第3話

 俺は考えてみた。


 スキルが発動し、対象が交換されたということは、

この世の理が釣り合うと判断されたといういことだ。


 全てを明らかにするためには、

釣り合った理由を提示する必要がある。

しかしそれは応じた人間にとってもっとも秘密にしておきたいことだろう。 


「スキルを使った時に相手と交渉したんだろう

そいつを連れてきて理由を聞くしかないんじゃないか」

 ハンナは当然のことを口にした。


「俺の場合は勝手に交渉するんだ。

相手は分からないし、内容もわからん」

 ハンナは食ってかかる。

「スキルが勝手に交渉するだと?

制御できないスキルは捕縛対象だぞ」

「釣り合いは世界の理が決めるし、

合意がなければ発動しない。スキルの特性上、暴走しても問題ない」

「……それはそうか。だがどうやって理由を説明する?

人を探し出して、身の上話でもするか?」

「そうだな。身辺調査みたいなもんだな。

交換したやつを探し出して、状況証拠を押さえるしかない」


 俺の元々の目はごく普通の人の目だ。

特別な状況じゃない限り魔眼と釣り合うものじゃない。

俺は訊いた。


「なあスキルが発動したのはいつ頃だったか」

 ハンナは顔をしかめて教えてくれる。

「私と契約を交わした後だ。ベンチでお前を引き倒した時だな」

「そうか。それよりも前に出会ったやつか」


会ったやつしか交渉できない。

その中で特殊な状況の人間か。


「ひとついいか?」

 他人事なので緊張感のないハンナは訊いた。

「お前の意にそぐわない交換がされることはないのか?

自分の意志で制御できないんだろう?」


 ある。と答えた

家族が死んだばかりで金がなかったときは、

肌身離さず持ち歩いてた母の形見が

一切れのパンと銅貨三枚に代わったことがあった。


 なくなった形見を探して、路地裏を進み、露店で売られているのを見つけた。

買い戻すための金などあるはずもなかった。

 それからジスと出会うまでの間は、その日の食べ物にも困るような生活だった

 司祭の家に生まれ父と母と妹に囲まれて幸せに暮らしていた。

10歳の時に初めてスキルをつかった。

特別なものなんじゃないかと期待して。

 森にあった黒い靄のような何か、と自身の何かを交換して、

それからしばらくしてわが家は破滅した。

俺の目の前で上級魔法によって家族の乗った馬車が爆散した。

詳しい事情はジスが知っているらしいが、面倒だから聞いていない

結果だけで十分だったからだ。

俺が原因で俺以外の愛する家族が死んだ。それだけだった。


 あの時誰と何を交換したんだろうか。

 ……余計なことを思い出した。

 俺は息を吐いて伸びをする。


「そういった時の発動条件みたいなものがあれば、

相手を絞りやすいんじゃないかと思ったんだが」

「さあな。何しろ3回だけしか発動してないからな。

とにかく今日交換されたんだ。一日をたどってみるしかない」


 ハンナに目を向ける。

「今日、何か特別な人を見たか」

「特別な人とは具体的になんだ?」

「思い浮かばないから聞いている。お前が見た中で特別っぽいやつだ」

 抽象的な人物像を、ジスが補足してくれた。

「大切な人と過ごしてる人や、環境が変わる人、でしょうか。

対価を差し出しても守りたいものがある人だと思うのです。

そんな人を見かけたか?」

「うーむ」


 守りたいものなど金以外にはないな、と思った。

しばらく待ってもハンナの答えが返ってこないので、

街へ何か探しに行こうと立ち上がった。


「待て!」

 と、ハンナは俺を引きとめた。

「祝福をしたぞ」

「何?」

「スキルを育てるために

祝福される人がいる場には積極的に顔を出すのだ」

「それはどこだ? ……いや」


 そう訊ねながら、俺は分かった気がした。

 ジスが俺の顔を見つめてきた。


「ヒスイ、何かわかったんですか」

 俺は荷物をまとめて立ち上がる。

人生の転機、祝福、その時に抱える事情。


「金になりそうなやつがいたんだ」

「どうして慌てているのです?」

「早くしないと終わっちまうからな」


 急ぎ足で広場に向かうと、披露宴が終盤に差し掛かっていた。

この水晶に誓います、と新婦が誓いの言葉を述べていた。

教義を守り幸せに暮らします、とこの先の幸せを信じて疑わない

笑顔で宣誓した。


「素敵ですがこれがどうしたのですか?」

「見ろ」


 花嫁と新郎が水晶に手を触れて、誓いのキスをしていた。

白いフワフワした猫が花嫁に寄り添い祝福をしていた。

暮れかけた陽が、二人と一匹を照らしていた。


「とりあえず依頼は完了だな」

「完了だと? どういうことだ?」


 困惑する二人をよそに、俺は花嫁たちを見る

今日初めて会ったのに、見慣れた瞳が俺を見つめていた。



俺は片付けはじめた披露宴をよそに、依頼の報告書を書いていた。


「実は祝福をした時から あの花嫁が怪しいと思っていたんだ。

潜入した魔族だったのだろう?」

「どう見ても人間だっただろ」


 俺としてはさっきの光景で一目瞭然だと思っていたが、

ハンナは驚きの声を上げた。

説明するほどのことでもないが、

報告書を書くついでに説明するのはいいだろう。


「じゃあ一体誰が持ち主でなぜ交換したんだ」

「理由は推測になるが、おそらくそばにいたかったからだろ。

正教会が純血主義とかいう教義を掲げているせいで

バレるのは時間の問題だからな」

「私も大体分かってはいたんだがな」

 というハンナの言い訳を聞き、

偉そうにするなと文句を言われたりもした。

 なるほど。


普段の生活で魔眼が明らかになることはほとんどない。

だが教会は違う。毎日洗礼は行われるし、入口を通るだけでも水晶に触れる。

鑑定のスキルを持つ者が出入りすることもあるだろう。


「教会では無理だ」

「逃れるためには、貴重なスキルを手放すしかなかったということか」


 ハンナがようやく合点がいったというふうに頷いた。

 おっとりとした口調でジスは言った。


「そんなときにヒスイと出会ったのですね」


 あの時、家族だと言っていた。いつも守ってくれる、と。

 

 教会に行く必要のある者で、 その中でお前と出会った者。

それは……


「あの猫ちゃんは花嫁の騎士だったのですね」

 ハンナは驚いた顔をしている。

こいつは意外と面白いやつなのかもしれない

「……お、お付きの侍女とかではないのか」


 白いふわふわの猫は、花嫁の横を離れずに周りに気を配っていた。

 そして行く先にある人や食べ物の匂いを嗅いでいた。

まるで本物の花嫁の騎士のように。

 あの白猫にとって、花嫁のそばがどんなものよりも価値があった。

その切実さで釣り合いが取れたのだろう。


花嫁の身の回りにどんな危険がのあるのかは

知らないが、遠い国の王族が隣にいたりするのだ。

どんなことでもあり得るだろう。

 あの白猫はすべて理解した上でそうしているのだ。

魔眼を失うとしてもそばで守れればそれでいいと思ったのだ。



 獣と人の禁じられた恋ですね。と呟いたのはジスだった。

報告書を渡した後、屋敷に帰るための竜車を取りに、

俺たちは学園まで歩いていた。 


「私にも覚えがあります。種族の差など越えられると思っていました。

でも、そこには高い壁があるのです」


 獣人や魔族の起源もそんなところにあるらしいと、

授業で習ったことがある。


「意外だな。お前にもそんな時期があったのか」

「ええ」

「俺にはよくわからんことだ」

「彼らは幸せになるのでしょうか」

「さあ どうだろうか」

 とにかくこれで依頼は達成だ。


 ハンナは遠くを見て呟いた。


「祝福に値する高潔な騎士の姿だった」


 それにしても、とハンナは言った。


「さすが金の亡者だな。金がかかると動きが早い」

「なんとでも言え。金がもらえれば大抵のことはするさ」


金のためならあの白猫のように魔族を捨てたっていい。


「私は立派だと思いますよ」


とても頼りにしています、

そう言ってジスが背伸びして俺の頭をなでる。

 

 俺は体を引いて、ジスの手から逃れる。


「不満ですか?」


 なでられてホッとしそうになった自分を破棄して

どうでもいいさ と答える


「よし。推薦状を書こう」

 ハンナは俺たちを見ていった。

「お前とジス様なら信用できる。

どんな状況になっても大丈夫な気がするのだ」


 誠実はどんな壁も貫く、と 母は私に言い聞かせた。

陥れられ、王宮から野に下るときもそう言っていた。

 ハナは俺に近づいて語り掛ける。


「それでは立ち行かないのだ。私は誠実でも敵は卑劣なのだ」

 

 額がつくぐらいに顔を近づけて言う。


「しばらくお前を監視することになるだろう」

 顔を近くで見るのはどうやらこいつの癖らしい。

 

「魔眼を持ち、今さっき異種族になったお前は要注意人物だからな」


 そのぐらいの条件はまあいいだろう。


「私は家族を捨てることができないし、卑劣にもなれないのだ」

 少し離れてうつむきハンナが言う。


「だから卑劣なことはお前に依頼することになるだろう」

「別にいいさ。金払いがよければな」


 ジスがハンナの頭を撫でる。


「わたくしからも頼ることもあると思います。

ヒスイ共々よろしくお願いしますね。ハンナさん」

「もちろんです」


 ハンナは顔を上げ、俺に向き直って言った。


「信頼できいる男であれば、魔眼持ち同士、婿候補にも入れてやろう。

期待しているぞ」


 ハンナは背を向けて帰っていった。


「わけのわからんことを」


 俺はそうつぶやくと、ひざから崩れ落ちた。


「魔力切れですか」

「ああ。もう動けないな。

だが今日は気分がいいからここで寝る。放っておいてくれ」

 学園のそばの道で横になる俺を見て、またそんなことを、

とジスは呆れたように笑う。

 

 屋敷へ向かうころには日はすっかり暮れていた。

帰り道は人通りが少なく静かだ。

 俺はジスに引きずられて竜車のところまで行き、

地竜に乗せられて帰っていた。

歩きたい気分だと言って、ジスは地竜の隣を歩いている。

横を向くと少し下にジスの頭がある。


 ジスがふと俺を見上げた。

「いい日でしたね。ハンナさんもいい人そうでした」


 俺は地竜に揺られたまま答える。

「めんどくさそうだがな」

「あの白猫さんと花嫁さんは幸せになれるでしょうか」

「どうだろうな。そもそも間者の可能性もあるからな」

「そんな寂しいことを言わないでください」

 ジスは唇を尖らせる。

「恋物語の方が素敵じゃないですか」


 今日は満月で夜でも明るかった。


「あっ」

 屋敷のそばの平原でジスは声を上げた。


「私が占いで見たのはこの月夜でした」

「そうか」

「そして言ったのです。仲間が一人増えましたねって。

運命の出会いでしたねって」


 俺は月に照らされて笑うジスを見つめた。

ジスは楽しそうに耳をぴょこぴょこさせている。


「ヒスイは言いました。面倒なのが増えただけだって。

金さえもらえればどうでもいいがなって」

「ああ。まさにそう思っていたところだ」


 もう少し歩けば屋敷につくだろう。

明日もいい日になるといいですね とジスは言い、

どうだかな、と俺は言ってジスを見る。


 隣を歩く少女は、未来を見ては一喜一憂しているのだろう。

ジスが何を考えて俺に良くしてくれるのか知らないが、

結局、こいつの占いは当たる。

俺がどうなるかはこいつ次第なのだ。


「まあ、金されもらえればどうでもいいがな」


 隣で楽しそうに尻尾が揺れた。

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何でも屋ヒスイの占い生活 たなかもひろ @hgtamanegi

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