3 なぎさオーバードライブ

 私のクラスには、アイドルがいる。

 たいらなぎさ。


 正直、私となぎさは、ウチのクラスのツートップだ。

 クールビューティーである私と、男子なら誰だって守ってあげたくなるなぎさ。


 でも、さすがポン太。

 宇宙人。

 彼はどうやら、なぎさの宇宙的魅力に気づいたらしい。


「あの、美月さん」


「ん?」


「その、平なぎささんなんですけど……」


 ポン太の表情に、私はニンマリとほほ笑む。


「おぉ。ついにポン太も、なぎさの魅力に気づいてしまったのか」


「はい、まぁ」


「平なぎさ。5年生の一番人気。と言いますか、全学年でトップ」


 いきなり、私たちの後ろから、そんな声がする。

 振り向くと……そこには、なぜか全身真っ黒な男子が立っていた。

 インチキ占い師の卜沢くん。


「さすがの美月さんも、平なぎさの可愛さは認めざるをえない、といったところですか?」


「まぁ、そりゃあね……」


「平なぎさは、まさにアイドルですもんね……」


 卜沢くんが、教室の隅――自分の席に座る、平なぎさを見る。

 私とポン太も、同じようにそうした。


 平なぎさは、今日も可愛い。

 男子も、女子も、みんなあの子のまわりに集まってる。


 サラッサラの清楚系黒髪ロング。

 整った、美しい顔立ち。

 小5なのに、なんだかちょっとセクシー。


 なぎさの可愛さには、さすがの私もちょっとビビる。


 だけど――ポン太は、なんだか納得できない感じだ。

 私と卜沢くんは、それに気づく。


「どうしたの、ポン太? ひょっとしてなぎさのこと、好きになった?」


「い、いえ。そういうわけではありませんが……」


「陽太くん、いや、ポン太くんは、もしかして何かに気づいたのでは?」


 卜沢くんが、私に言う。

 あぁ、まぁ、そうかもね。

 ポン太って、宇宙人だし。


「ポン太、もしかして何か違和感?」


 私の言葉に、彼がうなづく。


「はい。その、ひょっとして平なぎささんって――」


 ポン太、すごく言いにくそう。

 だから代わりに、私が言ってあげる。


「うん。そうだよ。平なぎさ――彼、男の子」


       〇


「って言うか、卜沢くん。あなた、ポン太の秘密、知ってるの?」


 いつの間にか私とポン太の帰り道に混ざってる卜沢くんに、私は聞いた。

 卜沢くんが、少しヨユーな感じで肩をすくめる。


「陽太くんの中身が宇宙人ってことですか? えぇ。知ってますよ」


「フツーに言う! フツーに言うね、あなた!」


 私のツッコミに、卜沢くんが「やれやれ」といった表情を浮かべる。

 少し、イラッ☆ときた。


「すべては、ぼくの占いの通りです」


「占いの通り?」


「えぇ。実はぼく、あの日陽太くんが事故に遭うことを、彼本人に告げてたんですよ」


「え……」


「彼、まったく信じてませんでしたけど。結果的に、やはりこうなりました。まぁ、これも運命でしょう」


「卜沢くんって……どこまで知ってるの?」


「すべてです。ポン太くんが宇宙人であることと、陽太くんの魂が現在UFOの中で眠っていること」


「マ、マジか……」


「陽太くんがこうなる前から、ぼくはすべてお見通しでした」


 ボーゼンと、私は黒マスクの卜沢くんを見つめる。


 こいつ、本物?

 占い、マジで当たるの?


「そんなぼくから、新しい占いです」


「新しい占い?」


「はい。さっきふと気になって、平なぎさを占ってみたんですよ」


「そんな、また、勝手に……」


「平なぎさは――」


 卜沢くんが立ち止まるので、私とポン太も歩くのをやめる。


「まもなくこの世界からいなくなります。そう、永遠に」


「は?」


 卜沢くんの言葉に、私とポン太はあっ気にとられる。


「それから美月さんは――熊に気をつけてください」


「く、熊?」


 熊って――何?

 いや、私、山に行く予定はないけど?

 何?

 このインチキ占い師?


 でも……なぎさが、いなくなる……。

 永遠に?

 それ、どういう意味?


 って言うか、卜沢くん。

 あなた、陽太の事故のことも当ててるんだね。


 マジかー。


       〇


 翌日、私はずっとなぎさのことが気になっていた。

 授業中も、休憩時間も、ジーッとなぎさを見てしまう。


 平なぎさは――今日もめちゃくちゃ可愛い。

 色が白い、腕が長い、足が細い。

 言っちゃナンだけど、クラスの女子の誰よりも、なぎさは一番スカートが似合ってる。


 私は、クールビューティー。

 だから自分より可愛い女の子を見ると、ちょっとムカつく。


 だけどなぎさには、ぜんぜんムカつかない。

 なぜならなぎさは、女の子じゃないから。

 特別な、男の娘だから。


「どうしたの、美月ちゃん? 私に何か、話でもある?」


 掃除時間――私がゴミ袋を運んでいると、なぎさがそう声をかけてきた。

 となりに並んだなぎさはニコニコで、なんかめっちゃ良い匂い。

 なぎさぁ……あんたさぁ……今日もマジで可愛いよ……。


「い、いや、べつに。な、なんで?」


「今日、ずっと私のこと見てるでしょ? だから何か、私に話があるのかなって」


「み、見てた? そう? 見てたかなぁ?」


 ヤ、ヤッベぇ……バレバレだぁ……。


「最近、美月ちゃんって、陽太くんにベッタリだよね」


 そうこちらを覗き込むなぎさ。

 長い髪が、サララララって揺れる。


 な、何なの、なぎさ……。

 私より、髪キレイ……。


「そ、そう? あぁ、まぁ、でも、たしかにちょっとそうかも。だって、ほら、陽太、退院したばっかだし」


「まぁ、大変な事故だったみたいだしね」


「そそそそそ」


「ところで美月ちゃん」


「ん?」


「最近、何かハマってることとか、ある?」


「ハマってること?」


「そう。何かに夢中になってるとか」


「そうだなぁ……」


 色々と、私は考えてみる。

 ハマってること。

 うん……無いな、マジで。

 最近、陽太とかポン太の件で、色々ゴタゴタしてたし。


「いや、とくに無いっす」


 私の答に、なぎさがほほ笑む。

 キラキラした、涼しい笑顔。

 くっそ可愛いな、おい……。


「美月ちゃんって、相変わらずだね」


「そ、そう?」


「ねぇ、ところで美月ちゃん。私、美月ちゃんにちょっと相談したいことがあるんだけど?」


「相談?」


「うん。こういうことは、やっぱり美月ちゃんにしか相談できないんだ」


「私? なんで、私?」


「だって美月ちゃん、ずっと私のこと、守ってくれてたでしょう?」


 そう言って、なぎさが私の手を握ってくる。


 え?

 何だ?

 どうした、なぎさ?


 ってか、なんで学校の廊下で、手をつないでくる?


「すっごく大事な相談なんだ。今日の放課後、私に付き合ってくれない?」


「今日の放課後――」


「ダメ?」


 なぎさが、私の目の奥を覗き込んできた。

 いや、そんな顔されたら、断れないでしょう……。


「わ、わかった。終わりの会が終わったら、話を聞くよ」


「わぁ! ありがとう、美月ちゃん!」


 無邪気にほほ笑む、なぎさ。

 か、可愛すぎるでしょう……。

 これは、モテるわ……。

 なぎさがホントは男でも、『それでもいいっす!』っていう男子がいるのもわかる。


 ゴミを捨てる場所は一階。

 私たちは手を離し、階段を下りた。


 下級生たちは、もうすべてが終わったのか、元気よく階段を駆け下りていく。

 元気だなぁ、この子たち……。

 その時、その中の誰かが、ポトリと何かを落としていった。


「あれ? ほら、誰か、何か落としたよ?」


 気がついた私が、階段の途中でそれを拾おうとする。

 その時――後ろから走ってきた子が、私のお尻にぶつかってきた。


「え……」


 突き飛ばされたようなカタチで、私は階段から落ちていく。

 わりと、高いポジション。

 下まで続く、まだまだ長い段。


 あぁ……これ、ヤバいわ……。

 ケガするわ……。

 ったく、下級生……階段のまわりを走るなって、先生に言われてるっしょ……。


 コンマ数秒で、私は色んなことを考える。

 その時、誰かが私の体をがっしりと抱きしめてきた。

 めちゃくちゃ強い力。


「美月ちゃん!」


 それからのことは――あまりよく覚えていない。

 階段から落ちていく私。

 それをかばって、私を抱きしめるなぎさ。


 ゴロゴロと、二人で長い階段を転がっていく。

 体のアチコチを、めちゃくちゃ打った。

 だけど頭は、ノーダメージ。

 なぎさが、私の頭を包み込んでくれたから。


 階段の踊り場。

 ようやく回転が止まると、私は体を起こした。


 私を包み込むようにして、なぎさは目を閉じていた。

 頭から、血が出てる。


 階段にひびく、誰かの悲鳴。

 私は、さっきの下級生が落とした、熊のキーホルダーを握りしめていた。


       〇


「平なぎささんは、どうやら大丈夫みたいですよ」


 病院のイスに座る私に、ポン太が言った。

 あれから、私となぎさは病院に運ばれた。

 色々と検査をするためだ。


 一応、私はほぼ無傷。

 少し擦りむいたくらい。


 なぎさの頭の傷も、どうやら大したことはないらしい。

 だけどあの子は、まだ気を失ったままだ。


「やはり、熊でしたか……」


 すぐ近くに座った卜沢くんが言う。

 って言うか、あなた、いつの間に仲間?

 まぁ、いいけど。


 しかし……またしても卜沢くんの占いが的中。

 もしかして、この少々アレな変人、まさか本物?


「美月さんと平なぎささんは、仲良しだったんですね」


 ポン太が、私のとなりに座る。

 それにうなづき、私は続けた。


「なぎさは、昔、みんなにいじめられてたんだ……」


「いじめられてた?」


「うん。男の子なのに、女の子みたいな顔だし、いつも女の子の服を着てて、名前まで女の子っぽいっていうか……」


「そうだったんですね……」


「いじめられて、いつも泣いてた。でもなぎさは、すごく良い子だったんだ。思いやりがある、とても良い子。私は、それを知ってた」


「……」


「だから私は、なぎさに言ったんだ。『なぎさは、今のままでいいよ』って。『今のままで素敵だよ』って」


「なるほど……」


「そしたらなぎさ、すごく明るくなった。髪も伸ばして、女子力を上げた」


「平なぎささんにとって、美月さんはとても頼りになる存在だったんですね」


「でも今回は、なぎさに助けられたよ。なぎさがいなかったら、私、今頃大ケガしてた……」


 それから私たちは、なぎさの両親に説明を受け、病院を出た。

 なぎさは大事をとって、一日入院するらしい。


 だけど――次の日も、また次の日も、なぎさは学校に来なかった。


 私のココロの中で、あの時の卜沢くんの占いがひびきわたる。


『平なぎさは――まもなくこの世界からいなくなります』


       〇


 その日、学校に着くと――3階の廊下が、どんよりとしていた。

 まるで、お通夜かお葬式かって雰囲気。

 何と言うか、負のオーラ。


「これ、どうしたんでしょう?」


「さぁ? 何かあったのかな?」


 私とポン太は、廊下を進む。

 すると、私たちの教室から、いきなり数人の男子が飛び出してきた。


「ウソだ! ウソだ! ウソだぁぁぁぁぁ!」


 全員が、めっちゃ泣いている。

 マジ泣き。

 本気モード。


 彼らを見て、私とポン太は顔を見合わせた。


「な、なぎさ?」


 イヤな予感がして、私たちは教室に走る。

 入ってすぐ、なぎさの席を見た。

 机の上に、花束が置かれている。


 な、なぎさ?

 え……マジで……。

 なぎさ……なぎさが……。


「ったく、遅ぇよ、美月」


 ふいに、後ろからそんな声がした。

 振り向くと、そこにシャツのボタンを大きくはずしたイケメンが立っている。


 その男が、私の前に来た。

 いきなり、私を抱きしめてくる。

 あまりにも突然の出来事に、私はまったく動けない。


「え、えっと、あの……ど、どちら様?」


「あぁ? 何だよ、美月? おれのこと、忘れたのか?」


「え……」


「大丈夫だったか? ケガはなかったか?」


「ケ、ケガ?」


 そのイケメンから体を離し、私は彼の姿を見つめる。


 白い肌、長い手足、キレイな髪。

 私に向けられる無邪気なほほ笑み。

 クラスの女子全員が、彼に熱い視線を投げかけている。


「な、な、なぎさぁ?」


 私の反応を見て、ショートヘアになったなぎさが肩をすくめた。


「そんな大騒ぎすんなよ。相変わらず、可愛い女だな」


「か、可愛い女……」


「いいか、美月? 今まで、おれはお前に何度も守ってもらった。これからは――おれがお前を守る。お前は、おれの女だ」


 さっきの机の花束を私に手渡し、なぎさがふたたび抱きしめてくる。

 その瞬間、男子の「おぉ!」と女子の「キャー!」が、3階中にひびきわたった。


「やはり……男の娘・平なぎさは、この世界からいなくなりましたか。ぼくの占い、またしても的中」


 すぐそばで、卜沢くんが言う。

 いや、ちょっと待ちなさいよ、あんた!

 なんで、そんな冷静?


 なぎさが私の頭をやさしく撫でてくる。

 いやん、なんか、超ハッピー。


 いや、そうじゃない!

 何なの、これ?

 なぎさ、あんた、男の娘じゃないの?


 もしかして、これがあの時言ってた『相談したいこと』?


 いや、いや、いや、いや。

 なぎさ!

 なんでそんな、ホストみたいなイケメンになってんの?

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