我が魔剣のサビとなれ!~自称厨二病がただの銅剣を伝説の魔剣だと言い張っていたら、とんでもない戦いに巻き込まれました~

朔壱平

第1話 名無しの魔剣士

 S級ダンジョン「デルヨリュウ洞窟」の最奥。

 そこではあるS級冒険者パーティーが、ダンジョンの主である巨大な暗黒のドラゴン、エターナルウロボロスと熾烈な戦いを繰り広げている。


 しかし今、彼らは壊滅の危機に瀕していた。



「……そんっ、な……。……こんなはずじゃ……」


 プリーストが膝から崩れ落ちる。

 巨竜の猛攻に耐え切れず、既に彼女以外のパーティーメンバー全員が戦闘不能になっていた。


 かろうじて意識を保っているプリーストだが、もはや動くことすらままならない。

 ここから逃げる体力も、魔力も、彼女には残っていない。


 ただ、目の前の化け物を見上げることしかできなかった。


「グルルルル……」


 低くのどを鳴らしながらエターナルウロボロスは女を睨みつける。

 竜は決して、敗者を許さない。


「あ、あああ……」


 プリーストは、蛇に睨まれた蛙のごとく硬直した。

 自らの死を覚悟していた。そして、


「ゴガアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 耳を裂くような咆哮と共に巨竜が襲いかかろうとした、その時。



「――――ダーク・スラッシュ」



 黒の剣閃が竜の片翼を切断した。

 大型船の帆のような翼が地面に墜落し、砂埃を巻き上げる。


「……ゴ、ゴガアアアアアアアアアアアアッ!!?」


 ワンテンポ遅れて、エターナルウロボロスは悲痛な声をあげた。


「……いったい……なにが……?」


 プリーストがその信じがたい光景に驚愕していると、何者かが彼女の前に背を向けて降り立った。


 それは黒髪の剣士だった。

 自身の背丈ほどある漆黒のマントを纏い、右手に握られたロングソードは鈍い輝きを放ちながらも、黒々とした魔力に包まれている。


「……あ、あなたは……?」


 プリーストは当然の疑問を口にすると、謎の男は短く答えた。


「……俺は……何者でも、ない……」


「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 竜が叫ぶ。突如現れ、自身に傷をつけた人間を前に、再び完全な臨戦態勢を取る。


「……全く、うるさいトカゲだ」


 男はそう呟くと、剣を構えた。


「ゴガアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 竜は黒炎を牙に纏わせ、男に迫る。

 確実に敵を殺す、必殺の攻撃だ。


 だが、対峙する黒の剣士に、ひるむ様子は全くない。


「……哀れな竜よ、……我が魔剣のサビとなれ。――――ディープダーク・スラッシュ……!」


 男が剣を振るった。

 同時に、高密度の莫大な闇属性の魔力が剣から放たれ、洞窟全体が揺れる。

 巨大な暗黒の刃のようになった魔力が、エターナルウロボロスを飲み込んだ。



「ゴガ、ガ……」


 混沌とした魔力が消え失せると、そこに残っていたのは、身体が真っ二つに切断されたエターナルウロボロスだった。


「……す、すごい……。エターナルウロボロスを倒した……」


 プリーストは目の前の光景にただただ圧倒されていた。

 そして、この偉業を成し遂げた張本人へ目をやった、その時。


「……ぐ!ぐわあああああああああああっ!!?」


 突然男がうめき声をあげ、地面にうずくまった。


「ど、どうしたんですか!?」


 驚いたプリーストは、ふらつきながらも男のもとへ駆け寄る。


「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」


「ぐっ、あああっ!」


 男は苦し気に顔を歪ませ、必死に自身の右腕をもう片方の手で抑えている。


「み、右腕が……うずくっ……!」


「右腕がうずくんですか!?」


「う、ああ……。そして……左目も……うずくっ……!」


「左目もうずくんですか!?」


 苦しむ男を前に、プリーストは戸惑うことしかできない。

 先ほど全力で強化魔法を使ったせいで、回復魔法を施すための魔力が足りないのだ。


「ど、どうすれば……。ああ、神よ、どうか彼をお救いください!」


 もだえる男の身体を抑えて、プリーストは神に祈った。

 それが通じたのかは分からないが、数分後には男の症状は落ち着き始めた。


「……はあ……はあ……、ありがとう。もう、大丈夫だ……」


 男は未だに右手を抑えながらも、よろよろと立ち上がる。


「ダメですよ、そのままじゃ!はやく教会で治療を……」


 不安げなプリーストを見て、男は儚げに笑った。


「……ふっ、気にするな……。これも、魔剣に魅入られた者の宿命だ。受け入れるしかない……」


 そう言うと、男はふらふらと洞窟の出口へ向かって歩み始める。


「待って!せめてお礼を!あなたの……、あなたの名前は……!?」


 足を止めた男は、最後にこう言い残した。


「……名前か。そんなもの、はるか昔に失った。……だが便宜上は……アン・ノウン、と名乗っている……」


 そして再び歩き出す。


「……アン・ノウン……」


 プリーストは小さくなる背中をただ眺めることしかできなかった……のだが、その姿が見えなくなる直前、思い出したように男に呼びかけた。


「……あ、すみません!冒険者ギルドで救援を呼んできてもらえませんか!私たち動けないので!」


 その声が聞こえたのか、男は親指を立てた右手を高く掲げると、今度こそ去っていった。


「それくらいはできるんですね……」


 案外症状が軽そうな様子を見て、プリーストは胸をなでおろした。

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