横断歩道
望継希(もちつき)
第1話
新緑の季節。街路樹の葉がざわめくほどの風が吹いていた。
光沢のあるランドセルを背負う久美は、赤信号の横断歩道の前で足踏みをしている。友達に早く会いたい気持ちからか、落ち着かない様子である。
すると、駆けてくる音が響いてきて、久美に女の子が近づいてくる。
「久美ちゃんおはよーう。ミラクルくるりんパワー」
そう勢いよく叫びながら、テレビで見る魔法少女のポーズを決める。
「ゆりあちゃん、ミラクルくるりんパワー」
二人で揃ってポーズを決めた瞬間、信号が青に変わる。
二人はきゃっきゃっと笑いながら、その勢いで横断歩道を渡る。
いつもいる緑のおばさんならぬ、緑のおじさんが横断する人たちを見守りながら、旗を右手に伸ばして、子どもたちと挨拶を交わす。
他にも会社へ向かう人々がすれ違い、学生たちと入り混じって横断歩道を渡る。
横断歩道を渡って道沿いを行くと、久美たちが通う小学校にたどり着く。
そんな平和な朝の始まりだった。
二日目。
今日もいつものように横断歩道を待つ久美。
昨日よりは今日は余裕のある調子で、信号が変わってもゆったりと歩く。緑のおじさんを見つけると、
「おじさん、おはようございます」
久美は満面の笑みになる。それに対して、人の良さそうな笑みを浮かべ貫禄のある低い声で彼も返す。
「おはようございます。今日も勉強頑張るんだよ」
聞いているのか、聞いていないのか久美は遠くに同級生の男子を見つけると駆け寄っていく。またその横をサラリーマンや学生がすれ違っていく。
三日目。
昨日の同級生の男子と、また横断歩道で会った久美は、話を持ちかける。
「今日は放課後、ゆりなちゃんも一緒に3人で遊ぼうよ」
陽気な男子は当たり前のように頷く。
「いいよー、じゃ丘公園で待ち合わせな」
会ったときにゲームをするか、何を持っていくかで、二人は盛り上がる。
話に夢中になっていたら、横断歩道を渡りきったところで、スーツを来た男性に久美はぶつかってしまった。
「おっと、大丈夫かい?」
ちょうど男性の方が咄嗟に気づいたのか、太もものところで久美を受け止める形になる。
「おじさん、ごめんなさい」
慌てて久美は離れて、学校へ走っていった。
四日目。
今日は久美は寝坊をしたのか、いつもより遅めの登校だった。そのため、とても慌てた様子で赤信号の横断歩道で、足踏みをして待っていた。
「はやく、はやく~」
周りに登校する生徒もほとんどおらず、いつもの緑のおじさんももういなかった。
ますます久美の顔は険しくなる。
不意に信号が変わり、久美は横断歩道を駆け出す。
「あ」
久美のそばで男性が声を発し、次の瞬間。
久美の耳に入っていなかったのか。信号が青になったばかりの横断歩道にトラックが止まりきれず入ってくる。
男性が久美を庇うように、トラックの衝撃を受け、久美を抱えながら道路に転がる。
久美はパニックになり、何が起きたのか分からず、庇ってくれた男性の腕の中でもがく。
久美はスローモーションの中、その男性を見て、この前ぶつかったばかりのサラリーマンであり、いつも横断歩道で見かける男性だと気付いた。
久美はその男性をなんでこんなに記憶に残っているのだろうと、急に思った。その矢先に衝撃による回転は止まり、男性が弱々しく呟いた。
「良かった・・・。いつも一番君が気になってたんだよね。良かった、助けられて」
何気ない言葉だが、彼はいつも久美や子どもたちに会うために、同じ時間に出社していたのかもしれない。
それに気づいた久美は青ざめた顔になり、お礼を言うよりも恐怖で、男性の腕を力の限りでふりほどいた。
母のいる家に戻るために、久美は必死になって逃げて行った。
横断歩道 望継希(もちつき) @nozomi0930
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