第4話

 ストームヴィル城門、忌み鬼マルギットとの戦いを始めてから二時間が経過した。


「うおおおりゃあああああああっ!」


 五十嵐は相変わらず刀をぶんぶん振り回す。

 が、最初の頃から比べると明らかに動きが違う。


「ここでぇっ! ガード!」


 大きく振り下ろされたマルギットの剣を盾で受ける。

 重い剣が生み出す衝撃は五十嵐の全身をわずかに後退させる。が、五十嵐本人にダメージはない。


「しゃあっ! 次は! 避ける!」


 横薙ぎの剣を右方向へローリング。

 空をきる剣を尻目に、五十嵐はマルギットに近づき――


「攻撃――しないっ!」


 落ち着いてゆっくりと後退した。

 先ほどのガードと、今のローリングでスタミナが大きく消耗しているはずだ。

 攻撃にも防御にも使用するスタミナは大事なリソースだ。チャンスができたと思って攻撃したことでスタミナがカラッポになり、敵の次の攻撃を避けられないというミスはよくあること。


 いけるかも、という油断が死に繋がる。

「今だぁっ! このタイミングなら“絶対に”いける!」

 スタミナに余裕があり、敵の大振りの技を避けた直後。

 確実に攻撃できるタイミングを見極めた時こそ、初めて攻撃のチャンスと呼べるのだ。


「もう一発! おらぁぁっ!」

 五十嵐の打刀がマルギットの胴体を斬り裂く。

 真っ赤な血液が噴き出し、同時にマルギットのHPバーがごっそりと減った。

 出血の状態異常の効果を持つ打刀は、何度も斬りつけていると蓄積値が溜まり、それが一定の数値になると“出血”する。最大HPに比例したダメージを与える強力な状態異常だ。


「こっからだ…………!」

 マルギットから距離をとる五十嵐。

 突如、マルギットの左手が光った。魔法によって生まれた光のハンマーを掲げ、大きく飛び上がる。


「だぁぁぁっ!」

 地面が割れるほどのジャンプ攻撃を避け――られなかった。

 大技を喰らった五十嵐のHPがみるみる減っていく。


「赤いヤツ! 赤いヤツ飲まなきゃ!」

 HPを回復する緋雫の聖杯瓶は、当然だが飲んでいる間は無防備になる。ほんのわずかな時間だが、それを見逃してくれる優しい敵はいない。


 五十嵐がアイテムを選んでいる間も、マルギットは飛びかかってくる。

「わぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 瓶を飲もうとしたところで、追撃を喰らった。

 倒れる五十嵐のHPはもうわずか。あと一撃で終わりだろう。


 しかし幸運なことに、マルギットの次のターゲットはぼくのようだ。こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


 五十嵐が自分で倒すから、手を出すなとは言われているが――

 そもそも、だったらなんでぼくはここにいるんだ?

 わざわざ召喚されて五十嵐が戦うところを後ろから見ているだけ。まるで後方彼氏ヅラのファンじゃないか。

 ま、面白いからいいんだけどさ。


「助かったぜ!」

 ぼくがマルギットの攻撃をひょいひょい避けている間に、五十嵐は回復を完了させる。たっぷり瓶を二本使い、HPは満タンだ。

 対するマルギットは先ほどの出血のせいで三分の一ほどのHPしかない。


 落ち着いてやれば勝てるはずだ。

 勝ちを前にして落ち着くことができればの話だが。


「さあこーい!」

 刀を構えた五十嵐が突撃する。

 なにも考えていないように見えるが、マルギットが投げた光の短剣を落ち着いてガードする。

 さらに飛びかかるマルギットの横振りをローリングで躱し、一撃だけ斬ってすぐに離脱する。


 ぼくが教えたセオリーをちゃんと守っている。

 そうして同じように攻撃を避け、一撃を与え、また距離をとる。

 地道に、まどろっこしく、ゆっくりと。


 それでいい。

 相手の攻撃を見ながら、チャンスを見極める。

 そうすれば――


「うおおっしゃあああああああああ!!」

 トドメを刺した音と共に、マルギットが膝をついた。

 黄金樹のように輝く金色のチリとなり、橋の外の崖に散らばっていった。


 GREAT ENEMY FELLED――


 画面中央にでっかく表示される文字は、五十嵐への賛辞。


「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 見た!? 見たか金森! やった! オレやったよ! とうとう倒したよ!」


 金色に輝く文字の後ろでぴょんぴょん跳ねている五十嵐。

 ムードもへったくれもない。


「サンキューな! 金森が手伝ってくれなかったら倒せなかった!」

「何言ってんだバカ」

「バカってなんだよ!?」

「ぼくは後ろで見てただけだろうが。マルギットの攻撃方法と対策を教えたのはぼくだけど、あとは全部お前がやったんだろ」

「そりゃそうだけど」

「もしもぼくが手を貸してたら、あんなん五秒で倒せた」

「マジで!?」

「ウソだよ」

「なんだよ~!」


 落胆したような雰囲気を出しているが、五十嵐はずっと笑っている。


「それに言い忘れてたけど、協力者を呼ぶとボスが強化されるんだ」

「は!?」

「HPと防御力が上がって倒しにくくなる。ま、複数人で戦うゲームにはよくある機能だよ」

「言い忘れてたとか絶対ウソだろ!? わざと楽しんでやがったな!」

「でも、その強化されたマルギットをひとりで倒したんだ。誇っていいと思うよ」

「お、おう。そうなの?」

「そうだよ、お前はがんばった。強い」

「そ、そっか……」


 なんで信じてるんだよ。

 いや、がんばったのは認めるし、実際に強くなってるよ。

 けど協力者を呼ぶとボスが強化されるのを伝えなかったのは、半分嫌がらせのつもりだった。

 これで心が折れるのを期待していた部分もある。半分嫌がらせの、半分だ。

 もう半分は――


「やったやった! チョー嬉しい! 楽しいなぁエルデンリング!」

「楽しいか?」

「楽しいだろ! がんばって倒した喜びすげぇなコレ! サッカーの試合で勝った時とは違う嬉しさだよコレ!」

「そうなのか? 練習して勝つのはサッカーでも同じなんじゃないか?」

「そうなんだけど……そうなんだけど、んー、うまく説明できねーや!」

「なんだそれ」

 思わず苦笑する。


「よーし、んで次はここまっすぐ進めばいいのか?」

「ああ、ストームヴィル城門って書いてあったろ。城門なんだから、次は城の中」

 エルデンリングには洞窟や地下墓のようなダンジョンが点在しているが、それとは規模が違うレガシーダンジョンと呼ばれる場所がいくつかある。ストームヴィル城もそのひとつで、ストーリーに重要な関わりがある場所だ。


 五十嵐が先ほど倒したマルギットは、いわばその門番。

 ここからが本当の地獄の始まりだ。


「なぁ金森。協力プレイってボス戦だけなの?」

「ん? いや、サインさえ書ければほとんどの場所でできるけど」

「そっか! じゃあ明日はこの城一緒に探検しようぜ!」

「え?」


 マルギットを倒して終わりじゃないのか。


「あ、ごめん金森、なんかいきなり続ける感じになっちゃった?」

 ぼくが驚いた理由、ちゃんとわかってるじゃないか。

「でも、オレ楽しかったんだよな。金森、オレがやりたいことわかってくれてたし」

「そうか?」

「ホントはさ、一昨日も協力プレイやったんだよ。石田や森川と一緒に」

「ああ、いつも一緒につるんでる」

「けどさ、あいつら『これはお前のためだ』つって、勝手に先進んで敵倒しちゃうんだよ。で、宝箱の位置とかも教えてくれて、親切なのは嬉しいんだけど、俺が自分で攻略したいって言い出せなくて」

「……………………」

「そしたらさ、いきなり黒い敵みたいなのが来て全員なぎ倒していって、ワケわかんないままゲームオーバーみたいになって。やる気なくしそうになったよ」

「……………………」

「けど、ひとりで冒険してみたら面白くてさ。強敵とのタイマンっていうか、『オレががんばってる!』っていうのが楽しくて」

「……うん、それはわかる」

「けど、ひとりじゃなくても楽しかった。金森と一緒だったから」


 ――まったく、こいつは。


 恥ずかしいセリフを照れもせずに言いやがる。

 これがイケメンのトークテクニックというやつか。


「で、どう? 明日もまたやろうぜ!」

「…………はぁ」

「ダメ?」

「ダメ」

「そっか……」

「明日は予定がある。だから明後日にしよう」

「!!」


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この先、絆があるぞ 田口仙年堂/ファミ通文庫 @famitsu

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