第6話 コロビー死す

 俺の番が来るまで他の受験生の試合を見学していたのだが、……正直に言ってレベルが低いと思った。

 

 いや、確かに入学前の彼らにそんなことを言うのは酷かもしれないが、特に剣術は目も当てられないほどだ。互いに魔剣を交換しているとしても限度があるだろう。

 うちの師匠が見たら皆殺しにしそうだな……。


 とは言っても、そんな中にも才能を持った人はちらほら混ざっている。


 特に今戦っている金髪の女の子なんかは頭一つ抜けた実力者だ。

 相手との間合いの取り方や、剣を振る時の予備動作の少なさ、フェイントのかけ方に加え、魔法を使うタイミングも絶妙。

 初めて持ったはずの魔剣も、難なく使いこなしている。対戦相手の方がかわいそうに思えてくるほどだ。


 まあ、そんな興味を惹かれるような試合は稀で、そろそろ観戦するのにも飽きてきたなーと思ったタイミングで、俺の番が回ってきた。


 観覧席から立ち上がると、周囲の受験者の視線が集まるのが分かった。

 そりゃあそうだ。こんなボロ雑巾を纏ったような姿で、明らかに周りから浮いている人間に注目が集まるのは当然だろう。


 だが、それでいい。

 それだけ多くの人が、俺がコロビーをボコボコにする様を見ることになるのだから。


 〇


「はあ……。ルールだから仕方なく貸すけど、絶対に粗末に扱うんじゃないぞ。僕の宝剣ジュエリーは君のと違って高名な職人に作らせた一級品なんだから」


「……安心しろ。剣の扱いなら少なくともお前よりは長けている」


「チッ、……まあいい。すぐに実力でねじ伏せてやる」


 不快そうに俺を睨みつけるコロビーとお互いの魔剣を交換した後、周囲から一段高くなっている石製のフィールドの指定された位置に立った。


 観覧席には他の受験生だけでなく、制服を着た在校生らしき人たちもいて、こちらを見下ろしている。


「……ただ今より、受験番号444番コロビー・オチールと666番アン・ノウンに模擬戦闘を開始する。戦闘の終了はどちらかが降参した場合、もしくは試験官である私の判断、その他やむを得ない特殊な事情でのみ認められるものとする。――――それでは両者、構え」


 試験官の合図と共に、俺とコロビーは剣を鞘から抜き、正面に構える。

 重々しい空気が二人の間に流れ、周囲も息をのむような沈黙に包まれている。


「――――はじめ!!」


「はああああああああああああ!!!」


 開始と同時にコロビーが俺に接近し、飛び掛かる。

 そして剣を大きく振りかぶって、縦に降ろした。


 だが遅い。

 最小限の動きでそれをかわし、隙だらけのコロビーの腹を蹴り上げた。


「ぐあっ!?」


 コロビーは小さく吹き飛んだが、すぐさま立ち上がり俺に斬りかかる。


 そして何度も剣をぶつけ合うが、コロビーの動きはどこかぎこちない。


「……どうした?動きが鈍いぞ?」


 俺が挑発すると、コロビーは声を荒げる。


「うるさい!調子に乗るな!!」


 しかし、コロビーの不自然な動作はそのままだった。

 さらに時折「ファイアブレイド!」とか「ウィンドスラッシュ!」などと叫んでいるのだが、何も起きない。

 フェイントかなにかかと思ったが、タイミング的にもそうとは考えにくい。


 そしてその後、何度目かも分からない斬撃を受け流すと、コロビーは俯いて肩で息をしながらその場に静止した。そして…………。



「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「!!!!?!?」


 突然、目の前のコロビーが発狂したのだ。


「ああああああ!!なんっなんだよ、この魔剣はあああッ!?クソ重くてまともに振れねえし、微塵も魔力が通らねえじゃねえかよおおおおおおおおおおおお!!!もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 顔を真っ赤にしながら絶叫するコロビー。

 その様子はもはや狂気的ですらある。


 ……実は、なんとなくこいつの言いたいことは理解できる。

 なぜならば、コロビーから渡されたなんちゃらジュエリーという魔剣はめちゃくちゃ軽いからだ。


 体感的には俺の銅剣の10分の1ぐらいの重さに感じる。おそらく軽くなるような魔法かなにかが込められているのだろう。

 ということはつまり、逆に言えばコロビーは普段の10倍重い剣を使っているということになる。そりゃあ、あれだけ動きも遅くなるだろう。


「お前っ卑怯だぞ!この僕にこんなクソみたいな魔剣をつかませるなんて!!……こんなっ、こんな試合が認められると思っているのかああ!!?」


 ……全くおっしゃる通りです。

 しかし、こちらとしては今更そんなことを言われても困る。だって実際使ってる魔剣がそれなんだもん。


「……ふん。貴様ごときの実力では、俺の魔剣の力は引き出せないというだけの話だろう」


「なあああああんだとおおおおおおおおおおおおお!!?」


 完全に火に油を注いでしまったが、とはいえ事実である。

 だいたい、最もベーシックな銅の剣を扱えないで剣士を名乗ろうなんて片腹が痛いにもほどがある。

 うん、そうだ。俺はなにも悪くない。


 しかし、このまま大衆の面前で無様を晒し続けさせるのも、流石にざまーみろ!を超えてかわいそうになってきた頃合いだ。

 最後に軽く魔法攻撃で脅して、幕引きとしようじゃないか。


「……貴様の実力は十分に分かった。そして、これ以上戦う必要がないこともな。……最後に……この一撃をもって、引導を渡してやろう」


 というカッコよいセリフと共に剣に少量の魔力を宿す。

 すると装飾の宝石がキラキラと輝き始めたのだ。

 すごい、高級品ともなるとこんなオシャレ機能まで付いているのか。


「お、おいお前……。なんだ、その輝きは……!?」


 驚いた様子でコロビーが言った。


 なんだ、お前が知らないのかよ。

 いや、俺も自分の持ってたスマホの知らない機能とかいっぱいあったし、責められる立場じゃないけどさ……。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


「……圧倒的な力の差を前に絶望するがいい。……喰らえ、ウルティメイトシャイニング、る、ろんぐ?え、あ、あーだこーだスラああああああああッシュ!!!」


 俺はそう叫びながら魔力の籠った剣を振った。

 もちろんコロビーに当てるつもりはない。

 少し脅して、戦意を喪失してもらおう……そう考えていたのだが。



 ズガアアアアアアアアああああああああああああああああああン!!!!

 ドンガラガッシャん、ガッシャンシャン!!!!

 メキっ!メキョメキョバキッ!!!

 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!

 ゴロゴロゴロゴロ!!ズシャん!!ボボ!!

 ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!



「………………は?」


 剣から放たれた光輝く魔力が炸裂し、とてつもない音を立ててフィールドを破壊。それどころか観客席の一部まで崩壊させた。

 幸い攻撃の直線上に人がいなかったため、ケガ人などはいないようだが、周りはパニック状態だ。


 いやいやいや!待ってくれ!!

 俺はただフィールドに少し傷をつけるくらいのつもりで、普段通りちゃんと加減をして魔力を込めたはずだ!!


 もしかして、いつもと魔剣が違うからか?

 このなんちゃらジュエリーが魔力を通しやすいから、同じ魔力量でもこんなとんでもない威力を発揮したということなのか?


 ……だとしたら俺の剣って、どんだけ使いにくいんだよ……。



「……ヒッ」


 尋常じゃない威力の魔力がすぐ横を通ったコロビーは、短く悲鳴を漏らしてその場に膝から崩れ落ちた。

 そして、コロビーの股間部分がじんわりと灰色に染まっていく。


 ……うん。戦意は喪失したみたいだな。



「そ、そこまで!試合終了だ!!」


 ようやっと試験官が試合の終了を告げた。


 その後、お互いの魔剣を返却し控室に戻ることとなったのだが、その間、コロビーは一言も喋ることはなく、ただ魂の抜けたような表情を浮かべていた。


 俺はこの試合を通して、一つ重大な学びを得ることができた。


 ……それは、やっぱり道具は使い慣れたものがイチバン、ということだ。




 ●

 あとがき


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