2 スケッチー占い師

 陽太が宇宙人になって(それもどうなの?)、三日が過ぎた。

 あいつはずっと、私にベッタリ。

 学校では、トイレ以外、ずっと後ろをついてくる。


 フツー、男子と女子が、こんな風にくっついてたら、クラスメイトって茶化すものじゃない?

 ほら、『やーい、やーい! 夫婦! 夫婦!』的な?


 でも――ウチのクラスの人たちは、みんな大人。

 全員が、私たちをあたたかい目で見てる。


『なんだかんだ言って、やっぱ幼なじみ。我々が入っていけない、二人だけの絆があるな……』


 そんな感じ。

 いや、あのね、みんな。

 こいつ、ホントはめちゃくちゃ元気なんだよ?

 ただ、中身が宇宙人なだけで……。


「そういえば、あなた」


 帰り道を歩きながら、私はとなりの彼に言う。


「あなたのこと、私、何て呼べばいいのかな?」


「呼び方、ですか?」


「うん。そりゃあ、みんなの前では『陽太』呼びするけど、二人の時はどう呼べばいいんだろ?」


「『陽太』ではダメなのですか?」


「ダメだよ。それ、あなたの名前じゃないでしょ?」


「はい、まぁ、そうですね」


「ねぇ、あなた――ホントの名前は、何ていうの?」


「宇宙人の名前ですから、地球人の川崎美月さんには発音できないと思いますよ」


「言ってみて」


「§¶ΓΘψЮ」


「それ、名前?」


「はい。名前です」


「じゃあ――ザクッと略して、ポン太にしよっか」


「どこを、どう略したのですか?」


「細かいことは言わないでよ。ポン太でいいじゃん。なんか、それなりに可愛いし」


「はぁ……」


「じゃあ、ポン太。ここで一回、整理しよう」


「はい」


「あなたは宇宙人。陽太が交通事故に遭った時、あなたはあいつの体を乗っ取った」


「人聞きの悪いことを言わないでください。あの時、陽太くんは亡くなる寸前でした。ぼくが彼の体に入らなければ、彼は亡くなってたんですよ?」


「あぁ、ごめん。うん。わかった。じゃあ、あの時あなたは『おじゃましま~っす』って陽太の体の中に入った。で、死ぬ寸前だった陽太の体は、現在、修復中」


「はい。その通りです」


「で、そこで質問。あなた――いつまで陽太の中にいるの?」


「ある程度の調査が終わり、それなりのサンプルを収集するまででしょうか? もちろん、陽太くんの体が修復されるまではいますけど」


「そっか。ところで、これ、私が一番聞きたかったことなんだけど」


「はい」


「本物の陽太のココロ。つまり魂は、今、一体どこにいるの?」


「あぁ。それだったら、あそこです」


 ポン太が立ち止まり、人差し指で空を指さす。

 彼に並んで、私はそこを見上げた。


「大気圏の向こうに、ぼくのUFOが停泊しています。彼のココロは、今、その中で眠ってますよ」


 彼が指差した空に、私は目を細める。

 大気圏の向こうに、ぼくのUFO……。


 何、あんた?

 宇宙人か?

 いや、まぁ、宇宙人なんだろうけど……。


 地球人は、2階から女の子をかかえて飛び下り、ヘラヘラなんかできない。


       〇


「紹介します。ぼくの新しい友だち、卜沢うらさわ風人かぜとくんです」


 次の日の放課後――ポン太がウチのクラスの男子をつれてきた。

 今日はあんま私のあとをついてこないと思ったら、どうやら交友関係を広めてたらしい。


「どうも、はじめまして。卜沢風人です。今日からポン太くんの友だちになりました」


 しかも、相手はよりによって、この人。

 卜沢風人くん。

 ウチのクラスで、一番アレだと言われてる人物。


 顔半分の大きなブラックマスク。

 男子なのに、肩までのめちゃロン毛。

 前髪が長すぎて、目があんまよく見えない。

 服装は、上から下まで全部黒。


 彼、『自称』占い師。

 もちろん、インチキ系。

 クラスメイトから先生にいたるまで、頼んでもないのに占ってくる。


 って言うか、何なの、卜沢風人くん?


 私たち、はじめましてじゃねぇし。

 同じクラスだし。

 言ったら、小学校に入学してから、ずっと同じクラスだし。


 しかしポン太、なんでまた、よりによってこんなヘンな人と……。


「うむむっ!」


 卜沢くんが、私の顔を見て、いきなりミョーな声を出す。

 私は、ちょっと、軽い目まい。

 何だ、こいつ?


 ほら、ポン太、見てごらんなさい。

 この人、アレキャラで、チョー有名なんだよ?


「み、美月さん、大変です!」


 いきなり下の名前呼びか、おい、卜沢。


「な、何?」


「ぼ、ぼくの占いでは――」


 う、占い?

 マジか?

 私、ココロの底から頼んでねぇ。


「お顔に『思いがけない災難』の相が出てます! 帰り道、お気をつけください!」


 え?

 は?

 ん?


 ま、まぁ、うん、わかったよ……。


 私が間違ってた。

 あなた、たぶん、めちゃくちゃ当たる占い師だ。

 なにしろ、あなたとこうして話してること自体、私にとって、じつに『思いがけない災難』だからね……。


       ◯


「あのねぇ、ポン太。もっと友だちを選びなさい」


 帰り道。

 コンビニの広い駐車場を歩きながら、私はポン太に言った。

 ポン太は、「はい?」とキョトンとした顔を向ける。


「友だちを、選ぶのですか?」


「そう。卜沢くんはね、ヘンな人で有名なの。だから彼、友だちが一人もいないんだよ?」


「ってことは……ぼくは彼の友だち・第一号なわけですね? 光栄です」


「光栄? なんで光栄? 卜沢くんとつるんでるとね、ポン太も変人に見られちゃうよ?」


「でも川崎美月さん」


「フルネーム呼び、そろそろやめてくんない?」


「では、なんとお呼びすれば?」


「美月でいいよ……」


「では美月さん。変人って、どんな人ですか?」


「卜沢くんみたいな人」


「卜沢くんは、どのあたりが変人なんでしょう?」


「見たらわかるじゃん。まずあのロン毛! 黒マスク! おまけにヘンな占い!」


「あ、あの美月さん……」


「何? 反論ある? 大体ね、何なの、さっきの? 『思いがけない災難』って? あの人はね、なんかもう昔っからあんな風に……」


「み、美月さん」


「だから、何? ポン太はね、まだあんま地球のことがわかってないから、あんな変人と友だちになるんだよ。いい? あの人のインチキ占いは――」


「危ないです」


「そう! 危ないの! あぁいったヘンな人は、いつもあんな風にして、人をココロを不安に……グウェェェッ!」


 次の瞬間――私はいきなり、顔面から何かにブチ当たった。

 顔が、思いっきりブサイクにゆがんでいく。

 白目。


 コンビニ入口で尻モチをつき、パンツ丸見え。

 ちょ、私、クールビューティーなんだけど?


 な、何?

 何なの?


「だ、大丈夫ですか、美月さん?」


「ポン太、警察を呼んで。私、いきなり謎の暴漢に……」


「ほら、ちゃんと前を見て歩いてください」


 そう言いながら、ポン太が私を起こしてくれる。

 立ち上がり、よろよろと前を見た。


 自動ドア、故障中

 お気をつけください


 そんな貼り紙。


「……」


 ボーゼンとする私に、ポン太が続ける。


「さすが卜沢くん。すごいですね。占い、見事に的中です」


「マ、マジか……」


「やっぱり卜沢くんは、インチキ占い師なんかじゃないですよ。正真正銘、当たる占い師です」


「た、た、たまたまだよ! 今のは私の不注意! 卜沢くんの占いなんか、当たるわけがない!」


「まぁ、いいですけど……でも油断しないでください」


「ゆ、油断って?」


「卜沢くん、『帰り道』って言いましたよね?」


「う、うん」


「美月さん、まだ家に着いてないです」


「……」


       〇


 コンビニを出る。

 私は買ってきたペットボトルのジュースをひと口飲んだ。

 用心深く、左右を確認。


「美月さん。ようやく卜沢くんの占いを信じてくれたのですか?」


「私、いつもこうだけど? ほら、私、めちゃ可愛いから、いつ誰に襲われるかわかんないじゃん? ストーカーには、常に追われてるの」


「周囲には、誰も見当たりませんけど?」


「わかってないなぁ、ポン太は。向こうはプロのストーカーだよ? ド素人に気づかれるようなヘマはしないよ」


「考えすぎでは?」


「いいから。行くよ。気をつけて」


 まわりを警戒しながら、私は歩きはじめる。

 さっき自動ドアでぶつけた鼻が痛い。

 家に帰ったら、氷で冷やそう。


「あの、美月さん」


「何?」


「ぼく、あれから地球の勉強を少ししました」


「へぇ、感心だね。あなたはいつか、銀河連合のトップになれる」


「銀河連合って、何ですか?」


「ん? 無いの? そういうの? UFOとか乗ってたらありそうじゃん」


「聞いたこともないです」


「いや、ポン太。あなたもね、せっかくUFOに乗ってるんだから、もっと夢を持ちなさい」


「夢……」


「で? 何?」


「美月さんは、その、今からどこか、泥棒にでも入るのですか?」


「は? 私が? なんで泥棒?」


「いえ、さっきから美月さん、泥棒のムーヴなので」


 ポン太の言葉に足を止め、私はすぐ横のお店のガラスを見る。

 そこに映る――自分の姿。


 前かがみ、めまぐるしく左右する目、ガッチガチにキョドる動き。

 ま、まぁ、コソ泥に見えなくもない……。


 バササササササッ!


 その時、私のすぐそばで、何かあわただしい音がした。


「危ない!」


 直後、ポン太が私の服を引っぱる。


 いや、ちょ、やめて、ポン太!

 服が伸びる!

 これ、わりと高いやつ!


 でも――それはポン太のナイス判断だった。

 さっきまで私がいたあたりに、鳥のフンが落ちている。

 見上げると、数羽の鳥たちが空の向こうに羽ばたいていた。


「良かった。あやうく美月さんの服に、鳥のフンが落ちるとこでした」


「……」


「でもやっぱり当たってますね、卜沢くんの占い」


「よ、よくあることだよ! 鳥のフンなんて! 私、犬のを踏んだこともあるもん!」


「いや、それ、どうなんでしょう……」


「とにかく! 卜沢くんの占いは当たらない! 私、マジ認めないから!」


 プンスカと、私はその場を歩きはじめる。

 家まで、あともう少し。

 あそこの角を曲がると、私んちまで数十メートル。


 卜沢くんは、『帰り道、お気をつけください!』と言った。

 だったら――家にたどり着けば、私はセーフ。

 自動ドアに激突とか、鳥のフンとか、占いに関係なく、よくあること!

 占いなんか、ましてやあの変人が言う占いなんか、当たるわけがない!


 キィィィィィィィッ!


 その時、なんだかめちゃくちゃカン高い音が、私たちの十メートルくらい先でひびいた。

 「ゑ……」と思ってそちらを見ると、車が歩道に乗り上げている。

 まっすぐに、こちらに向かってきた。


 運転席に見える、グッタリとハンドルに寄りかかる人。

 えっと、あの……もしかして、倒れてます?

 運転してて、具合が悪くなった?


 ちょ、これ、ヤバくない?

 突然の出来事に、私、まったく動けない。

 体が、完全に、固まって――。


 刹那、私は空を飛んだ。

 フワッと。

 たぶんだけど、陽太が車にはねられた時って、こんな感じだったんだと思う。


 でも――私の体に、痛みは無かった。

 逆に、なんだかあったかい。


 ぐわしゃあああああん!


 歩道に乗り上げた暴走車が、電柱にぶつかって停止する。

 どうやら、ひかれた人はいないみたい。

 ドライバーの人は気を失ってて、通りすがりの人がケータイで救急車を呼んでいる。


「当たりましたね、卜沢くんの占い」


 私の耳元で、ポン太が言った。

 彼のぬくもりを感じながら、私はそこでユラユラと揺れる。


「ま、まぁ……当たったと言えば、当たったよね……」


「美月さんのお宅まで、あともう少しです。用心して帰りましょう」


「だ、だね。でも、あの、ポン太――」


「はい。何でしょう?」


「すっごい飛んでるよね、これ?」


 自分の足もとを見つめながら、私は絶句する。

 私たちは、事故現場の真上にぶら下がっていた。

 彼の右手は電線を掴み、左手は私を抱きしめている。


「それ、素手でつかんで、大丈夫なの?」


「あぁ、はい。ぼく、宇宙人ですから」


 その時――私は、向かいのビルの陰を見た。

 誰かが、事故現場を見つめてる。


 巨大なブラックマスク。

 肩までのロン毛。

 上から下まで、全部真っ黒な服。


 あれ?

 卜沢くん?

 あなたんち、こっちだっけ?

 今まで、帰り道でいっしょになったことはないけど……。


       〇


 それから私は、無事に家に帰った。

 家に着くまでビクビクだったけど、結局あれから『思いがけない災難』には遭わなかった。


 ごはんを食べ、自分の部屋に戻ると、私は宿題をはじめる。

 勉強をしながら、ふと、さっきのポン太のことを思い出した。


 急に背中があたたかくなってくる。

 さっきまで、ポン太とくっついてたとこ。

 彼の、あのやさしい笑顔。


 何だろ。

 ポン太って、陽太と違って、めちゃくちゃ紳士だよね……。


「う、うわぁ……」


 なんだか急に自分がキモくなり、私はブルブルと首を振る。

 さっきコンビニでぶつけた、鼻が痛い。

 マジで痛い。


 しっかりしろ、私。

 クールビューティー、私。


 乙女なんて、めちゃくちゃキモいぞ。

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