑いとともに吐き出された。

その声を耳にしてクレッシェンドが嬉しそうに言う。

「ククラに認められるなら、光栄だな?」

その手にはもう、次の魔導が纏わりついている。

クレッシェンドがその手を振りかざす。


その目の前を、空から光が狙って落ちてきた。

構えていた手を下げると、その隙にククラが飛び込んでくる。

「しまっ」

〔…及第点かな?〕

ククラの呟きを、クレッシェンドは耳元で聞いた。

目の前のククラは巨大な雷光を手に纏っていて、そのままそれを、クレッシェンドの身体に突き刺していた。

「ク、クラ…」

落ちていくクレッシェンドを、ククラは笑って見下ろしている。


空の光が次々と落ちていく。

町は火の手が上がり、至る所で人々が逃げていた。

その人達を誘導しながら、トビナはククラに怨嗟の言葉を心の中で呟いていた。


ジェイは上空のククラを見たまま、その場を動かない。

コンマリの町が襲われているというのに。

戦場に好んで出て行くジェイは、戦争孤児だ。

だからこそ、内戦や内乱を早く終わらせようと、進んでその場所へ出かけていた。トビナは不安だったが、その姿を見送りつづけた。

ジェイがそうすることで、何かを掴めるならそれが良いと思っていた。


だが今、ジェイはその場を動かずにただ一人を見ている。

町は混乱を極め、本当の災害の様になっているのに。

その眼は、たった一人から離れない。


ククラは息を整えながら、じっと前を見ていた。

今、ククラの前には、コンマリの魔導協会の長。

魔導士長ゲイルが立ちはだかっていた。

「ようやるもんじゃのう?わしは感心しておるぞ?」

〔は。それはどうも〕


そう言いながらも、二人は互いに魔導を放っている。

ゲイルも無詠唱で最上級を使える魔導士だ。

ククラは暗い顔で笑いながら、魔導をまた放った。

「何が気に入らんのかな?」

〔この世の全てだよ〕

ククラが答えて魔導を放つ。


それはゲイルの頬を掠めて、地上に落ちる前に消えた。

頬から血を流しながら、ゲイルはククラの魔導の落ちる先を見ていた。

「…ふむ?」

〔どこを見てんだよ?〕

ククラが傍にいって魔導を放ち、またすぐに離れる。

ゲイルはそれを防ぐが防ぎきれずに、腹を裂かれる。

自分の血を流す腹に手をやってから、首を傾げた。


「…何故に、こんな事を?」

〔何を聞いている?〕

ゲイルの言葉に、ククラは少し嫌そうに聞いた。

「…何故、幻影を伴わせているのじゃ?」

ククラがちっと舌打ちをしてから、ゲイルに魔導を仕掛けた。


〔当惑の淑女!!〕

精神を混乱させる魔導だ。

自分の防護魔導を解除して、ゲイルの腕を握り、確実にククラが魔導を掛けた。

「…な、ぜ…?」

余りの不意打ちに、ゲイルはそれを食らってしまう。

魔導士長が落下していく中、防護魔導を解いたククラに、まわりからの魔導士の攻撃が集中して放たれた。


この瞬間をみんなで待ち構えていたのだ。

十数人の最上級の攻撃魔導が、一点に向かって同時に放たれる。

ククラもその全てを防ぎきれない。

とっさに身体を丸めるように身を守るが、その体を十字架の様な剣が貫いた。


ククラの上空には、ヴァイスが浮かんでいた。

その姿を見て、ククラが血を吐き出しながらニヤリと笑う。

「…お前を生かすのは不本意だが、命令だ」

地上に落下しながら、ククラが何かを呟く。

自分に何か魔導が飛んでくるとヴァイスは身構えるが、ククラはそのまま地上に落ち意識を失った。


見下ろすヴァイスの頬に、雨粒が当たる。

空を見上げると、ククラの意識がない今、魔導陣は掻き消え代わりに雨雲が空を包んでいた。

地に落ちたククラの身体を、雨が激しく叩いていく。


その雨は、燃えていた街並みの火のすべてを消すほど強く降り続けた。






ククラは硬いベッドの上で目を覚ました。


見慣れない部屋に眉をしかめる。

身体を起こすと、両手が太い手枷にはめ込まれていて、動かせない事に気付いた。

溜め息を吐いて、身体を横にしてベッドから起きる。

ここか。

見た事はあったが、中に入ったことはなかった。


そこは魔導士協会の地下牢だった。

部屋はほぼ真四角で、三方が鉄格子で、ベッドのある場所には壁があった。

しかし透けて見られているので、壁にあまり意味はない。

せいぜい、中に入った人物がじっと見つめるのに役立つくらいか。


ククラは外を見る。

外には見張りが座っていた。

鉄格子には触れない場所で、椅子に座って此方をじっと見ている。

…ヴァイスだった。


その冷ややかな目線に、ククラはにやりと笑う。

ガタンと椅子を蹴立ててヴァイスが立ち上がった。

「…貴様に伝える事があって、待っていたんだ」

「…へえ。…何だよ?」

ククラの声は動じることなく、普段通りにヴァイスに答える。


その声に、ヴァイスの方が顔を背けた。

「…貴様は公開査問会に、かけられることになった」

「公開査問会って何だ?」

それを知らないククラは素直にヴァイスに質問する。

その声も姿も、余りにも何時も通りで。


ヴァイスは苦い気持ちで説明をする。

「ようは、他の協会につなげて聴衆が大勢いる中で、査問会をする。…それが罪人になった場合に他の協会に入れない様に」

「…ふうん、そっか」

ククラがそう言って素直に頷いた。


その仕草に、ヴァイスは昨夜のことは夢ではなかったかと思いたくなる。

だが目の前のククラは、黒い服が血に塗れたままで、自分が刺した傷もまだ完治していなかった。

その顔も、何時ものように無邪気に笑ってはいない。

何かを思案しているように、難しい顔をしている。


「…貴様は多分、流刑されるだろう」

「流刑?…へえ、そうなんだ」

いかにも簡単にククラが答えるのを、ヴァイスはそのままにしてそこを離れた。

地下から出て、一階のロビーに座る。


今、地下への出入り口は見張られていて、普通には入れない。

ヴァイスはそこを眺めてから、首を横に振る。

ククラの攻撃を受けたフランとクレッシェンドは、面会謝絶で家族も入れない。

その他にも消えさせられた魔導士が何人もいたが、身元が分かるほどの遺品がなく調査中だ。

町の中は壊れ、家を失った人々が自分の家を直すために、奔走している。


ヴァイスは溜め息を吐く。

魔導士長は何かを調査しているが、それを自分は請け負っていない。

全ては査問会で明らかになるだろう。


そこで、分かるだろうか。ククラが壊れてしまった理由が。

ヴァイスは、ちらりと魔導士協会の出入り口を見る。

混乱した町の人を受け入れて、魔導士協会もたくさんの人が出入りしている。


その中に、あの夜にククラと話していた人物が混じっているんではないかと。

つい、ヴァイスは探してしまっていた。

彼が来たら、真実を聞いてみたいと思っていたから。



ククラは溜め息を吐く。

此処までは予想通りだ。問題はこの先だった。

さっき聞いた査問会で、どう話すか。


それで、全てが決まる。

失敗は出来ない、メリッサのために。



何の変化もない牢獄の中。

ククラはベッドに腰掛ける。

自分の手元を見て、手枷が付いている事に首を傾げる。

何故こんな簡単な戒めしかないのだろうか。


指先を動かすと簡単に動いた。

これではいかにも、出て下さいと言っている様じゃないか。

ククラは人のいなくなった、地下牢を見る。

見張りも、ヴァイスがいなくなってから誰も来ない。

これではまるで、僕は試されているようだ。


ククラは鉄格子の外を見る。

しんとした冷えた室内は、考えるには良い環境だった。

この先どうなるのか。

上手く立ち回らなければいけない。

ククラはまた、溜め息を吐いた。


この牢獄では魔導は使えまい。

ククラは、鉄格子を見ながら考える。

されど、自分の奥の手を今、ばらすのは嫌だった。

ならば、ここから出ようとするにはどうしたらいいのか。

魔導が使えない自分なら、おかしくなった自分ならどうするか。


ククラは思い切り、手枷を鉄格子に叩きつけた。

ガシャンと大きな音が響く。

「僕を此処から出せ!!」

もう一度、手枷をぶつける。

「こんな所にいられるか!!」

もう一度。また、ぶつける。

金属音が、無音の地下牢に響く。

もう一度。

「お前たちに掴まるなんて!!」

手首から血が飛び散る。

また鉄格子を叩く。


その音は、一階のロビーまで聞こえた。

ロビーにいる人たちが、ざわざわと騒ぎ出した。

どこかから、叫び声が聞こえる。

人々が噂をしだした。


ロビーに座っていたヴァイスが、数人の魔導士を連れて地下に降りる。

ククラが血を流しながら、鉄格子を叩いていた。

「ククラ!?」

ヴァイスの声に、ククラが息を切らしながら顔を上げる。

自分の血が顔に飛んでいて、ククラの表情は壮絶だった。


「は、やっと来たな。」

「お前は何をしているんだ!?」

手枷から、ボタボタとククラの血が落ちている。

ニヤリと笑ってから、ククラが動きを止めた。

ヴァイスは触れないながらも、鉄格子の近くまで歩いて行く。


後ろの魔導士が声を掛けようとするが、隣の魔導士がそれを止める。

ククラの話が聞けるのなら、それは協会には好都合だった。


「…ここからは出られないぞ?」

「は、そんな事、やってみなければ、分からないだろう?」

苦しそうに呼吸をしながら、ククラがヴァイスに答える。

ヴァイスはそのククラを見て、溜め息を吐いた。

魔導士としてのククラは確かに強いが、その力はと言えば、鍛錬を繰り返ししている戦士には遠く及ばない。


ヴァイスの様な者にかかっては、太刀打ちできないだろう。

実際この動きだけで、息が上がっている。

「…あきらめろ」

「いやだね。誰がお前たちなんかに、裁かれるもんか」

ククラがそう言って、また手を振り上げた。


その手を、外から鉄格子の中に手を差し入れて、ヴァイスが掴む。

ククラは振り上げたままの姿勢で、ヴァイスを見上げる。

「…離せよ」

「無駄だと言っただろう。お前の力ぐらいで壊れる代物じゃあないんだ」


ククラはじっとヴァイスを見る。

見返したヴァイスはククラの眼の中に、ゆらりと黒い色が混じっていくような気がして、その手を離した。

「僕を此処から出せ!!」

突然、ククラが叫んだ。

驚いて、ヴァイスは鉄格子から距離を置く。


「…ククラ?」

訝し気なヴァイスの声に、ククラはまた叫ぶ。

「何で僕がこんな所に居なきゃならないんだ!!」

後ろの魔導士達が、怒りをためるのをヴァイスは感じ取った。

眉をひそめて、ククラに注意をする。


「止めろ、ククラ。お前は罪人だ。…ここに居るのが普通だ」

「五月蠅い!!ここから出せ!!」

ククラの声が地下牢に響き渡る。

そしてまた、ククラは鉄格子を叩いた。

ガシャンと耳障りな音が、辺りにこだまする。


ヴァイスは溜め息を吐いてから、また鉄格子の中に手を突っ込んだ。

ククラの胸元を掴んで、そのまま鉄格子まで引き寄せる。

ククラは鉄格子に勢いよくぶつかり、身体を打ち付けられる。

「う」

「黙れ、罪人」

ヴァイスの手には、黒い猿ぐつわが握られていた。

ククラの口にそれをはめ込む。

ククラは首を振るったが、それは取れなかった。


「…上には一般の人々がいる。お前の都合でその人達を怖がらせるわけにはいかない」

ククラはきっとヴァイスを睨みつけるが、明らかにククラの方が分が悪かった。

ヴァイスは踵を返して立ち去ろうとするが、ククラが手枷を叩きつける音がして、また戻って来る。

「止めろ」

ククラはヴァイスを睨みつけたまま、その手を振り上げる。


「…全く」

ヴァイスは仕方なく、ククラの手枷を握り、それを鉄格子に固定した。

ククラは両手をそこに縛られたまま、両腕をあげた姿勢しか取れなくなった。

「…不自由は自分のせいだからな、ククラ?」

睨まれてまだ、その目線を受け止めきれないヴァイスは、その場を後にする。

魔導士達は、ククラを蹴飛ばしてから、ヴァイスの後について上がっていった。



…まったく。

ククラは猿ぐつわの下で、溜め息を吐く。

これだって、甘いとは思うけどなあ。

膝立ちの姿勢しか取れないので、そのままの姿勢でいるククラは、また考えている。


これで、僕がおかしいと思って貰えただろうか。

気が触れていると。

…何を考えて行動しても、違和感がないと。


此処が、僕の力じゃ壊れないなんて分かってるよ。

どう見たってこれは鋼鉄の類いだろうし。

ククラはまた、人がいなくなった地下牢を眺める。

そこにククラの溜め息だけが、静かに響いた。



ククラはその姿勢で眠っていたようだ。

近くに人の気配がして目を覚ます。

目の前に、トビナが立っていた。


ククラが目を覚ましたのに気付くと、少し距離を置く。

訝しげにククラが見ると、トビナが綺麗な杖を一振り差し出した。

それをククラの手に握らせる。

ククラはさらに目を細めて、トビナを見た。


「…ここから出て行って、ククラ君?」


トビナがそう言って微笑む。

その微笑みに、色濃く悪意が滲んでいるのをククラは見逃さなかった。

ククラが首を横に振ると、トビナは微笑んだまま、ククラの手を握る。

「お願いよククラ君。此処を出るか…確実に死んで?」

その言葉に、ククラが少し目を見開く。

驚いたような顔に、トビナは満足そうに頷いた。

「…もし、どちらでも無かったら」


トビナが口を閉じた。

そして後ろを振り返る。

トビナの後ろに、ジェイが立っていた。


おいおい。ここの管理は大丈夫なのか。

罪人の傍に、こんなに人が入ってきて。

ククラがいらぬ心配をしている間に、トビナはジェイの傍にいった。


「どうしてジェイがここに来るの?」

「…トビナこそ、どうしてここに?」

トビナが視線を外すのを、ジェイはじっと見降ろしている。

その視線は余り優しくはない。

「ククラ君が心配で」

「…嘘は良いから、ここを出て行け」

トビナはジェイを見上げるが、その視線が変わらない事を知ると、ククラの手に握らせていた杖を奪って階段を駆け上がっていった。


階段を昇っていくトビナを見送った後に、ジェイはククラに視線を戻した。

近寄って、ククラの顔を触る。

ククラが嫌そうに首を振ると、くすりと笑った。

「…お前は、何がしたいんだ?」

その問いかけには答えずに、ククラはジェイの顔を見る。

答えたくとも、口は塞がれている訳だが。


ジェイは、ククラの口から猿ぐつわを取り外す。

ククラは口で大きく息を吸うと、ジェイを睨んだ。

ジェイはまた、くすりと笑う。


「…何がしたいんだ?」

「お前には関係ない」

ククラの言葉を予め想像をしていたのか、ジェイは椅子を鉄格子のすぐそばに引き寄せて座った。

「…そうか、俺には関係ないのか」

ククラは口を閉じたままジェイを見る。

その視線は明らかに、ジェイを邪魔だと思っていた。


ジェイは勘が良い。

僕のやる事に、一番の障害になる。

…あれぐらいじゃ引かなかったか?

ククラの考えは知らずに、ジェイが口を開いた。


「…お前は明日、査問会にかけられる。…逃げないのか?」

「どうやって?」

ククラは苦笑いを浮かべながら、ジェイに聞く。

ジェイは、ククラに顔を近づけて囁き声で話す。

「…俺が手助けする」

「…何だって?」

ククラがジェイに聞き返す。

その声に、ジェイはにっこりと笑った。


「…俺がお前を逃がしてやる」

ククラはジェイを見つめる。


これは善意か、悪意か。

真実か、偽装か。

ククラはジェイの真意を知りたかった。

見つめるジェイの緑色の瞳は綺麗に透き通っていて、そこに悪意の影は見えない。


善意なら。

ククラは溜め息を吐いた。

善意なら、余計に従う訳にはいかない。


「…お前も、罪人になるぞ」

「いいよ。…ククラの役に立つなら」

ジェイの言葉に、ククラは苦く笑う。

「それで、お前には何の見返りがあるんだ?」

ジェイはククラの顔を見ながら、首を横に振る。

「見返りなんか、求めていない」


厄介だと、ククラは思った。

本気の行動なら、自分の考えに巻き込むことになる。

それは嫌だった。

これは自分の自己満足の行動だ。この先の処分も自分一人で受ければいいと思っている。

だからこそ、一人でこれを始めたのだ。

今更、共犯者を作るつもりは無かった。


それに。

トビナはジェイを好いているのだろう。その思いを壊してまで、ジェイをこれに巻き込むわけにはいかなかった。

ククラにとっては、トビナとジェイは初めてこの町で自分を認めてくれた人たちだったから。


「…嫌だね。お前が何を目論んでいるのか知らないが、僕は魔導士協会のイヌを信じる程バカじゃないよ」

ククラが笑いながらそう言うと、ジェイは少し顔をしかめた。

「…ククラ。俺には真実を話してくれないか?」

ジェイの声が静かな地下室に響いた。

ククラはくくっと口を引いて笑う。いかにもおかしそうに。

「真実だって?…そんなものはないさ。僕はこの町を壊したかっただけだ」


「…ククラ」

ジェイが困惑した顔で、ククラを見る。

そのジェイに、ククラが更に告げた。

「…お前は僕には釣り合わない。お前ぐらいの魔導士ならいくらでもいる。…僕の協力者になりたかったら、もっと魔導の腕を磨いてからにするんだな?」

ジェイがククラから顔を離した。

困惑の顔から嫌そうな顔になっている。


ククラがふっと笑う。

「…そんな顔をするなよジェイ。いくら真実を言われたからって?」

「…ククラお前は…。お前は俺をそんな風に思っていたのか?」

ククラは顔を伏せて、くくっと笑う。

ジェイは椅子を持ち上げると、鉄格子から離れた。壁際でふうと息を吐く。


「俺をもっと信じてくれているかと思っていた。…そうか、お前は俺をそんな奴だと思っていたのか」

「…ここの魔導士は自信過剰の奴が多いんだな。お前もその一人だというに過ぎない。…僕をどうこうするなんて、百年ぐらい早いだろ?」

ククラが笑ってジェイを見ると、ジェイはその視線を外して苦く言った。

「…それはお前も同じだ、ククラ」

「僕が自信過剰だって?」

ククラの問いかけに、ジェイは肯かない。しかしその気配はそれを肯定していた。


「は!僕が自信過剰だって!?お前も知っている通り、僕には無限ともいえる魔導がある。この力は此処の魔導士風情が敵うもんじゃない!それが自信過剰だって!?お前の眼は曇っているんじゃないか?」

饒舌に叫ぶククラに、ジェイは少し身を引いた。


ジェイは完全に顔を横に向けて、ククラを見ない。

「…分かったよ、ククラ。それがお前の本心なら…仕方ない」

ジェイは顔を背けたまま、苦しそうにそう言った。

「俺はお前に生きて欲しかった。…この先に待っているのは、それしかないから」

「は。…僕はお前たちにやられるほどの力しかないとでも?」


暗い瞳でジェイがククラを見る。

ククラはじっとジェイを見る。多分、彼の姿を見るのはこれが最後だろう。

口が震えそうになる。

ククラは顔を伏せて、大きな溜め息を吐いた。

「…もう行けよ。これ以上お前に話す事なんかない」

「そうだな」


階段を上がっていく音がする。

ククラは目を閉じた。

ジェイの綺麗な金髪をもう見られないのは、とても寂しいと思ったが、それは最初から分かっていたことだった。

だが、こうやってその場になると、感情は思い通りにはいかないものだ。

ククラは口をグッと引き結んで、泣かないようにする。

…どうか、元気でいて欲しい。


そのために、今回は持てる全ての魔導力を使って、芝居を打ったのだから。

ククラはそのままじっと、顔を伏せたまま動かなかった。



一階のロビーに上がったジェイは溜め息を吐いた。


顔を伏せる前にちらりとだけ見せた、ククラの表情を見逃してはいなかった。

泣きそうに、口を歪めた。

ククラ。お前はどうしたいんだ。

それが分からなければ、俺はお前を助けることが出来ない。


それともあの時と同じように。

お前は死ぬ覚悟でいるのか?

俺はまたお前の為に、祈ることしか出来ないのか?



その日は朝から、人のざわめきが絶えなかった。

魔導士協会へ出入りしていた一般の人たちも、今日だけは出入りを禁止される。

協会の入り口には、屈強な魔導士協会の戦士たちが、出入りを見張る門番の役をして立っている。


出入りをする魔導士達の一人一人を、細かくチェックしてから通した。

一階のロビーには、多くの魔導士達が雑談をしながら待っている。

コンマリでは見かけない魔導士達が何人もいた。

魔導士協会の魔導士はメケメカスだけでも、かなりの数がいる。


本来、魔導士協会とは国を越えてのネットワークが発達しているもので、今日集まった魔導士の中には、ワーズルーンやゲレルゲラルから来た協会の魔導士まで混ざっている。


その大罪を犯した魔導士を裁こうと、皆が躍起になっていた。

中には、何事か企んでいる魔導士達もいた。

その力を己の野望に使えないかと、見極めたい者たちも、今日の査問会を見たいと思ってここまで来ている。


部屋に入れるのは、采配を決める魔導士長とその判断を補助する魔導士2名、何かあった時の為に訓練を積んだ戦士としての魔導士4名、記録係2名、魔導のうそ発見装置を使うもの1名、その装置の技術者1名。


それ以外の者は、このロビーに映し出される画像で見ることになる。

魔導士で風と光が使える者達が、画像の準備をしている。


普通の査問会ではこんなに大掛かりではないが、今日は公開査問会だった。

各魔導協会とも、念話で繋がっている。


采配そのものは、その罪を犯した魔導士が所属している魔導士協会の魔導士長がするのが通例だ。

したがって念話で繋がっているとはいえ、他の魔導士協会の長たちは裁くことは出来ない。せいぜいヤジを飛ばすぐらいしか出来ないが。

それでも公開査問会など十何年ぶりの事で、一種のお祭り騒ぎになっている事は確かだった。


ロビーの賑わいの中、ヴァイスとジェイは中に入る要員に選ばれていた。いざとなったらククラを止めるために。

トビナはその采配をした魔導士長を睨んだが、そんなものなどゲイルにとってはどこ吹く風だ。たとえ相手が自分よりも年上の精霊種でもだ。


その時、時間を知らせる鐘の音が打ち鳴らされた。


地下牢から、魔導士達に付き添われてククラが歩いてくる。


久しぶりのロビーを見まわす事もなく、ククラはニヤニヤと笑いながら、査問会が行われる部屋に向かう。

そのふてぶてしい姿に、怒る者、感嘆する者、恐怖する者。

反応は様々ながら、そこに居る全ての魔導士がククラを見ている。


多くの視線を受けているのに気付いたククラが足を止めた。

ニヤリと笑った後で、見ている人が一番多い場所に向かって、ククラは宮廷風にお辞儀をして見せた。手が動かせるようになっていたら、もっとしっかり出来たのだが。


周りからのざわめきがひどくなる。

何人かが怒鳴り声をあげた。ククラは顔を上げてその怒鳴った相手に、ニヤッとしてみせた。

付き添いの魔導士に背中を押され、ククラは仕方なく部屋へ向かう。


その姿を複雑な感情を抱えて、ヴァイスとジェイは見送る。

ヴァイスは、ククラはもう救われないだろうと悲しく思った。


ジェイは、ククラが皆にお別れのお辞儀をしたのだと知った。

あれは、感謝の挨拶だ。

…バカな事を。

ジェイは目を閉じて、息を吐く。

今すぐにでもククラを抱えて、ここを飛び出したかった。


「二人とも、中に入ってくれ。…時間だ」

補助の魔導士が声を掛けてくる。

ヴァイスもジェイも、査問会の開かれる部屋に入る。


全員が入った後に、部屋の扉が閉じられる。

閉会するまでこの扉が開くことは、決してない。



公開査問会が、始まった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る