お前ら全員オレの嫁!

ヤーパン

プロローグ:ラブコメすぎるオレの日常

 突然だが、高校一年生であるオレこと 間谷かんや 芽衣めいの日常はまるでラブコメのようだ。

 一体何を言っているんだ、と思うことだろう。おそらく数日前のオレも全く同じ反応をしたと思う。しかしオレの日常がラブコメのようであることは事実なのだ。

 何故なにゆえオレが自分の日常をラブコメのようだと認識することになったのか、それはほんの三日前に遡る。あの日のオレは学校から帰宅したあと、いつものようにパソコンでネットサーフィンをしていた。そこで見つけてしまったのだ......口に出さずとも、思い出すだけでも忌々しいあの二つの単語。


 NTR、BSS。


 意味を知らない人からすれば『なんだ、ただのアルファベット三文字じゃないか』と思うだろう。三日前までのオレもこれを見かけてもそう思っていた。だがしかし、そこに隠されている本当の意味を知ってからというもの、関係のないところで見ても拒絶反応が起こってくる。

 まずはNTR、これはねと......おえっ! んん、失礼。寝取られの略語だ。そしてBSSは僕が先に好きだったのに......の略語。

 大体これらの言葉はいわゆる成人向け漫画やアニメで出てくることが多い。そしてその対象で幼馴染が出てくる頻度たるや、鏡を見た時に自分の顔が映る確率と同じ位の確率で幼馴染が出てくる。つまるところ百パーセントと言って良いほど出てくるのだ。


 そしてをされる哀れな男というのは、大体が幼馴染含めた複数の女性からの好意に気づかないままのほほんと過ごし、失ってから気がつくことが多い。

 ご丁寧な導入シーンがある成人向け漫画ではヒロインとソレをされる男の日常シーンが含まれているのだが、オレの読んだ成人向け漫画がまんまオレの日常を導入シーンとして持ってきたかのようだったのだ。

 朝は同級生の幼馴染に起こしてもらい、登校も一緒、学校でも一緒、今一緒に廊下を歩いているように下校も一緒。そんな関係の幼馴染が現在オレには四人も居る。だからだろうか、必要以上に感情移入してしまい立つのが腹になったのは。


「......どうしたの? そんなに見つめて」


  ふと隣を歩く一人の女子高生が声を掛けてくる。彼女はオレの幼馴染が一人、瀬尾せお みなと。少し小柄だがすらっとしつつも出るところは出た体立ちに長い黒髪と、ぱっちりした瞳が特徴的な女の子。


「悪い、ちょっとボーッとしててさ」

「ふ~ん」


 下駄箱の前で足を止めた湊に顔を覗き込まれる。

 クソ、コイツあの成人向け漫画に出てきたヒロインに似すぎなんだよ。漫画の方は活発な性格だったが湊はいわゆるクールキャラなのが幸いだ。オレの脳が完全に破壊されずに済んだ。


 大事なことを忘れていたが、オレは忌むべき二つの単語の意味を知ってから心に決めたことがある。それは『大きくなったら結婚しようね、という約束をした四人の同い年の幼馴染をオレの嫁にする』だ。

 身勝手だ、気持ち悪いと思われても仕方ないだろう。だが不覚にも彼女達が股間で歩くような男に好き放題されるところを想像してしまってから胸がざわついて仕方ない。ずっと不安感に駆られている。

 恋愛感情など知らないと思っていたが、おそらく四人を誰にも奪われたくないというのがオレの恋愛感情なのだろう。我ながら欲深く恐ろしい男だが、気付いたからには行動に移すしかあるまい。


 まずは湊。彼女はルックスもさることながらあまり感情を出さないクールな性格が逆に危険だ。危機感が無いのか、こうやって簡単に顔を近づけて-----


「イテッ」


 額にデコピンをくらった。

 脳に直接届くような鈍い音と衝撃に思わず後ずさると、湊は表情を変えずにまたこちらをじっと見てくる。


「嘘はよくないよ。考え事してたんでしょ」


 若干、眉を下げた湊。こうなっては正直に話すしかあるまい。


「そうだよ、考え事してた。ごめんごめん」

「やっぱり。私が呼びかけても反応しないなんて、そんな真剣に何を考えてたの?」


 良いパスが来た。四人の幼馴染と結婚、などと抜かしたからにはキチンと彼女達からの好感度を上げなくてはならない。彼女居ない歴=年齢だが、ギャルゲー歴=年齢でもあるオレを舐めないでほしい。


「湊のこと考えててさ。高校の制服も似合ってるな~って」


 どうだ、君のことを考えていたと言われて嬉しくない女性など居るまいよ。

 心のなかで勝ち誇っていると、湊はムッと唇を尖らせた。


「目の前に居るんだし、わざわざ考え込む必要ないでしょ」

「え、あぁ~......そう、ね。そうね、うん」


 予想外のカウンターにどもってしまう。

 なんてこった、湊の攻略難易度は思ったよりも高いようだ。好きプリ☆プリンセスのキャラなら『も、もう。変なこと言わないでよっ!』って赤面するのに。


 互いの間になんとも言えない空気が漂う。気まずい、非常に気まずい。もうこうなったら本心をぶちまけるしかないか。


「制服やっぱり似合ってるよ。可愛い」

「......そ。ほら、早く歩くよ」

「あっ、ちょっと湊さ~ん。待ってよ」


 前を向いた湊はスタスタと歩き始める。う~む、やはり女心というのは難しいものだ。幼馴染でずっと一緒にいる湊のこともよくわからないオレが結婚するには、相手はやはり幼馴染でなければ無理だろう。

 そんなことを思いながら湊の後を追っていると、校門の前で彼女と同じ制服を着た女子が腰に手を当てて目を吊り上げていた。


「遅いんだけど!」


 スレンダーという言葉が似合う体つきにポーズ、表情、言葉遣い、そして長い髪を束ねたポニーテール。どれをとってもツンデレ要素しか感じられない彼女は西里にしさと 鈴音すずね。幼馴染の一人であり、ツンデレ枠。


「アヤちゃん待たせるわけにはいかないんだし早くしなさいよ!」

「ごめんって」

「メイメイが迷惑掛けてきたから」

「おい、何もしてないだろ」


 メイメイとはオレのこと。このあだ名で呼ぶのは湊しかいない。

 しかし、鈴音のツンデレだけど友達をちゃん付けで呼ぶっていうの、結構くるな。癖に。


「また湊ちゃんに迷惑掛けたわけ? 本当に芽衣は私が居ないと駄目ね」


 本日二度目の良いパスが来た。ここは素直に乗っておくべき......!


「そうなんだよ。やっぱ鈴音が居ないと駄目かも」

「は? なにあんた、変なものでも食べた?」


 また外した......だと?

 おかしい。俺のツンデレ妹がかわいすぎる! なら『も、もうっ! ......バカッ』とデレるところなのに、ツンを通り越して普通に心配されてしまった。

 生憎オレは元気一杯だぜちくしょう。なかなか上手く行かないな......。


「ああ、大丈夫大丈夫。心配してくれてありがとう鈴音」

「......まあ、なら良いけど」


 オレの顔を覗き込んでいた鈴音は姿勢をただし、スマホを弄り始める。そっけない感じだが、彼女のスマホの検索履歴に『幼馴染 結婚 確率』やら『幼馴染 初恋 実る?』やらがあったのを見てしまった以降はスマホをいじる鈴音が可愛く見えて仕方ない。

 普通検索する時にクエスチョンマークつけるやつがいるか? なんだよ、初恋実る? って。身長高くてオレと同じくらいで目が切れ長だから威圧感あって突っかかりにくい感じなのに中身が乙女すぎる。他の男に乙女な鈴音を見られては危険だ。


 どのようにして鈴音を悪の手から守るか、それを考えるオレの背中に衝撃が走った。


「芽衣くんやっほ~!」


 衝撃を受け止めたオレの背中から元気な声が聞こえてくる。この背中に感じる感触と声、彼女に間違いない。


「やっほ~小雪、行間休みぶりだね」


 宮野みやの 小雪こゆき。短い髪の毛に小さな身体と可愛らしい顔つきは小動物を思わせるが、四人の幼馴染の中で最も発達した母性の象徴はさながら猛獣のよう。

 そして誰にも分け隔てなく優しくする性格は、むしろ男を猛獣にしてしまいかねない。危険です。非常に。


「小雪、メイメイの鼻の下が伸びてるから」

「頼むからオレの株が下がるような発言をしないでくれ湊」

「事実じゃん。小雪ちゃんに抱きつかれるといっつも嬉しそうだし」

「それはそう」


 呆れた表情の湊と唇を尖らせた鈴音に小言を言われる。

 小雪に抱きつかれて嬉しくない訳ないだろ。だが鈴音よ、安心しろ。オレは胸より尻派だ。お前が四人の中で一番プリッとした良いケツをして-----


「イッテェ!? いきなり何すんだよ湊!」

「靴に虫が居たからさ。潰してあげようと思って」

「虫を追っ払おうとしてくれるのは良いけどさ、靴の上だよ? 普通は潰さないでしょ?」


 『さあ?』と肩を上げる鈴音に苦笑いを返す。

 いきなりローファーのかかとでつま先を踏み抜かれた痛みは、タンスの角に小指をぶつけた痛みと同じレベルだ。ただでさえ神経が集中している指先に不意打ちは痛い。


「そろそろアヤちゃん来るって」


 スマホを見ていた鈴音がそうつぶやくと同時に、小雪はオレの背中から前へと回ってくる。

 ちょうど頭一個分、それがオレと小雪の身長差。オレもかなり小柄な方だが、それよりも小柄な小雪。彼女の頭に顎を乗せるとにぱーという笑顔を咲かせるのはずっと変わらないが、そこからふんわり漂ってくる香りが大人の女性を思わせるものになったのは中学生の頃から。

 いや、オレが小雪を『幼馴染』から『女の子』として意識し始めたのが、というのが正しいだろうか。記憶が確かなら女の子として意識し始めたのが一番早い幼馴染は......ちょうど、タイミングよく今やって来た。


「待たせたわね、四人とも」


 いかにもな高級車、その後ろの席から顔をのぞかせたウェーブのかかった髪が特徴的な彼女は二条にじょう アヤ。オレ達と同じ制服を来ているが正直住む世界が違う。彼女は俗に言うお嬢様というやつなのだ。


「アヤ、今日も宜しく」

「いつもありがと、アヤちゃん」

「宜しくお願いしますっ!」

「ええ、大丈夫よ」


 湊、鈴音、小雪に礼を言われたアヤは上機嫌な笑顔を見せる。だが薄く開かれた瞳はオレの顔を捉えて離さなかった。


「ありがとうアヤ、いつも助かってるよ」

「気にしないで。私達の仲じゃない!」


 『あなたからは一言ないの?』という表情をしていたアヤに礼をいうと、彼女はより一層笑顔を咲かせる。

 昔からアヤは皆が喜んでくれるならと自分の全てを駆使して色々と気を使ってくれる。本来ならオレ達五人が通う夕立ゆうだち高校は電車通学だが、彼女のおかげで優雅に車通学だ。

 もっとも、車通学が出来ているのはアヤだけのおかげではない。オレ達四人が乗り込んだ車の運転席に座る優しそうな老男。中務なかつかささんのおかげでもある。


「中務さん、今日もよろしくお願いします」

「はい。シートベルトの着用をしっかりしてください」


 中務さん、というより中務家は代々二条家の執事やメイドを努める家系。もう一人の中務さんはとても怖い女子大学生なのは置いておこう。


「芽衣くん真ん中ね~」

「ちょっと、あたし奥座るんだから足引っ込ませなさいよ芽衣」

「じゃあ反対側のドアから入れば良いじゃん......」

「私は今日前で」

「じいや、全員揃ったわよ。今日もお願い」


 わーわーと盛り上がる車内で、ひときわ透き通るアヤの声。それと同時に中務さんが車を走らせる。

 朝は各家庭まで迎えに来て、帰りは学校から各家庭まで送る。アヤが居なければ登下校がこんなに優雅になることはなかっただろう。持つべきものは可愛くて優しくてお金持ちな幼馴染だな。


「そうだ、今日新しく展開してるスイーツ店で出すワッフルの試作をもらったのよ。良ければ皆で食べていかない?」


 嬉しそうな顔をしたアヤが後ろに座るオレ達を覗き込んでくる。

 新しく展開してるスイーツ店で出すワッフルの試作、とかいうおよそ一般人なら言うことがないであろう浮世離れした言葉。驚く者も断る者も居なかった。


「賛成」

「あたしも。食後の運動付き合ってもらうわよ、アヤ」

「小雪も食べたいです!」

「うん、じゃあ三人は来てくれて......もちろん、芽衣も来るわよね?」


 少し心配したような、だが期待したような顔でこちらを見てくるアヤ。こころなしか隣に座る湊も不安そうだが、フラグを立てて回収するつもり満々のオレが断るわけ無い。


「もちろん。楽しみだなぁ~、ワッフルわっほい!」

「ふふふ、そうね。私も楽しみよ!」

「出た、メイメイ語録」

「芽衣は子供ねぇ~」

「わっほいだね、芽衣くん!」


 三者三様、いや四人いるから四者四様か。ともかく、オレはこの四人の幼馴染と常に共に過ごしている。こんなラブコメすぎる日常を放置するなんてもったいない。


「やるぞ。ハーレム王に、オレはなるっ」


 小さく握りしめた拳。楽しそうに会話する四人の美少女達とを交互に見つめながら、決意を固めた-----ケツだけに。

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