2話 西里 鈴音:上

 日曜日の昼前。バスに揺られるオレは、普段なら学生にも関わらず早くも月曜日のことを考えて憂鬱な気分になっていたが、今日は違う。いつもやっているギャルゲーの一つ。『Happiness ♡ Love』、通称『ハピラブ』の新作の発売日だからだ。


 ハピラブは王道を行く純愛ストーリーもさることながら、毎回毎回オープニング曲が秀逸なのだ。甘いバラード、のほほんとした内容なのにアクションゲーム並の疾走感あふれる曲、切なさを感じさせる曲など様々なジャンルで攻めている。

 ゲームは知らないけどオープニング曲は知ってる、という人が『これってギャルゲーの曲なの!?』と勘違いしてしまうほどにクオリティの高い曲を出してきているのだ、今回のハピラブ5ではどんな曲なのかが楽しみで仕方ない。


 バスが駅に到着すると、すぐに立ち上がりICカードをタッチして降りる。目的は駅前にある電気屋、すぐさまその方向に向かって歩を進めたところ、人混みの中から見覚えのある人物が目に入った。


「......あれって、鈴音か?」


 つい小さく声に出してしまう。オレと同じ程の背丈、五月らしく上は薄手のパーカーに下は短パンからスラリと伸びた長い足に長いポニーテール。そしてあの良いケツ......間違いない、やっぱり鈴音だ。


 そのスタイルと顔の良さから道行く人々を振り返らせる鈴音は、ある店の前で膝に手を当てて何かを真剣な顔で読んでいた。

 いつも一緒に居るとはいえ、プライベートの時間も必要だ。とりあえずここはそっとしておこう。

 そのまま鈴音に気づかれない内にその場を去ろうとしたところで、思い出した。幼馴染保管計画のことを。


「ギャルゲーも大事だけど、そんなんいつでも出来る。幼馴染が優先だろ」


 覚悟を決めるために声に出したオレは、ゆっくりと鈴音に近づく。なるべくフランクに、今ちょうど気付いたばかりですよ感を出しながら。

 近づいていくにつれ、彼女が真剣に読んでいる店のチラシが見えてくるようになる。猫カフェのチラシを穴が空くほど読んでやがる、可愛いかよコイツ。


「わ、わー。鈴音じゃ~ん」

「うぇっ!? め、めめ芽衣!? なんでここに!?」


 小さく飛び上がった鈴音は大層驚いたようで目を泳がせる。

 なんでって、そりゃお前ギャルゲーを買いに来たからだろとは言えない。鈴音はそういった全年齢対象のギャルゲーもエロゲと同じように捉えてる節がある、他の三人の幼馴染に『芽衣が日曜の午前中からスケベなゲームを買いに行ってた』とチクられて株が下がるのは嫌だ!


「ちょっと新しいゲームを買いに来てさ」


 しかし嘘は苦手なオレ。ギャルゲーと口走りそうになったがゲームと言い止められた自分を褒めたい所だが、鈴音が顔をムッとさせた。


「ゲームって、前は『場所取らないしダウンロード版が一番だわ~』とか言ってたじゃない。わざわざ買いにくるって何よ」


 変なのじゃないでしょうね、とオレの目を覗き込んでくる鈴音。やめてくれ、バレそうになるし良い匂いがするし可愛いくてニヤけてしまう。

 というか、そんな中学生の時だかにオレが何気なく言った言葉を覚えてるものなのか。普通のゲームはダウンロード版が好きだが、ギャルゲーに関してはやはりパッケージ版を買わなきゃ損。説明書の裏がポスターになってたりするしね。


「ただのゲームだよ、RPG的なやつ。店舗で買うともらえる特典コードがあって」

「はぁ~ん、じゃ丁度いいわ。私もついてってあげるわよ」

「え」

「え、って。どうせその......わ、私達の年齢じゃまだ早いゲームなんでしょ」


 ここでエロゲとかエッチなゲームとかって言わないのも鈴音の乙女ポイントだろうか。

 だが安心してほしい、オレが買いに行こうとしてるハピラブは全年齢対象版。恋愛シミュレーションに重きをおいたギャルゲー版だ。成人向け版もあるが、そちらは店舗では変えないのでダウンロード版。ごめんよお母さん、あなた名義だけどバイトで稼いだオレのお金だから許してください。


「違う違う、ちゃんと対象年齢です」

「五歳児用ゲームね」

「おい、ちげえよ。オレ達が積み重ねたもう八年はどこ行ったよ」 


 鈴音は鼻で笑いつつ、先程まで自分が読んでいたチラシを隠すように立ち位置を変える。


「二歳から高校生になった今まで一緒に居るって、よく考えたら結構稀よね。まあほら、とにかく早くゲーム買いに行くわよ。芽衣が無駄遣いしないように見張っといてあげる」

「本当にオレのこと五歳児だと思ってる? いやオレのことはどうでもよくてさ、鈴音はなんでここに?」

「えっ!?」


 逆に聞き返してみると、鈴音は露骨にオロオロとし始める。

 四人の幼馴染の中で鈴音が一番理解出来ているつもりだから言わせてもらうが、あまりにもわかりやすすぎる。あと無防備。スマホのパスワードを人の誕生日にするなと言いたい。


「ち、ちょっと用事があっただけよ!」

「じゃあ、オレの買い物に無理に付き合わなくても大丈夫だよ。無駄遣いはしないって約束する」

「う......し、信用ならないから付いてくって!」

「でも鈴音も用事があるんじゃないの?」


 猫カフェのチラシを読んでいたということは、多分気になるんだろう。だがそれをオレに知られたくないのか何なのか、やたらとオレの買い物に付いてこようと鈴音は『えっと~』とうなりながら次に繰り出す言葉を考えているようだ。

 鈴音が猫カフェとか可愛いものが好きだって今更知ったところで、別にどうも思わない。いや、どうも思わなくはない、可愛いなとは思う。ただそれだけで鈴音に対する『ツンデレプリケツ乙女』という認識が変わるほどではない。


 ただ彼女が自分のイメージを気にしているように、オレだって日曜の朝に一人で最新作のギャルゲーを買ってるところを見られたくはない。自然な流れで鈴音の気になっている猫カフェに一緒に行き、一緒に楽しむ。これしかない。


「すぐ終わる、そう。私の用事はすぐ終わるから!」

「じゃあ先に鈴音の用事済ませちゃおうよ。オレも付き合うから」

「本当に? でも、う~ん......」


 一人じゃ入りにくい猫カフェに一緒に行ってくれる味方が出来るのはありがたい、でもそれが芽衣だとちょっと......とでも考えているのだろう。

 チラチラと横目で数回チラシを見る鈴音。猫ちゃんとふれあいたい、でも幼馴染にそれを見られたくない。その葛藤が見てるだけでも伝わってきたが、やがて覚悟が決まったようだ。


「じゃあ、その......私の用事に付き合ってもらうけど、やっぱり結構時間がかかるかもしれないわよ?」


 わずかに瞳が揺れている鈴音。非常に愛らしい、そして結構時間がかかるって猫カフェをガッツリ堪能する気満々だな。


「全然大丈夫、どうせオレはゲーム買うだけだし」

「どうせって、芽衣はもうちょっと自分の用事も大事にしなさいよ。なんだかんだ言って付き合ってくれるのはありがたいけど」

「どう考えても幼馴染のほうが大事だろ」

「......は、顔真っ赤じゃん」


 片方の口角を上げた鈴音がからかうような笑みを浮かべる。流石に面と向かって幼馴染優先だ、と言ってすかせるほど言い慣れていないから顔が熱くなっているのを自分でも感じる。

 ただ、鈴音も顔こそ平静としているが耳が赤い。こいつマジでチョロ可愛い、絶対に魔の手から守り抜かねばならない。


 鈴音はくるっと百八十度体を回転させ、顔を隠すためかオレに背を向けた。


「じゃ、遠慮なく付き合ってもらうわよ。ね、猫カフェに」

「おお、良いね猫カフェ。新しくできたやつオレも気になってたけど中々一人じゃ入りづらくて」


 嘘である。猫カフェに興味こそあるが、新しく駅前に出来たなんて鈴音が動いたことで『新規オープン!』と書かれたチラシをはっきり見えるようになる今の今まで知らなかった。

 だがオレが行きたがっていた、という事実を作ることで鈴音も猫カフェを心置きなく楽しめるだろうと思う。それに湊と同じように、共通の趣味ができればより鈴音を理解することが出来るはずだ。湊とは漫画を共通の趣味に出来たと思っているし、小雪とアヤとはそれぞれゲームにお茶と共通の趣味はあるが、鈴音とはまだ見つかっていない。

 長続きするためにはお互いを理解して居心地の良い距離感を図るのが大事だってテレビでみた御長寿夫婦も言ってたからな。


「へ、へえ。芽衣も猫カフェとか興味あるんだ」

「そりゃあるよ、猫様は可愛いし。でも犬カフェとかも行ってみたいよね、この辺にはないけど」

「まあ私は別にそんなだけど、犬カフェも芽衣が行きたいなら一緒に行っても良いわよ。一人じゃ入りづらいんでしょ?」


 とか言ってるけど『芽衣』って言ってたじゃんと言いたい。綺麗系の顔してるのに中身が可愛い系なギャップに胸が高鳴る。

 だがここはギャルゲーマスターとしての余裕を見せるべき。まずは猫様で興奮を鎮めなければ。


「助かるよ。とりあえずそれは今度で、早く猫カフェ入ろう」

「はいはい、わかったわよ」


 やれやれといった様子でお店の扉に手をかける鈴音。だがそれを言い終わる前に扉を開けているあたり、鈴音のほうが猫カフェに入りたがっていることが見え見えで笑えてくる。

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