4 メ〜ン

 今――私は、モテている。

 たぶん、モテている。

 きっとモテてるんじゃないかな?

 いや、モテてるんだと信じたい。


 朝。

 通学路を歩きながら、私はまわりを見た。


 少し後ろを歩く、完全に不審者――卜沢風人。

 顔半分を隠す、ブラックマスク。

 ロン毛。

 全身真っ黒な服。

 自称:占い師。


 左側を歩いているのは、平なぎさ。

 白い肌、長い手足、キレイな髪。

 シャツのボタンは大きくはずされていて、ちょっとホスト系。

 ついこの間まで、彼は学校で一番人気の美少女だった。

 つまり、元・男の娘。


 右側を歩いているのは、私の幼なじみ・田中陽太。

 でもそれは顔だけ。

 中身は宇宙人のポン太。

 幼なじみである陽太は、ガサツでいいかげんな性格だったけど、宇宙人のポン太はめちゃくちゃ紳士。


 この三人が――最近、トイレ以外、ずっと私のそばにいた。


『きみは、きみのままでいい』


 これが私たちが通っている代場小学校のモットーだ。

 ウチは、いわゆる『多様性』を推してる学校。


 少しまわりと違っていても、やさしいココロを持ち、しっかり勉強して、楽しく暮らしていく。

 色んな民族と、色んなキャラ、差別のない明るい未来。

 そういうのに向かって、私たちの学校は進んでいた。


 うん。

 それはいい。

 いいと思う。

 だけど――


 占い師と、ホスト系、それから宇宙人に囲まれるフツーの小学生・私の気持ちを考えたことがありますか?


 百歩ゆずって、占い師とホストは良いでしょう!

 世の中には、色んな人がいます。


 だけど――宇宙人って、何?

 先生!

 宇宙人は、多様性に入りますか?


       〇


 代場小学校の給食時間は、めちゃくちゃフリーダムだ。

 教室を出なければ、どこで誰と食べたっていい。

 おしゃべりも自由。


 でも――これは一体、何だろう?


 ポン太は、まだ良い。

 となりの席だし、設定は幼なじみ。

 だから、そばにいるのもフツー。


 だけど、この、近くでモソモソとパンをかじる占い師は何だろう?

 シャンパンでも飲むかのように、小指を立てて牛乳を持つホストは何?


 これ、一体どういう状況?


 廊下には、各学年の女子たちがたくさん集まっている。

 みんな、キャーキャーと騒いでた。


 たぶんこの子たち、ポン太となぎさ目当ての女子だ。

 ポン太は紳士的だから、陽太とちがって、ただ今女子人気・急上昇中。

 なぎさは超美少女から超イケメンにキャラ変し、女子からのモテ度うなぎのぼり。


「いやぁ。ウザいですね、ぼくたちのファン。毎日、気が休まりませんよ」


 卜沢くんが、ポツリと言う。

 私は、それに真顔で返した。


「まぁ、おめぇのファンは一人もいねぇけどな」


「キッツ。キツいっすよ、美月さん」


 ニヤニヤしながら、卜沢くんがマスクを鼻に上げ、両手でモソモソとパンを食べる。


 リスか?

 あんた、リスちゃんか?

 ったく、食事の時くらいマスクを取りなさいよ。


「しっかしポン太、最近あんま面白いことねぇよな」


 私のとなりで、なぎさが言う。

 いや、なぎさ。

 あなたのキャラ変、けっこうエキサイティングだったんだけど?


「って――え? ポ、ポン太ぁ?」


 な、なんで?

 なんで、なぎさが『ポン太』呼び?


「何だよ、美月? おれだって仲間だろ? 陽太の中身がポン太になったのは、卜沢から聞いてるぜ」


「あ、あなた……ポン太が宇宙人だって、いきなりそんなの受け入れてるの?」


「超ヨユーだよ。多様性だ。この広い宇宙、そんなことだってある」


「す、すごいよ、なぎさ。ハートが、アクロス・ザ・ユニバース……」


「そんなことより、美月……お前、いつまでも子どもだな」


 そう肩をすくめ、なぎさが私に手を伸ばしてくる。

 私の口もとで何かをつまみ、それを食べた。


 え?

 今の――何?

 お米?


 私、今、口の横にごはんくっついてた?

 って言うか、なぎさ……なんでそれを食べる?


 廊下から、女子たちの「ぎゃあああああ!」という声が聞こえた。

 ヤバい……たぶん私、今、全校の女子に嫌われました……。

 なぎさが続ける。


「ま、そんなわけで――おれたちは美月のSPとしてチームになったわけだ。全員で協力し、美月を守っていこう」


「は? 何、それ?」


「SP。セキュリティポリスだよ。今後おれたちは、お前を守っていくことになる」


「どういうこと? 私、ぜんぜん頼んでないし」


「だったら勝手にやるだけだ」


「そんなの、わけわかんないよ。私、困る」


「お前にもしものことがあったら、おれが困る。卜沢――」


 なぎさにうなづき、卜沢くんがポケットからメモを取り出す。


「えっと、ぼくの占いによれば、今後一年ちょい、様々なトラブルが美月さんを襲います。けっこうヘヴィーな感じです」


「さ、様々なトラブル……」


「このメモにまとめてあります。ごらんになりますか?」


 卜沢くんが、私にメモを差し出す。

 それを受け取り、私は言葉を失った。

 あ、あの……めっちゃビッシリ、トラブルの予定が入ってるんですけど……。


「で、あの、今日の占いですが――」


「な、何? 今日は一体、何が起こるの?」


「そうですね。今日は、とくに何も起こりません」


「起こらないのかよ! いや、でも、それは良かった……」


「でも――」


「でも?」


「新しい仲間が来ます」


「新しい、仲間?」


「はい。その者の参加で、ウチのチームは完成です」


「ウチの、チーム……」


「ハイ、ガ~イズ! めちゃくちゃエンジョイしてそうじゃ、あ~りませんかぁ?」


 前方から、いきなりフレンドリーな笑顔が近づいてきた。

 めっちゃアフロ。

 アフリカ系アメリカ人のお父さんと日本人のお母さんのハーフ。


 同じクラスの、アンソニー山田。

 通称:トニー。


 な、なんでトニー?

 ってか、この状況、何?

 占い師・ホスト・宇宙人の次は『メ~ン』系?


「ワタシも仲間に入れてクダサ~イ♪」


「なんで英語訛り? トニー、あなた、日本語しか喋れないでしょ」


「それを言うなよ、美月。楽しそうだな。おれも仲間に入れてくれ」


 トニーが、私の前に座る。

 だから何なのよ、これ。

 いよいよアレすぎでしょ……。

 トニーのアフロをながめながら、私は深いため息をつく。


 トニーは、ウチのクラスで一番のお調子者。

 しかもこのルックスなのに、リズム感ゼロな人。

 上手いのは、盆踊りだけ。

 おまけに、すっごい音痴……。


       〇


 地獄だ……地獄でしかない……。


 今日の終わりの会。

 明日から月が替わるということで、席替えのクジ引きがあった。

 私、窓際の後ろから二番目。

 わりと、先生に当てられないポジション。


 それは、良かった。

 ラッキー。

 でも――


 となりがポン太、後ろが卜沢くん、前がなぎさ、斜め前がトニー。

 何だ、これ……。

 めっちゃ囲まれてるんですけど……。


「またとなり同士で良かったです、美月さん」


 終わりの会が終了すると、ポン太がそう言った。

 なんだかニヤリとした、彼の表情。


「ポ、ポン太。あなた、何かやった?」


「何かとは?」


「その、席順、宇宙人パワーで……」


「いやいや、偶然ですよ」


 意味深な、ポン太のほほ笑み。

 あぁ……これ、やってるわ……。

 絶対、宇宙人パワーで、私たちの席が近くになるように、何か不正を行ってるわぁ……。


 放課後の帰り道は、これまた悲惨だった。

 私のまわりを、三人の男子が囲んでる。


 こういうのって、女子としては、ある意味理想的なのかな?

 イケメン男子四人に囲まれる状況。

 でもそれって、男子によると思う。


 宇宙人、占い師、ホスト、メ〜ン。


 すいません。

 私、もっとフツーの男性にモテたいです……。


「まず担当を決めよう」


 いきなり、なぎさが言った。

 担当?

 とにかく、もぉ、イヤな予感しかしない……。


 遠い目で、私はすぐ横の運動場をながめる。

 居残った男子たちが、楽しそうにサッカーをしていた。

 あぁ……私も、今すぐあっちの仲間に入りたい……。


「そうですね。担当は決めておいた方がいいかもです」


 だから何の担当なの、卜沢くん……。


「ぼくは美月さんの未来を予言できます。だから、司令塔ということでよろしいですか?」


 卜沢くんの言葉に、なぎさがうなづく。


「そうだな。お前の予言は当たる。こうしてトニーも仲間になったわけだし」


 ポン太とトニーは、私たちから少し離れていた。

 トニーが、なぜかポン太にダンスを教えている。

 「こうだよ、こう」と、なんだか偉そうだ。


 だけどね、トニー。

 ポン太にダンスを教えるのはいいけど、そもそもあなた自身があんまり踊れてないよ……。


「じゃあ、おれはどうすればいい? 何の担当だ?」


「なぎさくんは、ルックスが良い。おまけに男子にも女子にもなれます。ネゴシエーターなんて、どうでしょう?」


「ネゴシエーター?」


「交渉人です。話術を武器に、敵と戦います。成績が良いなぎさくんには、ピッタリな役割だと思いますけど?」


「……なんかちょっとカッコイイな。わかった。おれは、それ担当だ」


「ポン太くんは、知識担当ですかね。なにしろ彼は、宇宙人です。おそらく地球人の我々より、色んなことを知ってるでしょう」


「うん。これからどんなトラブルが美月を襲ってくるかわからない。だから知識は必要だな」


「じゃあ、決まりで」


「しかし――あいつはどうする?」


 二人が、トニーを見つめる。

 トニーはポン太の横で、相変わらずヘラヘラと踊っていた。

 トニー……あんたそのルックスで、歌もダンスもヘタなんて、愉快なキャラすぎるでしょ……。


「トニーは何が得意なんでしょう? 美月さん、知りません?」


「え? トニーの得意なこと? 何だろ……陽気?」


「まぁ、クラスのムードメーカーですよね」


「クラスの女子に聞いたことあるけど、トニーってカルタが得意らしいよ」


「カルタ、ですか……」


「トニーんちって、家に大きな仏壇があるんだって。おじいちゃんはお寿司屋さん、おばあちゃんは日本舞踊の先生なんだよ」


「ぼくたちより、めっちゃ日本人じゃないですか……」


 私たちは、トニーのヘンな踊りを見つめる。

 踊るトニーは、めちゃくちゃ楽しそう。


 でもね、トニー……あなた、ルックスはヒップホップだけど、動きが盆踊りだよ。

 仏壇、お寿司屋、日本舞踊。

 ジャパニーズすぎだよ、きみ……。


 その時――どこからか「危ない!」という声がひびいた。

 私たちは、「ん?」と立ち止まる。


 それは、一瞬の出来事だった。


 運動場から浮き上がったサッカーボールが、まっすぐにこちらに飛んでくる。

 しかも、私めがけて。

 顔面直撃コース。


 気がついた時には、ボールはすでになぎさの上を通過していた。

 卜沢くんは、私の後ろ。

 何もすることができない。


 顔面、直撃、気絶。

 コンマ数秒で、私の脳ミソに不吉な予感が横切る。


 その時――何か目に見えないものが、私の視界に現れた。

 とても長く、しなやかな……足?


 直後、私たちのすぐそばで、鋭い風が流れる。

 サッカーボールが、ものすごい勢いで運動場に戻っていった。


 な、何、今の?

 すごく、素早い、何かが……。


 ボーゼンとする私の前に、アフロが立っていた。

 いつの間にかそこにいるトニーが、私を振り返る。


「大丈夫か、美月? メ~ン?」


「な、何だ、お前……」


 ひょ、ひょっとして今の、トニーがボールを蹴り返したの?

 マ、マジで?


「素晴らしい!」


 後ろで、卜沢くんが拍手をはじめる。

 それを見て、ポン太もなぎさも続いた。

 二人だけじゃない。

 サッカーをしていた運動場の男子たちも、全員トニーに向かって拍手を送る。


「素晴らしい運動能力ですよ、トニー! ぼくたちには、真似できない!」


「ん? そうか? できるだろ、卜沢にも」


「できねぇよ」


 なぎさがあきれた顔で、腰に手をやる。


「よし。これで決まりだ。トニーは、美月のボディーガード。いいな、トニー?」


「ボディーガード? 何の話? まぁ、なんだかよくわかんないけど、おれ、めっちゃメ~ン」


 そうほほ笑み、トニーがその場で踊りはじめる。

 ダンスがダサすぎて、みんなの拍手が止まった。


 トニー……あんた、今それやらなかったら、めちゃくちゃみんなに尊敬されてたと思う……。

 色々と、台無しだよ……。


「どうやらこれで、メンバーは揃いましたね」


 ポン太が、ニコニコとこちらに歩いてくる。


「ねぇ、ポン太。何なの、これ? SPとか」


「気にしないでください」


「私、べつに守ってくれなくていいんだけど?」


「いや、美月さんにはSPが必要です」


「どういうこと?」


 それにうなづき、ポン太が運動場の上を見上げる。


「美月さんは、この世界を救う大切な存在なんです。ぼくはあなたを守るために、この星に来ました」


「私を、守るため?」


 ポン太と同じように、私は空を見上げる。


 今日の空は、なんだかヘンだ。

 いつもの曇り空と違って、灰色がかなり濃い。


 まるで、悪魔でも降りてきそうな感じ……。

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アレすぎ! 貴船弘海 @Hiromi_Kibune

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