仕事と魔術師

榊 薫

第1話

 仕事を始めた頃、何でもかんでも相談を受けて甲斐甲斐しく働いて、手際のよい人がいました。

「速いですネ~、まるで手品師か魔術使いのようですネ」と感心して見ていると、

「それほどのことではありません」と言って、いろいろな人の相談を次々こなしていました。

 手際よく仕事する人は、飲み込みの早そうな人に、比較的楽な仕事の要領を教えていました。教えてもらった人は、しばらくすると聞きに行かなくなったようです。

 その結果、手際よくやっていた人の仕事は教えてもらった人の仕事になり、手際よかった人はその仕事がなくなって、さらに面倒な仕事が舞い込むようです。

 要領良く教えてもらった人の中には、楽な仕事でも難しい魔術をやるような顔をして“人に教えない”ことで、お払い箱になるのを防ぐ人も居るようです。


 どんよりと曇ったある日、仕事の指示待ちで、浮かない顔した新入社員、アルバイト、派遣員の三人は退屈なので、「昼食はどこに行って食べる?」、「佐々野ラーメンはいつも行列していて、昼休みに戻ってこれそうもないしー」、「欽ちゃんラーメンはニンニクたっぷりだけど海苔と薬味のネギしか乗ってない」、「来々中華のチャーシューは紙より薄くて、向こうが透けて見える」と悩んでいるところに、指導員がやってきました。新人達が“ヤル気なさそうにしている”こと見抜いて、トラブルが伴うこともあるので、パソコンで顧客リストと依頼文の雛形を見せながら「100部作るように」と“活”を入れ指示し始めました。

 新人達は、依頼文の雛形を眺めながら、

「委員会の依頼と講演会の依頼は別ですか」、「挨拶文では、“お喜び”と“お慶び”とどちらがよいですか」、「“ご清祥”と“ご清栄”の違いは何ですか」など一つずつ聞いて、なかなか本文にたどり着けません。

 説明する方は、インターネットにあるようなことを何度も聞いてくるので嫌気が差して、「ネットを調べれば分かることを何遍も言わせるな」と言って、端折始めました。

「雛形と同じように自分で考えながらやりなさい」と言われて放り出されると、三人はあらぬ方向の質問をしていたことが災いして、“船頭多くして船山に上る”の如く、何からやればよいのか分からなくなりました。

 この仕事は本職の手紙代筆業のやることで、自分達のレベルでないと思い始めました。

 雛形を掘り下げて考えることもできず、“本職の代筆業でないからしかたない”と思いながら、「まだ、食べに行くところが決まってない」と話ながら書類を印刷し終え、書類をホッチキスで止めて一息ついたとき、端が不揃いで、しかも、年号の誤字や曜日の脱字があるのに気が付きました。印刷前に確認しておくべきでした。

 短時間の説明を理解したつもりで、仕事と関係ない「喜久王ラーメンはどんな味かな?さっぱり味か?さっぱり分からない」など、あらぬ方向に思いを巡らすと、たちまち、異世界から「悪役令嬢」ポカ、が忍び寄って来るようで、ミスを犯します。

“三人寄れば文殊の知恵”どころか、「どこに食べに行くのかも決まらず」、作業前に指導員の言っていた書類の確認手順を忘れ、すべてホッチキスで止めた後になって、不甲斐なさに気付くと、どっと疲れが出てきます。そこに異世界の「悪役令嬢」スリーブ、が降りてきて、睡魔に襲われ、直し忘れが起こります。

「悪役令嬢」達の魔法に取り付かれると、その日は、自分達の意思に反して、掲示板から外した画鋲が刺さって怪我をすることやパソコンのマウスがスムーズに動かなくなり、プリンターが何度も紙詰まりを起こすといったことが次々と起こります。

 残念ながら、新人達には「悪役令嬢」グルグル、がストーカーのようにまとわりついていたため“あれこれと、あらぬこと”が次々と気になって考え込んでしまっていたようで、魔術師とは程遠いレベルでした。


 芥川龍之介は晩年、「侏儒しゅじゅの言葉」で次のように残しています。

“運命は性格の中にあると云う言葉は決して等閑なおざりに生まれたものではない。”…“運命は遺伝、境遇、偶然が司る”と。


 人の“性格”は遺伝の影響もあって、“十人十色”、“なくて七癖あって四十八癖”あるようです。もし、始めようとする仕事に違和感があって性格的にどうしても向かないのであれば別ですが、そうでなければ、偶然に出会ったその境遇は“運命で、未知との遭遇”と割り切って、取り組むことがよさそうです。

 自己流で「悪役令嬢」達を追い払う方法を編み出すために四十八手の癖が使えます。


 新人達三人は、「しかたない、やらなければならない。」

 と覚悟を決め、一手ずつ、手順を確かめることにしました。

 改革しなければと思った新人は、改善の余地として、電車の車掌さんのように一つの作業ごとに指差呼称すると、「悪役令嬢」ポカ、の魔法を払いのけてミスが減ることを思いつきました。

 しかし最初から、魔術師のように全て追い払うことはできません。

 調べるのが得意なアルバイトは、インターネットを調べて、ビジネス用語に5W1Hがあり、When、Where、Who、What、Why、Howに内容を分類して見ました。

 こうすると、全体を見通すことが出来てきました。

 活動的で外向的な派遣員は、「場所、物、人の組み合わせは、落語の三題噺のお題ですね”“が見せ場ですね」と教養の一端を披露し、場を盛り上ました。

 自分達で体験したものは忘れにくいようです。

 仕事の経験を重ねて行くと、いつしか、要領が分かって臨機応変になって行くようです。

 後日、新人達は魔術師のような人から、仕事も奇術•魔術と同じ要領であることを教わりました。

 例えば、「原理•原則(タネ証)」、「タイミングと着目点(見せどころ)」、「失敗しやすい箇所」、「いい加減で済ますところ(相手を見ながら、程良い手加減)」など一つずつ分けるとよいとのことです。

 道理で、甲斐甲斐しい人は、魔術師のように手際よく終わらせることができる訳です。


 近ごろ頻繁に横行している、投資詐欺やロマンス詐欺には魔術のような音声変換電話やSNS画像が使われており、見抜けない人がいるようです。

 詐欺に潜む“簡単に儲かるような甘く誘う手口”、“趣味や特技に調子よく合わせて喜ばせる会話術”などの中に、つじつまの合わない矛盾を見抜いて罠に嵌まらないようにするには、魔術の手口の“見せどころ”や“いい加減で済ますところ”に矛盾がないか見ていくと、“魔術師の失敗しやすいところ”が見えて来るようです。

 魔術師のように仕事を柔軟に対応する力を培い、奥義を極めて行くと仕事以外にも役立つようです。

 完  なお、登場店名は実在しません。

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仕事と魔術師 榊 薫 @kawagutiMTT

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