何でも屋ヒスイの占い生活

たなかもひろ

第1話

 ジスが占いを終えて館から出てきたとき、

俺はすぐ隣にある竜舎で、地竜に餌をやっていた。

依頼で、この家の雑用とジスの送迎を請け負っている。

金さえもらえればどんな依頼もこなす何でも屋が、俺の仕事だ。


「終わったか」


 雑用でも依頼であれば楽しいもんだと思いながら 

干し草で寝床を整え、地竜をなでていると、

ジスが竜舎に顔を出した。


「おはようございます」


と言って、少し汗ばんだ姿のジスが顔を出す。

ジスはおしとやかなで優雅なたたずまいで、

猫人族の特徴である頭に生えた耳と尻尾だけが活発に動く。


「ヒスイ、今日はいい日になりそうですよ」


 尻尾を揺らしてジスはそう言い、そりゃよかった、と、俺はこたえる。

ジスは柵の中に入ってきて地竜をなでて、

ついでに隣にいた俺の頭をなでた。


 未来視に近い、希少な占いのスキルを持つ公爵令嬢は、

どんな未来が見えたのか知らないが出会って以来、

孫を可愛がるように俺の世話を焼いてくる。

ジスのスキルによる影響力と、それを裏付ける努力は認めているが、

過保護に近い可愛がり方はやめてもらいたいものだ。


「なでるのはやめろ」


 と、俺が言うと、

ジスはなでるのをやめ、頭に手を置いたまま言う。


「運命の出会いがある。そう見えました。

あなたも大人になりましたね」


「年はお前と変わらんだろ」


 そう文句を言う俺に、ジスは楽しそうに笑いかける。

俺は呆れてため息をつく。


「孫を見るような目で見るな」


 草の匂いのする竜舎の中で、ジスだけは甘く優雅で、

俺はその場違いな存在感にまたため息が出る。

俺はジスから離れる。

金払いはいいが、過保護だけはいただけない。


「今日は送迎はいいので街へ行ってください。

待ち人がいるみたいです」


 占いに従うのは依頼ではないので金にならない。

しかしここで断ると、土の上に体を投げ出しすすり泣きながら、

そんな風に育てた私が悪いのです、と嘆き散らかすのだ

それに、ジスの占いには大層金がかかる。

使わなければもったいない。

金にならないくせにもったいないのだ。憎たらしい。


 さっさと出かける準備を始めると、

ジスは満足そうに頷いた。


 出店が出ている、人通りの多い道を、俺は歩いていた。

適当にぶらついて、学園へ行ってみることにする。

どうせ当てなどないのだ。

人の多そうな所へ行ってみるしかない。

ちょうど清掃依頼も入っていたところだ。


「スキルを持つ者はすべからく入学すべし」

 入学資格はその一点のみという、俺も所属しているこの学園は

、スキルを持つ者がスキルを学び育むための学園であり、

都市のスキル持ちの貴族が一同に会する権力の縮図である。

俺は早々に卒業を諦め授業にも参加していない。

なにせ授業は金にならないのだ。


 学園への近道である教会裏の路地を歩く。

教会の裏手にあるブランコに、ぽつんと花嫁姿の女性が座っていた。

俺たちは目が合って、視線をそらさなかった。


 もしやこれが運命の出会いだろうかと思い、

待ち人がいるか、

と尋ねると首を横に振った。

いかにも事情のありそうだし、

依頼がありそうな気がするのだが、占いを優先することにする


 校門の前につくと、

豪華な馬車が行きかっていた。

その横を抜けて受付に向かう。

スキルを持つ者はほとんどが貴族で一般の学生はほとんどいない。

当然学生寮を使う人がほとんどいないので、清掃は楽な仕事だ。

受付に依頼書を提示して、

学生寮へ歩いていく。 


 しばらく歩くと、ヒスイ、と呼びかける声が聞こえた。

背後から、それほど遠くない距離で。


 知り合いか? いや俺の名前を呼ぶ人など

学園にはジス以外にいない。

無視して進むとそいつはにゅっと目の前に現れた。


 顔の間近に女の顔があった。


 なぜ無視する、と、女は言った。

見覚えがある、ジスに渡された依頼書に写真があったはず。

クラスメイトで風紀委員の、確か…


「ハナ=グラントだ」


そんな名前だった。

欲しい人材の確保という依頼の中にその名前があったことを、

俺は思い出した。

「人材の確保をジス様に依頼していたのだ」


それで俺を紹介されたということか


「何でも屋で口の堅いやつがいると聞いている」


「なるほど」


 こいつを自分の陣営に引き入れろということか。

祝福と、博学というスキルを持つ

国でも数えるほどしかいないダブルホルダーだという。


「風紀委員をしていて、正教会に所属している。

趣味は人を祝うことと未知の探求だ」


「ふむ」


正教会は純血を守ることを教義としている。

何でも屋に頼む依頼というと異種族に関連することだろうか。


「まぁ座れ」


 ハナは言い、俺たちは運動場のそばのベンチに腰掛ける。

授業がない日なのか、運動場の周りには人っ子一人いない。 

ハナは、腰に下げた剣を立てかけ、長い髪を後ろで一つに結んで、

切れ長の目で俺を見つめる。

所作に隙がなく、自然体で 戦えば十中八九俺が負ける。


「で?」


 ハナは顔を近づけ、俺の目をまっすぐに覗き込むと、

楽しそうな目つきをした。


「どうだ? 欲しくなったか? 私は優秀だろう?」


 依頼書の人物評では性格はともかく強くて優秀で、

最重要人物とされていたはず。その分報酬もうまい。


「そうみたいだな」


 俺は微笑んで答えて、


「お前はうちに欲しいらしい」

 と言った。 


「腹の探り合いは苦手だ

お前は金さえ払えばなんでもするんだろう」


「そうだな。面倒な依頼でないなら

金が積まれればそれなりのことはするさ」


 際どい依頼も報酬によっては引き受ける。


「事情がある。私は教会では味方を募れないのだ。

しかし、さすがの私でもこれ以上は一人では難しい」


「で、やむを得ず人を雇うことにした、と」


「ジス様と盟約を取り付けた。

そちらの陣営に与する代わりに

お前に自由に依頼していい、と」


「なるほど」


「秘密は洩らさない。成功報酬は弾む。

あとはお前次第だ」


 ハナは魔術でつくった契約書を渡してくる。


「話がついてるならそれでいいさ。

依頼はシンプルだと助かる」


 と言って、契約書にサインをして返す。

 

 ハナは契約の魔術を発動し、俺の手に刻印がされた。

破ればこの刻印に焼かれ続け、痛みに苦しみ続けることになる。


「こちらの事情を何も聞かずにサインするんだな」

 

 ハナは俺を見つめてくる。

 

「ジスがいいなら、問題は金がもらえるかどうかだけだ」


 とこたえた。

答えても、ハナは観察するように見つめたままだ


 何かを探すように瞳をのぞいている。

スキルで何かをさぐっているのだろうか。

ハナは訝しげに俺を見たまま、言う


「どんな依頼でもこなす凄腕だと聞いているが

そうは見えないな」


 俺はため息をついて言った。

「ジスはいつも俺を買いかぶる

孫を人に自慢するみたいなもんだ」


「ふむ。どうもお前が信用ならん」

 

 ハナは言い、契約書を大切にポケットにしまう。


「ジス様のことは信頼している。

聡明で、同年代にもかかわらず社交界でも通用する影響力を持ち、

なによりとてもかわいいからな」


「あんなのは背伸びした子供だぞ」


 ともかく、とハナはさえぎる。

「お前は信用はしてない。仕事上で私に嘘だけはつくな」

 

 ハナは顔を近づけて瞳をのぞく。


「秘密を探ろうともするな」と忠告する。


「お前を足掛かりにして私がジス様の右腕になるのだ。

そしてあんなことやこんなことをするのだ」


 俺が反論する隙を与えぬよう続けて、

邪魔をするなよ! と言った。


「近いぞ」


 すぐ目の前にいるジスから身を引いて


「勝手にすればいい」


 と言った。

溜息を吐いて、目をそらす。


「あんなことやこんなことに興味はないし、

情報も別にいらん。面倒事が増えるだけで割に合わんからな」


 ハナはまだ俺の瞳を覗こうと回り込んでくる。


「お前は金の為なら何でもする外道だろう」


「依頼をこなして金を稼ぐのが性に合ってるだけだ。

シンプルでいいだろうが」


 ジスの依頼も荷物を運べと言われたら中身を聞かずに運んでいる。

面倒事は知らないに限る。


 ハナはそれについて少し考えて、

まあいい、と言った。

「とにかく依頼を何も聞かずにこなせ」


「俺もお前の面倒事にも深くかかわる気はないさ」


 と言い、


 しかしこの女自体が既に面倒事なのかもしれないとも思った。

それは考えても仕方がないことか


 とにかく、これがジスの言っていた運命の出会いなら

今日の任務は完了だ。報酬がもらえるならそれで良しとしよう。


 これ以上用事もなさそうだ。


「依頼はジスを通してしてくれ。俺は帰るぞ」


「ふむ。あとで依頼を出そう」


「そうしてくれ」


 バックを背負って、立ち上がる

まだ清掃依頼に行く途中だった。

 

 俺はハナに背を向ける。


「別の依頼があるから俺は行くぞ」


「ああ」

 

 そして、寮へ向かって歩き出す。


 いや歩き出そうとしたところで、

俺はハナに後ろから襟首を持たれて引き倒された。


「ぐあ」

 俺は声にならない声を上げた。


「ちょっと待て」


 ベンチに後ろ向きで倒されると、

覆いかぶさるようにハナの顔が目の前にあった。


「今、何をした?」


「何のことだ?」


「今、スキルをつかっただろう」


 使ってない、が心当たりはある。

俺の意思と関係なく、勝手に発動するスキルがあるのだ。

 

 俺はタイミングの悪さにため息をつき、言った。


「説明しづらいが害はないから見逃してくれ」


 ハナは、答えなかった。

俺の顔を両手で挟み、獲物を狩るような目でじっと見つめる。


「見逃すわけがないだろう。私は風紀委員だぞ」


「仕事熱心なことだな」


「私のスキルは嘘を看破できる。発動したスキルの詳細と目的を言え。

私に何かしたのなら契約はなしだ。今ここで逮捕拘束する」


「俺は何もしていない。勝手に発動したんだ

目的なんかない」


 ハナの表情が険しくなる。


「そうか。確かめてやる」


 瞳に力が入り、目の色が変わる。

顔をつかむ手に力が入り、どんどん顔を近づけてくる。


「おい近いぞ」


 見つめていると、ハナの目が驚いたように見開かれた。


「お前のその眼、さっきまでは人の目だったはずだが」


「? 今度はなんだ?」


「……まさか同族か?」


 戸惑うハナを見て俺は面倒事に巻き込まれたことを悟る。

……同族? こいつ人族じゃないのか。


「なっ! 秘密は探るなと言っただろう」

 

 心まで読めるのか。

 

 「なっ」


「お前が言ったんだ。俺は知りたくもないのに」


「これは両親と司祭と学園長にしか話していない

秘密を知ったからには……」

 

 ハナの顔が迫る。

 

「逃すわけにはいかないな」

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