第2話 厨二病

 先に白状しておくと、この俺、アン・ノウンは転生者である。


 ……ちなみに転生前の名前は斎藤健司です。

 高校からの帰り道に、信号無視の大型トラックに轢かれた俺は気が付くと異世界に転生したという経緯だ。


 そして俺という人物を説明する際にもう一つ付け加えなければならないことがある。


 ……それは、かなりの厨二病であるということだ。


 特に漫画やアニメに出てくる主人公のライバル的ポジションのキャラが、闇堕ちして悪の力に手を染め、その巨大な力の代償にもがき苦しむシチュエーションに燃える。もちろん転生前は内心に留めて置くだけで、特に日頃からイタい言動をしていたわけではないんだけれど……。


 しかし、異世界ではそんな我慢は必要ない。

 実際に魔法という概念があるせいか、この世界の人たちは俺の厨二話を真剣に受け止めてくれるし、馬鹿にすることもない。

 その心地よさと言ったらもう、何物にも代えがたい快感である。


 というわけで俺は、せっかくなのでそういう設定で異世界を楽しむことにした。

 具体的には、邪悪なる伝説の魔剣に魅入られた流浪の剣士で、魔剣を振るえば振るう程、自らの身体を闇の魔力が蝕んでいく、という感じだ。


 もちろん単なる設定なので、俺が今持っているのは伝説の魔剣なんかではなく、武器屋で一番安かった銅の剣だ。身体を蝕んだりはしない。


 市販のものとバレてはいけないので、追加料金を払って、剣の柄の部分にちょっとした模様を刻んでもらったのだが、それは個人的に結構気に入っている。


 本当は本物の魔剣を手に入れることができれば良かったんだけど……、そんなものがどこにあるのか全然知らないし……。


 とにかく、色々あって今はギルド所属の冒険者として、なんだかんだ楽しく暮らしています。


 〇


「おい、テメエがB級冒険者のアン・ノウンか?」


「……ん?」


 俺がギルドの酒場で食事をとっていると、不意に後ろから声を掛けられた。

 振り向くとそこにいたのは、丸太のような腕をして、全身が黒い毛で覆われた大男だった。見覚えはない。


「……誰だ貴様」


 俺が尋ねると、男はフンと鼻を鳴らした。


「知らないふりか?生意気だな。A級冒険者、剛腕のホネブトだ。この辺じゃ知らねえやつはいないほど名の知れた冒険者なんだがな」


「……そうか」


 自分で言うか。この街に来て半年ぐらい経つけど聞いたこともないぞ。

 いや、聞いたけど覚えてないだけかもしれないが……。


「まあいい。本題はこっからだ」


 そう言うと少し苛立った様子で、ホネブトはテーブルを挟んで向かい側に座ってきた。


「……テメエ、エターナルウロボロスを討伐したってのは本当か?」


 神妙な顔で尋ねてきた。


 エターナルウロボロスというのは、確か先日洞窟で倒したでっかいドラゴンのことだろう。

 やたら名前がかっこいいのに加え、あの日は討伐の後帰ろうとしたら救援を呼ぶように頼まれたので印象に残っている。


「……ああ」


 俺が素直に答えると、ホネブトは重ねて聞いてきた。


「……B級冒険者のお前が、S級ダンジョンのボスモンスターを、他のS級冒険者を差し置いて倒したっていうのか?」


 そういえばあそこにいた人たちはS級の冒険者だったという話を後から聞いた記憶がある。こっぴどくやられたようだけど、命に別状はなかったらしいので良かった。


「……ああ、そうだ」


 そう答えると、ホネブトの顔色が急変した。


「そんなわけがねえだろうがあああっ!!!」


 ホネブトは突然怒号を上げると、力任せにテーブルをひっくり返した。

 料理の乗った皿が吹き飛び、あたりがめちゃくちゃになる。


 大きな音に驚いた他の冒険者やスタッフの視線が一斉にこちらに集まる。


 ……え?急にどうした?こわ。


「B級のテメエが、S級でも手こずるような相手に勝てるわけがねえだろうがあ!!報酬欲しさに適当なウソ言ってんじゃねえぞごらああっ!!」


 喚き散らすホネブト。唾が飛んで汚い。


 なるほどな。自分より格下の冒険者が活躍したのが気に入らないわけだ。

 そんなこと言われても別に俺が言いふらしてるわけじゃないし……。それに証言したのはあのS級の冒険者パーティーのはずなんだけどな。


 しかし、こういうタイプの人を冷静に説得しようとしても無駄だろう。

 逆に火に油を注ぐことになりかねない。


 だが安心するといい。

 こういうときの対処法を、俺はばっちり身に着けているからだ。


「さっさとウソを認めやがれこの雑魚が!この場で俺様に殺されたくないならなあ!!」


 怒り狂うホネブトがしっかりとこちらを見ているのを確認して、俺はその「対処法」を実行する。


「……ぐ、ぐうっ、ぐあはあああああああああああああああっ!!!」


 俺は絶叫と共に、その場に倒れこんだ。


「ああんっ!?」


 ホネブトはひるんだ様子で俺を見下ろした。

 いいぞ、だがまだまだ終わりじゃない。


「ぐっああああああああ!!右腕がああああああ!!あと左目とかもおおおおおおおお!!」


「な、なんだあ……!?」


 苦悶の表情を浮かべて床を転がりまわる俺を見て、ホネブトは目を丸くしている。

 ここからさらにヒートアップさせる。


「い、今すぐ俺から離れるんだあああああ!!俺が、俺でなくなる前にいいい!!さもなくば、全員死んでしまうぞおおおおおおおお!!!」


「なんなんだよこれは!?」


 俺の叫びを聞いてギルド内がざわつき始める。

 よしよし、極めつけはこうだ。


「きゃーっ!地震よ!!」


 と、誰かが叫んだ。ギルドの建物がぐらぐらと揺れている。

 もちろん、俺が魔法で起こした演出である。こうなると、その場の全員が大騒ぎだ。


「は、早く逃げろおおおおおおお!!俺がっ、俺が魔剣の力を抑えているうちにいいいいいいいい!!」


 俺は必死に自分の銅の剣を握りしめる演技をした。

 それを見た大勢の冒険者やスタッフたちが、悲鳴を上げながら建物の外へ向かう。


 さながらゾンビ映画並みの大パニックだ。


「こ、こいつはやべえっ!!近づいちゃダメな奴だあ!!」


 とうとうさっきまで激怒していたホネブトさえも、ドン引いた表情で俺の前から逃げ出した。


 そして数秒後、ギルド内には横たわる俺だけが残され、先ほどの騒ぎが嘘だったかのような静寂が流れていた。地震もすでに止めてある。


「……ふう、もう大丈夫か」


 満足した俺はゆっくりと立ち上がった。


 そうだ。

 以上が絡んでくる面倒くさいやつを退けつつ、魔剣の力に飲み込まれそうな謎の剣士を演出する、俺の高等テクニックである。




 ●

 あとがき


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