3話 西里 鈴音:中

 鈴音と共に猫カフェに入ると、すぐに制服姿の若い女性店員が近づいて来た。


「いらっしゃいませ! お二人様ですか?」


 オレと鈴音の顔を見た店員さんは、指をピースの形にして問いかけてくる。横に居る鈴音はどうやら奥に見える猫に夢中なようなので、オレが代わりに応えた。


「はい、二人です」

「お二人様ですね、では料金のご説明をさせていただきます!」


 『こちらへどうぞ!』と言う店員さんの後をついて行くが、鈴音は全意識を猫に持っていかれていたのか動く様子がない。軽く肩を叩くと、彼女は体を大きく震わせた。


「ひゃっ!? な、なに?」

「こっちこっち、猫はあとで堪能しよう」

「わ、わかってるわよ」


 と言ったものの、やはり話を聞いていなかったのかどこに行けば良いかわからないようで周りをチラチラみる鈴音。その奥でレジにいる店員さんが頭にクエスチョンマークを浮かべている状況も面白いが、あまり意地悪しては二人に悪い。

 先導して店員さんのもとに歩いていくと、その後を鈴音が付いてくる。猫も可愛いが、鈴音も可愛い。それが店員さんも伝わったのか、やけにニコニコとしている。


「改めまして、猫カフェ にゃんずへようこそ! 当カフェは入場料として飲み放題のドリンク代込み一時間七百円、以降三十分ごとに四百円追加となります。飲み放題対象外のドリンクに付きましては、一杯ごとにメニュー表にある料金がかかりますのであらかじめご了承を」

「飲み放題がついて一時間七百円......結構安いんじゃない?」

「確かに。もうちょっとかかるものだと思ってたわ」


 単純に客一人が一時間滞在して落とすお金が七百円となると、バイトの最低賃金よりも少ない。一時間経過たった後は三十分ごとに四百円とだとしても一時間八百円にしかならないし、相場はわからないが一時間で千五百円くらいすると思っていた。

 それは鈴音も同じだったのか、どれくらいの時間にしようかと唸りながら迷っていた。


「始めにお時間を決めていただかなくても、後で延長も可能となっております! もちろん、途中退出も可能ですよ。その場合は、居なかった時間割引等は出来ませんが......」


 若干瞳のハイライトを暗くした店員さんに、鈴音は両手を振って『いやいや当然です! 割引要求したりしません!』と反応する。

 オレと鈴音からしてみればそれは当然のことだが、世界。いや日本というのは思ったよりも広い。きっと店員さんもそういう迷惑客にあたったことがあるのだろう、鈴音とその後ろで頷くオレを崇めるかのような目で見てきていた。


「じゃあ、とりあえず一時間で......良いわよね、芽衣?」

「もちろん。二人一時間お願いします」

「かしこまりました! では諸注意を。店内は土足厳禁で、飲食物の持ち込みは禁止とさせていただいております。また、猫ちゃん達を追いかけ回したり、無理やり抱っこしたりフラッシュをたいての撮影はご遠慮ください」


 説明一つ一つにしっかりと頷く鈴音。こういう所がやっぱり良いんですよ、うちの鈴音ちゃん。


「では、以上をご了承いただけましたらこちらにお名前と人数をご記入ください!」


 店員さんは元気な声と共に記名台を手で指しレジを打ち始める。

 記名用紙は一枚目で一番上。開店時間が十一時でちょうど過ぎたばかりだから一番乗りってわけか。

 間谷 芽衣とフルネームに読み仮名まで付けて二人と記入したオレは、鈴音が財布を取り出すよりも先に千円札と五百円玉を店員さんに手渡す。


「これでお願いします」

「ちょっ!?」


 なにやら鈴音が喚いているが気にしない。自分から誘ったのならレディにお金を払わせないのが出来る男だとハピラブの主人公も言っていた。人気キャラ投票でずっと一位の彼が言うのだから間違いない。


「はい! 千五百円お預かりいたします......こちら、百円のお返しです!」

「ありがとうございます」


 とはいえなれないことをやるのはやはり恥ずかしい。お釣りを手渡ししてくれた店員さんがやたらとニヤニヤしているし、鈴音も後ろで黙り込むのはやめてくれ。音が無いと不安で仕方ない。


「ふふっ、では入場時間は十一時六分ですね。お時間の五分前になったらお知らせしますので!」

「はい。ほらほら、いくぞう鈴音ぇ」

「......うん。ありがと」


 聞き逃してしまいそうなほど小さな鈴音の声。だがギャルゲーASMRで鍛えられたオレの鼓膜がそれをしっかりと捉えたため、鈴音に笑みを返す。

 ぱっと目をそらした鈴音は、オレのことを押しのけて先に入っていった。


「可愛い彼女さんですね!」


 やれやれと苦笑していたオレに店員さんが声をかけてくる。カップルと勘違いされるのは悪くないが、否定しなければ鈴音や他の幼馴染達にも余計な勘違いをさせてしまうことになる。

 ただ否定のしかたを間違ってはいけない。彼女たちが『私達の関係ってその程度だったんだ......』とかなったらもう大変。へそを曲げた幼馴染達をあやすのとか多分無理。


「彼女ではないですけど、店員さんから見てもやっぱ可愛いですよね。あんな子と猫カフェこれて幸せですよ」

「え、あっ、そうなんですか? 失礼しました」

「いえいえ。では失礼します」


 オレと鈴音がカップルでは無いことがよほど予想外だったのか、店員さんは困惑したような表情を浮かべた。

 なんだその顔はと言いたい所だが、あまりここに長居していては鈴音がお怒りになる。すぐに靴を脱いで下駄箱、鈴音の靴の隣にしまって入る。


「結構広いなあ」


 猫カフェのイメージが普通の小さなカフェに猫が居るだけ、というようなものだったからなおさら広いように感じる。土足厳禁ということも相まってカフェに猫が居るというより、猫がいる広場で飲み物が飲める、と言ったほうがしっくりくる感じだ。

 ふかふかしたカーペットを足で踏む感触を感じながら歩き、紙コップを二つちゃぶ台に並べ、歩き回る猫を後ろからじーっと見ている鈴音に声を掛ける。


「猫カフェってこんな感じなんだね」

「あ、そうね。意外と距離が近くて良......んん。アットホームね」

「はは、どゆことだよそれ」


 猫との距離が近いことが大層嬉しそうな鈴音だったが、彼女なりに自身のキャラ付けがあるのかそれを隠す。そして出てきたアットホームという言葉に笑いながら隣に座ると、鈴音はちゃぶ台の上に置いてあった紙コップを一つオレの前に手で押してくる。


「これ、芽衣の飲み物取っておいたから。とりあえず麦茶だけど」

「おっ、さすが鈴音さん気が利きますね。ありがとう」


 鈴音に微笑むと、プイッと視線を猫に逸らされる。

 こいつ本当に典型的なツンデレで可愛いですよ店員さん、どちらかというとデレツンなのかもしれないけど。先に入ったからと飲み物を用意してくれる尊さに手を合わせてしまった。


「わ、わっ、近い......!」


 拝む対象がそんな声を漏らす。一匹の猫、短く青みがかったグレーの毛並みに青い瞳の猫がポツリポツリと歩み寄ってきていた。


「写真はフラッシュ駄目だからね」

「ええ、わかってる」


 スマホを構えた鈴音に念の為忠告するが、しっかりと店員さんの説明を聞いていたようでフラッシュ機能をオートからオフにしてカメラを向ける。音が出ないようにスピーカーを頑張って手で抑えてるのが尊いと思います。


 それを見ていると、小さくパシャパシャと二枚写真を撮った音が聞こえてくる。猫、おそらくロシアンブルーという種類なのだろう。は音に驚いて逃げることはなく、さらに距離を詰めてきていた。


「ちょ、どうしよ。どうしたら良いのよこれ!?」


 一向に近づくのをやめないロシアンブルーに少しパニックになった鈴音がそう聞いてくる。それが懐かしくて思わず笑ってしまうと、鈴音は若干不機嫌になる。


「なんで笑ってるのよ」

「ごめんごめん、なんか小学生の時を思い出して。野良猫を鈴音がずっと見てた時」

「小学生......っ! 忘れてよもう!」


 肩パンされる。湊に負けない位にクリーンヒットしてきて普通に痛いが美少女の肩パンなので回復ですね。

 小学生の時、下校中に見てた野良猫が急に近づいてきた時の鈴音も今みたいにテンパってた。確か野良猫は鈴音の前で腹見せて甘えてたはずだが、このロシアンブルーがそうだとは限らないのだろう。ここは焦る鈴音ちゃんに漢を見せないと。


「ほら、おいでー......あっれぇ?」


 立ち上がってロシアンブルーの横に跪いて手を軽く叩くが、こちらに反応することなく。ガッツリ無視して鈴音の元へ向かっていく。

 オレは動物に好かれるタイプの人間ではあると思っているが、どうやらこの子はオレよりも鈴音のほうが良いようだ。スマホを両手で握ってアワアワとしている鈴音の前にいったロシアンブルーは倒れ込み、『まあ撫でられてやっても良いぞ』と言わんばかりの表情でリラックスし始めた。


「......これって、触っても良いのかしら?」

「多分許可出てると思うけど。背中とか撫でてみたら?」


 オレがそういうと、鈴音は恐る恐る手を伸ばす。鈴音の細く長い指がロシアンブルーの背中に触れると、特に嫌がったりする様子を見せることはなく。こころなしか目がウットリとしたように見える。


「わぁ......」

『どっちも可愛い......』


 切れ長な瞳を垂らしながらロシアンブルーを撫でる鈴音を見た感想を呟くオレの声に、別の声が重なる。驚いて後ろを見ると、店員さんが興味深そうに見ていた。


「あの子、ミドリちゃんって言うんです。私もあんなふうに撫でさせてもらったこと無いので勉強になります......!」

「そ、そうですか......って、いきなり後ろから来たらびっくりしますよ」

「すみません、驚かせるつもりはなかったんですが。猫ちゃんと一緒に居る時間が長いと、猫ちゃんみたいに忍び足が得意になるんです」


 笑顔の店員さん。入店した時と同じ笑顔だから営業スマイルなんだろうが、ずっと思ってたけどこの人も可愛いんだが。カフェの制服も似合い過ぎてるし、接客業にこんな人が居たら固定ファンができそう。ていうかオレがなりそう。


 この店、猫カフェ にゃんずには可愛いが溢れている。そんなことを思いながら店員さんと一緒にロシアンブルーのミドリちゃんを撫でる鈴音を見ていると、ミドリちゃんが突然立ち上がって鈴音に飛びかかった。

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お前ら全員オレの嫁! ヤーパン @Tacchan25

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