第3話

 忌み鬼マルギット。

 こいつの特徴を説明するのであれば、「デカくて強いジジイ」だ。


 褪せ人に最初の試練を与えるためにわざわざ向こうから出張ってきて、圧倒的な強さで心を折るのを至上の喜びとしている陰険な爺さんである。

 およそ三メートルほどの巨躯と、身の丈よりも長い剣から繰り出されるリーチの長い攻撃は、巨大な敵との戦いに慣れていないプレイヤーを何度も蹂躙してきた。


 どうやって近づくか、どうやって避けるか。

 対策を考える間も与えず、マルギットの一撃は褪せ人の命を奪う。


 何度も、何度も。

 心が折れるまで、狩り続ける。


 そんなヤツが最初のボスだっていうんだから、本当に嫌らしいゲームだ。


「おーし、行くぞ! 金森、見てて!」

 黄金の霧を抜けてボスエリアに侵入すると、五十嵐は刀を構えて突撃する。

 その後ろで、ぼくはただ見ているだけ。

 手を出すな、と最初に五十嵐から言われているのだ。


「うおりゃああ――っ!」

 刀をぶんぶん振り回してマルギットに正面から斬りかかる五十嵐。

 もちろんマルギットもただ斬られているだけではない。

 手にした長剣を頭上に振り上げ――


「うおおおおおおおっ!」

 五十嵐がローリングで攻撃を回避した。

 身を屈めて地面を転がり、数歩先に素早く移動する。

 が、マルギットはまだ剣を振り下ろしていなかった。


 ゴロンと転がり終わった五十嵐の頭上から、真一文字に剣が下ろされる。

「うえええっ!?」

 一撃で五十嵐のHPゲージが七割くらい減った。


 これは別にレベルが足りていないわけではなく、普通のプレイをしている褪せ人ならだいたいこのくらいダメージを受けるものだ。


「今絶対に攻撃くるタイミングだったろ! なんで遅らせてくるわけ!?」

「ディレイ攻撃ってやつだよ。それだけで驚いてたらキリないぞ」

「ってことは、他にも嫌らしい攻撃あるの?」

「相手の嫌がることをするのが戦いの基本だからな」


 あたふたしている五十嵐を後ろでずっと眺めていると、その嘲笑する目が気に入らなかったのか、マルギットがこちらを見た。

 およそ二十メートルほどの距離をダッシュで一気に詰めてきて、横薙ぎに剣を振る。


 剣が当たるギリギリ直前に、ぼくは右前方にローリング。マルギットの剣を避け、体勢を立て直す。


 さらに追撃の剣が振り下ろされたが、ぼくの狙っていたタイミングだ。

 左手に持った盾で剣を弾くと、マルギットがバランスを崩す。


「おおおお、すげえ! パリィだ!」

「何度も戦ってればタイミングくらいわかるよ」

「わかっててもパリィって難しくない?」

「慣れてないと難しいから、素直に避けるかガードカウンターにした方がいいな」


 本来ならパリィで体勢を崩した敵には「致命の一撃」と呼ばれる攻撃チャンスが訪れるのだが、ぼくはそれをせず、再びマルギットから距離をとった。

 こいつには一度のパリィでは致命の一撃は与えられない。完全に膝をつかせるには二回パリィする必要がある。


 が、たとえ二回目のパリィが成功しても、ぼくは致命の一撃をしない。

 これは五十嵐の戦いだから、アイツが全部やらなくてはならない。


 アイツは「倒してくれ」でも「一緒に倒そう」でもなく、「倒し方を教えてくれ」とぼくに頼んだ。

 人の力をあてにせず、あくまで自分で勝ちたいという気持ちがあるのだ。

 だからぼくも手伝う気になった。


 初心者が迷い、慌て、絶望する姿を見るのは楽しい。

 いつも明るい五十嵐の表情が暗くなっていく様を間近で見たかったんだ。

 決して親切心なんかじゃない。

 アイツをヘコませてやりたかっただけ。

 ただ、それだけ――


「わぎゃああああああああああ」


 アホみたいな声をあげて、アホみたいに転がる五十嵐。

 またディレイ攻撃を喰らいHPが完全にゼロになった。

 がっくりと膝をつくと、その身体がチリになって消失していく――


 ――鉤指の主が死亡しました。元の世界に戻ります。――


 システムのアナウンスが表示され、ぼくと五十嵐のネットワークが切れる。

 彼の世界からはじき出されたぼくは、再び自分の世界のストームヴィル城門に立つことになった。


                 ***


「…………よし、対策会議だ」

 スマホに向かって冷静に告げると、


『おうっ!』


 さっきまでチリになっていた男のやる気に満ちた返事が聞こえた。

「まず確認だけど、五十嵐はどうしても刀で勝ちたいの?」

『えっ?』

「だってずっと打刀使ってるだろ。盾も持たずにブンブン振り回してるだけじゃないか」

『あー、だってこれ最初から持ってるヤツだから。もっと強い武器あるなら、そっち使ってもいいけど』

「別にこだわりがあるわけじゃないのか」

『まだ始めたばかりだって言ったろ。どこにどんな強い武器があるのか知らないんだって』

「ああ、そりゃそうだな」


 エルデンリングはアクションRPGというジャンルだが、普通のRPGのように店に強力な武器が売っているとは限らない。

 使える店売りの武具もあるにはあるが、強い武器は宝箱代わりの死体が持っていたり、ボスを倒した報酬として手に入れるものだ。


 しかもこのゲーム、“最強武器”という概念が薄い。


 数字として突き詰めれば最大の攻撃力が出る武器はあるかもしれないが、敵も動いて攻撃してくる実戦では使えない。

 だからプレイヤーのバトルスタイルによって“最適“な武器を選ぶ必要がある。


『でも刀はいいな。やっぱサムライっしょ!』

「リーチが短くて素早い短剣とか、デカくて重い特大武器とかはどう?」

『うーん、どうだろう。使ったことないからな』

「魔術か祈祷は?」

『魔術でバンバン攻撃するのもいいな! そうすりゃマルギットも近づけないまま倒せるかもしれないし!』

「あとは盾。この城門から東に行ったところに獣紋のヒーターシールドが落ちてるか

ら、それ拾ってこいよ」

『城門から東~? ちょっと待ってて』


 そう言ってから五分後。


『あっ、あったあった! 獣紋のヒーターシールド! って、おい、なんか兵士に囲まれて、やべっ、やばいやばい死ぬ死ぬ!』

「あはははははは」

『あっ、でもこれ、盾で受けるとHP減らない! すげぇ!』


 今はネットワークで繋がっていないが、五十嵐がどんな状態なのかなんとなく想像つく。城門前の兵士がワラワラと襲いかかっているところだろう。

 なにしろ獣紋のヒーターシールドは兵士の野営地のど真ん中にあるのだから。


『あとこないだ拾った短剣も使いやすい! でも打刀の方がちょっと強いな!』

「そっか」


 実際、打刀は初期装備とは思えないほど使い勝手が良い。

 この先、鍛冶で鍛えることができれば、ラスボスも倒すことが可能なほど優秀な武器だ。もちろん、もっと強い武器はたくさんあるが――

 それでも五十嵐がコレと決めた武器で楽しむのが一番だ。


『だーっ! また死んだ! 兵士に囲まれたら何もできねぇ!』

「……楽しそうだな」

『楽しんでるように見える? コレで!?』

「見える見える」


 笑いをこらえながら、ぼくは答える。

 エルデンリングは楽しい。


 めちゃくちゃにされ、グチャグチャにされ、ズタズタにされるのが楽しい。

 その気持ちをすぐに誰かと共有できるのは、本当に楽しい。


 ……いや、違う、ぼくの本当の狙いはそこじゃない。


 五十嵐が泣き喚く姿が楽しいのであって、こいつが喜んでいるのが嬉しいわけじゃない。

 せいぜい無駄な時間を使うといいさ。

 お前の心が折れた時、ぼくは思いっきり笑うんだ。


 才能も友達も持ってるヤツが、エルデンリングの楽しみまで手に入れてたまるもんか。



 ここはぼくの世界だ。


 ぼく達持たざる者の世界なんだ。





『なぁ! もっと面白い武器とかないの!? 教えてくれよ!』

「ちょっと待ってろ。五十嵐の戦闘スタイルに合うような武器だと……いや、でもいっそ全然違う使い方の武器を振ってみるのもいいかな。鞭とか巨大剣とか……」

『なにそれ、面白そう!』

「ええと、ここから一番簡単に取れる武器だと――」


 けど――


 思い浮かべるのは、五十嵐が武器を持って楽しそうにしている姿。

 ギャーギャー騒ぎながら敵にやられ、それでも笑っている五十嵐の顔。


 望んでいた無様な姿のはずなのに、どうして笑顔ばかり想像してしまうんだ。

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