1話 瀬尾 湊
四人の幼馴染を守る計画、名付けて幼馴染保管計画。彼女達はすでに完璧なので補完ではない、保管である。
それを実行すると心に決めたは良いものの、根は小心者なオレには彼女達に気安く触れることなどとてもではないが出来ない。それは土曜日の朝っぱらからオレの部屋で、オレのベッドでくつろぎながら漫画を読んでいる幼馴染が一人。湊に対してもだ。
「ねえ。これって続きあったっけ?」
「んえ? あー......確かあるよ。ちょっと待っててね」
ベッドの枕の横に隣接している机。そこにセットされているデスクトップパソコンでネットサーフィンをしていると、湊が現在読んでいる漫画の続きをご所望とのことで椅子から立ち上がる。
彼女が読んでいる漫画は『一緒に転生した幼馴染のジョブは聖女だけど俺は魔王なので城を追放されました~魔王軍の可愛いモンスター娘と俺TUEEEEEをして見返します~』の二巻。それを確認すると、湊から『本棚に無いんだよね』と補足が入る。
確か最近発売されたから、買ったは良いものの本棚に並べていなかったのかもしれない。となると多分ベッドの下だ。
ベッドの下を覗き込むと、予想通り本屋さんの袋が転がっていた。整理収納を後回しにしてとりあえず見えないベッド下にぶち込むのはオレの悪いクセだとわかっていているが、なかなかその瞬間に動けないのだ。
本屋さんの袋を掴んで引っ張り出し、中をガサガサと漁って様々なジャンルのラノベ、漫画の中からお目当てのものを見つけ、それを湊に手渡す。
「はいこれ、今出てるのが三巻までだからコレで最後だけど」
「うん、ありがと」
それを受け取った湊はまたベッドの上で仰向けに横たわり、ページを捲っていく。大体の漫画の始まりにある
彼女いわく、口絵で漫画のクオリティがわかるそうだ。幼い頃から我が家へやって来た彼女を退屈させないためにと自分は読まないのに漫画を買っていたオレには残念ながらその能力はない。
しかし、机とベッドの位置関係上ネットサーフィンをしている視界の角に湊の顔が映るのだが、時々笑っているのをそれとなく見ているとオレも気になってくる。湊が思わず鼻で笑ってしまう漫画って一体どんなんなんだ、と。
そうと決まれば声を掛けるしか無い。せっかく可愛い幼馴染と同じ空間に居るのに、居るだけで別々のことをしているなんてもったいなさすぎる。共通の趣味になるかもしれないのだから。
「湊さ、今いい?」
「いいよ。どうした?」
読んでいるページに自前の栞を挟んだ湊は上体を起こしてベッドに腰掛けた状態となる。自惚れていなければオレの所有物だからと開いた面を下にして置いたりせず、栞を用いて大切に読んでくれているのがとても健気だ。話すときは話すことに集中してくれるし、なにより湊は声が良い。クールキャラで歩くASMR、それを一人占めしている今の状況が恵まれていることにようやく気が付けた。
「いつもうちで漫画読んでるけど、面白いの? おすすめとかあったら教えてほしいなって」
漫画よりアニメ派なもんで、と付け加えると、湊はくりっと目を斜め上に向け『んー』と唸りながら考える。少しして彼女の中で納得する答えが出たのか、ゆっくりと口を開いた。
「正直、私はちょっと......人と違う楽しみ方してるかも」
「人と違う楽しみ方?」
「うん。なんていうか、こう。頑張って努力してるなって感じを楽しんでるんだよね」
「......はあ?」
イマイチどういうことかわからずに首をかしげると、湊は『ちょっとまってね』といい本棚の前に立つ。そしていくつかの漫画を痛めないように背を掴んで取ると、それらをベッドの上に広げてみせた。
全て一巻だが、見覚えがある。どれも湊がクスリとしていた本のはずだ。
そんなオレの考えを読み取ったのか、湊は床にぺたりと座って上目遣いを向けてくる。
「この本の共通点って、なにかわかる?」
「湊が読んで笑ってたやつ。とか?」
「確かに笑ってたかもだけど......。メイメイは私が漫画読んでても気にしないと思ってた」
そう言った湊は小さな笑顔を見せているが、どことなく寂しそうに見えた。
確かに今までのオレは湊が部屋で漫画を読んでても気にしない、それを景色の一部と思っていたクソ鈍感バカ男だった。だが今は違うということをまず湊にわからせねば。
「そんなことないさ。湊が来てくれるの嬉しいから、チラチラ見てた。ごめん」
「......っふふ、別に謝ることじゃないでしょ。ほら、私がどうやって楽しんでるか教えてあげるから、こっち来なよ」
一瞬目を丸く見開いた湊は優しく目尻を落としてぽんぽんと床を叩いたため、『しつれー』と軽く言いながら横に座る。
ふと横目に湊の顔を盗み見ると、若干口元が上がっているのが見えた。まったく、こんな湊を他の男に見られると思うと反吐が出るぜ。
しかし今回は上手いこと湊の期待通りのセリフを言えたようだ。変に考えず、思うがままに気持ちを伝えるのも大事なのかもしれない。
今後の幼馴染保管計画の参考にしようと思っているところで、湊が本題に入った。
「これは確かに私が読んで面白いと思った漫画だけど、別に内容が面白いわけじゃないんだよね。パッと表紙を見て、何か思うところある?」
「思うところ、か。う~ん」
顎に手を当てて考えてみる。まず第一印象はファンタジー物が多いな、大体が剣やらを持って戦う気満々といった感じ。しかもテンプレ通りのハーレム物なのか、表紙に映る男性キャラが主人公らしき人物だけだ。待てよ、主人公が皆黒髪で同じようなヘアスタイルしてる。いや関係あるのだろうか。
考えれば考えるほど些細な類似点さえ全く同じものに見えてきてしまったオレは、常々疑問に思ってることをぶつけてみた。
「タイトルがめちゃ長い、とか?」
そう、全て題名が長いのだ。先ほどまで湊が読んでいた『一緒に転生した幼馴染のジョブは聖女だけど俺は魔王なので城を追放されました~魔王軍の可愛いモンスター娘と俺TUEEEEEをして見返します~』に始まり『勇者パーティを追放された俺、実は最強のテイマー~ドラゴン娘と往く気ままな冒険旅~』やら『突然ゲームの世界で悪役令嬢に転生したけど、恨みをかって毒殺されるのは嫌なので前世の知識をフル稼働して王女を目指します』やら。もうタイトルがあらすじやんと言いたいほどだ。
いささか苦し紛れに、行きつけの本屋さんのレジを通すたびに本のタイトルを言ってくれる店員さんが酸欠で顔を赤くしているときのことを思い出しながら言ったオレの言葉に、湊は目を閉じて頷いた。
「うん、確かに無駄に長い。でもこれは漫画だから、大事なのは絵だと思わないかな」
「絵か......あ~、確かに安っぽくて薄っぺらそうなタイトルの割には凄い絵が上手だな」
「そこまでは言ってないけどね。でもそう、絵が上手なの。で、肝心の内容なんだけど」
湊は『異世界転生した俺の魔力がゼロだから親に捨てられましたが、実は無限大なのでのんびりスローライフを送ります』を手にとってパラパラと見せてくれる。
コマ送りのように場面が移り変わっていくのを何も言わずに見ていると、ついに最後のページになってしまった。てっきり見せたいページでもあるのかと思っていたオレが湊の顔に視線を移すと、どういうつもりで今の行動に出たのかを説明し始める。
「ぱーっと飛ばして読んでもなんとなくわかるでしょ、内容が。これに限らず今ベッドの上に並べたやつって元々がラノベなんだけど、大体の作品がラノベに追いついちゃってるの」
「原作に追いついちゃったって言っても、そうならないようにコマ数を増やしたりするんじゃないの?」
「増やしてるんだよ、これでも。序盤で一番盛り上がるはずの主人公に魔力が無いってシーン、ラノベだとたった三行で終わるからね」
「ぇええ!? 三行ゥ!?」
湊の言葉に思わず驚いて大声を出してしまう。
いやいや、これが三行で収まるわけないだろ。という気持ちを目に宿して湊を見ると、彼女は『マジマジ』と小さくつぶやく。
「私はこういうラノベがコミカライズされたやつで、ただでさえ絞りきった鰹節から取った出汁並に薄い内容をどうやって引き伸ばすか見て楽しんでるの。中にはもう漫画オリジナル展開に走っちゃって、それが功を奏して人気になったやつもあるよ。さっき私が読んでたやつとか」
「ああ、あの一緒に転生した幼馴染のジョブは聖女だけど俺は魔王なので城を追放されました~魔王軍の可愛いモンスター娘と俺TUEEEEEをして見返します~ってやつ?」
「そうそれ、長いから俺魔王って略されてるんだけど。それとかもう二巻の終盤から漫画オリジナル展開だったからね。まだ途中だけど三巻から露骨に話が面白くなってて普通に楽しめた」
「なんともまあ、それでも二巻を出すには一巻が人気じゃないと出ないんじゃ?」
「そこはほら、絵師様々ってやつでしょ」
その言葉に思わず納得してしまう。なぜなら成人向け漫画のオレが憎んでいる二つのジャンルも、やけに絵が上手いのだ。
あっ、この方はお尻を書くのがめちゃめちゃ上手い絵師じゃないか! 新作が出たんですね! とワクワクで購入ページに飛んでみたらプリティなお尻を下半身に脳が付いた男に好き放題されてたときの悲しみったらありゃしない。おそらくあのジャンルが市場で一時的に巻き起こっているブームなのか、純愛一筋だった絵師さんが闇落ちしたときの仲間を失った喪失感ほど心に来るものはない。
それでも絵が上手いことは分かっているからこそ危険な好奇心で覗きたくなってしまうもの。あのジャンルがトップセールス上位に入っていることからオレのように踏みとどまれず脳を破壊された紳士は数しれないのだろう。
内容があれでも、絵が良ければ売れてしまうのは成人向けではない漫画でも同じようだ。いや、人間でも同じか。性格クッソブスでも見た目良ければ良いと思われる悲しい世界。結局は表面上でしか判断してないんだよチクショウ。
「どうしたの、そんな顔して」
想像が膨らみすぎたあまり怒りがふつふつと湧き出てきたが、覗き込んできた湊の顔でそれがすっと収まる。外面も内面も綺麗な彼女の前ではオレなどミジンコだ。
「いや、確かに表紙が良かったら手に取っちゃうよな~って思って。あえて元の薄い展開を知った状態で面白くしようとしてる努力を確認するのも、一種の楽しみ方だよね」
「わかってくれて良かった。せっかくメイメイが興味持ってくれたんだし、一緒に楽しめたら良いね」
「うん。湊が好きなものなら多分だけどオレも好きだよ」
「へ~、軽率」
「なんで」
疑うように目を細める湊。今のどこに軽率要素があったのかわからないのだが、本人が嫌がった素振りを見せていないから大丈夫なはず。
やはり、幼馴染だから分かりあえてるというのはおとぎ話の世界。湊がこんな考えで漫画を読んでるなんて知らなかった。てっきり時間つぶしに読んでいるだけだと思っていたが、案外しっかりと楽しんでいたようだ。
だが一つ疑問がある。湊の楽しみ方は駄作なラノベが原作にないと出来ない楽しみ方だ。お隣さんということもあってずっとオレの部屋に入り浸っている彼女が、いつからこの楽しみ方を編み出したのかが気になって仕方ない。
「湊はさ、それいつからやってるの? ラノベから漫画とかアニメにって、オレ達が小さい頃はなかったでしょ?」
「あー......まあ、こういう見方をするようになったのは中学生からかも」
「じゃあ、その前は? 普通に漫画読んでた?」
「いや正直言うとあんまり漫画は好きじゃないんだよね。口実っていうか」
少し顔をそむけた湊。
口実か。いやこれオレのこと好きじゃん。好きな幼馴染の部屋に入る口実に漫画を利用してるってことでしょ? もう好きじゃんオレのこと。
だが悪いな湊、オレは君だけを愛することは出来ない。鈴音や小雪、アヤも嫁に------
「ッテ。ちょと待てよ、なんで鼻にデコピンされたのオレ?」
「別に。いやらしい顔してたらするものでしょ」
「しねぇよ! どんな境遇で生きてきたんだよお前は!」
昔から湊の鼻デコピンで鍛えられた鼻じゃなければ泣きわめいていた。今はどちらかといえば鼻デコピンのときは小指でやってくれる優しさで回復してるまである。
湊はオレのツッコミでわずかに浮かび上がらせた笑みを、いたずらっぽいものに変えた。
「まあ良いじゃん。今日お母さんとお父さんがデートで夕方まで帰ってこないからさ、お昼どうしようかな」
どうしようかな、じゃあないでしょう。
ガッツリとオレの目を見てくる湊に今度は心の中で突っ込む。明らかにオレと食べる気満々だ。
余談だが、オレの生活がラブコメすぎる
オレ自身父親のことはよく知らないが、湊の母親とオレの母親が仲良すぎたあまり産婦人科の先生がお互いの子供の性別をごっちゃにしてしまい、女の子に『湊』、男のオレに『芽衣』と名付けたなんて話を聞いたことがあるくらいだ。
とにかく、湊からの間接的な『お昼一緒にどう?』というお誘いに飛び込んではいけない。ここはあえて気づかないフリをして下げた後に、こちらから一緒に食べようと提案すべきだと思う。
「本当に湊の親はラブラブだよな。お昼用意されてないの?」
「うん。お昼は適当に食べるって言っちゃったから」
「そっか」
短くそっけない返事をすると、湊のパッチリとした目がやや鋭くなる。
今までは無意識の内に湊にこんな顔をさせていたのかもしれないと思うと心が痛み、そして過去の自分にラリアットをしたい気持ちが湧き出てくる。計算してこういうことをしている今のオレにそんな資格は無いだろと過去からの声が聞こえてくるが。
このまま湊を不貞腐れたままにしておけば最悪のパターンになる可能性もあるのだ。それを理解して回避しようとしてるだけマシ。
そう自分に言い聞かせ、羞恥心を捨てて彼女に声を掛ける。
「オレもお昼まだ決めてないんだけど......湊さえ良ければ、一緒に食べたいなって」
「え」
照れ隠しに頬を掻きながら呟くオレに、湊は鋭くした目を今度はまん丸にして呆ける。そのまま数秒間の無言の後、沈黙を破ってくれたのは湊だった。
「今日、やけに積極的だね」
「......まあ、せっかくの幼馴染だからさ。幼馴染としてもっと仲良くなりたいなと思い立った次第です」
「幼馴染として、ね。今はそれで良いけどさ、その代わりにメイメイがお昼決めてね。外で食べるでもメイメイの家で食べるでも、私の家で食べるでも。メイメイの好きな方で」
「ああ、任せなさいよ」
オレの知ってるつもりだった瀬尾 湊という少女は、クールで気持ちがあまり表情に出ない子だった。だが幼馴染としての前に、一人の女の子として見つめ直した瀬尾 湊は、クールではあるがとても感情豊かで嫉妬深い。
そんな女の子のことを好きになるなと言われるほうが無理だ。あのカスみたいな二つの三つ並んだアルファベットに唯一感謝するとすれば、四人の幼馴染がとても魅力的だと凝り固まったオレの頭に教えてくれたこと。それだけはあれを見なければ気付けなかった。
だからオレは王道のイチャラブ純愛を目指して行動していく。四人の中でまだ誰ともラブラブにはなってないかもしれないが、思い返せばイチャイチャはしていたはず。
純愛イチャラブハーレム実現のためにまずは今日、湊にセンスのある男な部分を見せるためお昼を真剣に考えよう。そんなオレの考えは湊にはお見通しだったのか、ベッドの上に並べた本を本棚に戻す。
その様子を見ていると、湊は『よいしょ』と小さく声を漏らしてベッドに寝転び、栞を挟んだ通称俺魔王の三巻を手に取り、開く前にチラッとこちらを向いて。
「期待してるよ」
ニコッと笑う湊は、いつも通り魅力的だった。
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