第2話

 窓の外から訓練生のかけ声が聞こえてくる。

僕は委員に与えられている個室に連れてこられた。

どうやらハナは逃がす気はないらしい。


 俺は抵抗することを諦めて、

おとなしくハンナの向かいの椅子に座った。

立ったまま、ハンナは「どうしてくれよう」と、つぶやき、


「生きて返すわけにはいかないな」


と、物騒なことを言い出した。

ミスしたことをなかったことにしようとしてるな、コイツ。

こういう時は自分の身は自分で守らなくてはいけない。

面倒事にはかかわりたくないというのに。


「お前が勝手に言っただけだ

秘密を知ろうとしたわけじゃないし、洩らす気もない」


 と俺は言うと


「誤解するような事態を引き起こしたお前が悪いんだからな。

わざとやったとしたら巧妙な罠だぞ」


 とハンナは目をウロウロさせながら、責任を押し付けてくる。


「契約書に秘密を洩らさないことを追加すればいいだろ」


「……」


 ハンナは黙って契約書を出して、新しく書きこんでいく。


「次に変なことをしたら有り金全て巻き上げてやるからな」


「自分から秘密を暴露した場合の罰則も書いておけ」


「ぐぅ」


 顔を赤くしているハナを無視して、契約書にサインをする。

 なんとなしに入口の窓に目をやると、窓から猫の耳が覗いていた。


「頭かくして耳隠さずだな」


 ハンナが素早く振り返って、ドアを開け、

窓の外にいた人物を羽交い絞めにした。

おとなしく持ち上げられて運ばれる人物と俺は目が合った。

照れたような笑顔で運ばれる、きれいな髪と豪華なドレス。

その人は俺に向かって笑いかける。


「ばれてしましました」


 運ばれてきたのは今朝と変わらない服装のジスだった。

ハンナは羽交い絞めにしたまま困惑した表情だ。


「契約は順調ですか?」


 盗み聞きなどなかったようにジスは言った。


「見ての通りだ」


「順調そうでよかったです」


「ジス様 何しに来たのですか?」 


「心配でついてきてしまいました」


 またかとひとり呟く。心配だ、とついてきては楽しそうに

成り行きを見ている。それがジスの最近のマイブームらしいのだ。


「子供扱いするな」


「ハンナさんとずいぶん密着して個室に入っていったのが心配で。

異性間交友はまだ早いと思いますよ」


「な、な、何を言って……」


 ハンナは顔を赤くしてうろたえている。


「どこから後をつけてきた」


「ベンチで顔を近づけているところからです。

ヒスイもお年頃ですね」


 ジスは甘やかすように言う。

俺は溜息をつく。子供扱いに加えて過保護だ。

ジスは笑顔で見つめてきて、ハンナはさっきから困惑したままだ。


「ふ、不純なことはありません」


 持ち直した様子のハンナは言う。


「魔眼を所持していたため連行したまでです。

スキルが登録されてなかったので。申告違反は収監ですから」


 ハンナは言い、毅然とした態度でジスに相対する。

さすが風紀委員。修羅場をくぐっているだけに立ち直りが早い。


「キスをしているように見えるくらい近い距離で話していました」


「そ、それは……」


 またオロオロとうろたえ始めた。


「からかうのはやめろ。話した進まん」


「可愛らしい方です」


 とジスは朗らかに笑った。

ハンナは緊張が抜けたのか、ほっと一息ついている。

可愛いものをつっついて遊ぶのは猫人族の特徴なのだろうか。


 いつもの食卓でそうするように、俺の横にジスは座った。

この場の主導権を握った様子のジスが話し始める。


「二人とも非常に可愛らしくて好きです。

そんな二人に仲良くしてもらいたいのです」


 ジスは俺たちを交互に見る。


「ということでわたくしが取り持ちましょう」


 そして勝手に紹介をはじめる。


「こちらは何でも屋のヒスイ。私の相棒ですね。

こちらはさっき知ったと思いますが半吸血鬼のハンナさん。

伯爵家の養子で実のご両親は遠い国の王族なのです。

これは秘密ですよ」


 ジスは世話好きな、世間知らずのお嬢様に見えても中身は違う。


「な、なぜ知っているのですか」


「あなたの義理の両親が私の家のより子で、

異種族に寛容な方でまとめ役をしてくれているのです。

わが子のようにかわいいので、よろしく頼むと言われています」


 ジスは朗らかに笑う。


「わたくしともぜひ仲良くしてください」


 ジスはさぁ、というように胸の前で手を合わせる。


「すれ違いは損ですよ。ヒスイ」


「俺は金がもらえれば何でもいいが」


「ハンナさんに行き違いがないようにしたいのです。

何があったか説明していただけますね」


 ジスが首をつっこむときは終わるまで

帰れないことを知っていたので、

俺はさっき起きたことを淡々と説明した。




 なるほど。そういうことですか、と

ジスは顎に手を当てて呟く。


「魔眼を所持しているなんて初耳ですね」


「見逃してくれればいい話だ」


「馬鹿か。見逃せるわけがないだろう」


 ハンナは目をつぶって息を吐く。


「魔眼の管理は特に厳しいですからね。

実力差を覆しうるスキルですし、精神支配系の魔眼を悪用すれば

地位の高い人ほど危険ですから」


「危険度が高いのもあって、隠していたとなれば関係者も

犯罪奴隷に落とされる可能性があるんだからな」


「ですから駒としてはとても強力です。

誰にも知られていない魔眼なんてすばらしいですね。

もちろん能力によりますけど」 


 ジスの怪しい発言を無視して、

俺は疑問を口にする。


「さっき見た瞳の色、嘘が分かる眼

それも魔眼じゃないか?」


「彼女の魔眼は申請されているものですよ」

 

「私のは魔眼といっても特別な能力はない。

目がよく見える程度のものだ。嘘が分かるほど細部がよく見えるだけ。

検証も受けて、学園長に許可証をもらっている」


「検証を受けるだけで許可がもらえるなら

俺もそれで頼む。捕まるよりましだ」


「風紀委員として学園長に渡りをつける

ことはできるが、

私はお前のことを全く推薦する気がないからな」


 ハンナは胸を張って宣言する。

俺はジスを見てみる。

ジスは俺たちのやりとりを微笑んで見守るだけだ。

 どうにかしてくれる気はないらしい。


 まあいい。俺は咳払いをする。


「能力の検証もしなくちゃならんし、

ジスのコネで何とかなるだろ」


 荷物をまとめ出て行こうとすると、また首根っこをつかまれた。

 ハンナが素早く俺の顔を両手で挟み、顔を近づける。


「お前は馬鹿なのか」


「なんだ?」


「今、私の監視下を外れたら即逮捕だぞ」


 彼女はスキルを隠していた今の状況が罪になるのだという。


「むしろなぜ隠しておけたのかが疑問だな。

入学式で水晶に触れただろう」


 正教会の独占する魔道具で、

異種族である部分が浮かび上がるようになっている。

重要なドアの前などはセキュリティとして置いてあるものだ。


「10歳の洗礼や正教会式の結婚式でも触れる。

この学園だけでも度々触れる機会があるんだ。

隠し通せるはずがない」


「だから、隠してないんだ」


「どういうことだ」


「スキルだ。「交換」

今さっき俺の目と魔眼を交換したらしい」


 ハンナの切れ長の瞳が大きく見開かれ、

またにらむように細められる。


「「交換」だと?」


 顔をさらに近づけて目を覗いてくる。


「近いぞ」


「交換スキルには相手との合意が必要なはずだぞ。

世界の理による釣り合いも作用する。

等価であると世界が認めなけれは発動しない死にスキルだ」


「そうだな。実際発動したのは生まれてから3回目だし」


「不純異性交遊ですよ」


 ジスの手が割り込んで、間近にあったハナの顔から

俺を遠ざけた。


「隠していたわけじゃないし、今手に入ったばかりだぞ。

これでも逮捕されたらたまったもんじゃない」


「だとしても、経緯を説明できなければ逮捕は免れないな」


 ジスは面白がって見ているだけだ。


「おい。どうする?」 


 結構ピンチみたいだが。


「説明すればいいのです」


 ジスは当然のように言う。


「私を納得させられなければ即逮捕だがな」


 相変わらず偉そうだ。


「そうですね」


 ジスは頷いて俺に笑いかける。


「疑問をさしはさむ余地がないほど

すべてをつまびらかにすればいいのですよね」


 俺の頭をぽんぽんと触れる。


「依頼を出しましょう。

ヒスイにはやる気になってもらわないと」


 そう呟いて、さっさと契約書の作成をはじめる。


「あなたがいなくなると困りますので。

この事態の解決を依頼します。報酬はいつも通りで」


「……話が分かるな」


 面倒だという気持ちが、

金がもらえるということですべて解消されていく。


「こんな状況でも金がないと動かんのか」


「ああ。世の中金で買えないものはない」


 では改めて、と、ジスは言う


「魔眼を手放した人とその理由を明らかにしてください」


 俺は考える。

その魔眼は、いくら金を積まれても手に入らない貴重品で、

交換に応じるには世界の理が許すほど切実な願いが必要だ。

魔眼を手放してまで欲しいものは何だろうか。

釣り合いがとれるものは何か。

俺には見当もつかない。

それほどまでに欲しい幸福とは何か。


「まあいい。単純に考えるか」


分からないことは一旦置いて、できることから片付けで行こう。

ジスは微笑んだままで頼りにはならないだろう。


「交換したわけなどどうやって知るのだ?」


 ハンナは怪訝な顔をしている。


「大丈夫です」


 ジスは胸を張って宣言する。


「彼はよくできる人なので。普段は面倒くさがりですが

お金を払えば本当によくできる人なのです」


 その通り。俺は金さえもらえればよくできる人なのだ。

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