アレすぎ!

貴船弘海

1 廃工場ウォークイン

 いきなりだけど――私・川崎かわさき美月みつきの幼なじみが、宇宙人になった。


 これってケッコー、レアじゃない?

 フツー、なる?

 ある日突然、幼なじみが宇宙人に。


 ならないよね?

 マジな話、こんなんだったら、幼なじみが『宇宙人だった』の方が、まだわかりやすいよ。

 でも私の場合、クドいようだけど、ある日突然、幼なじみが『宇宙人になった』んだ。


       〇


 はじまりは、夏休み前――。

 私の幼なじみ・田中たなか陽太ようたが交通事故に遭った。


 あいつ、基本チョーシに乗ってるから、自転車でムチャな飛び出しをして車にはねられたんだ。

 目撃者の話だと、十メートルくらい空を飛んだらしい。


 それからあいつは、病院に運ばれた。

 いわゆる、生死の境をさまようってやつ?


 病院に駆けつけた時、そりゃあ私は泣いたよ。

 べつにあいつのこと、男として好きとか、そういうのは全然ない。


 だけどあんなアホでも、やっぱ幼なじみ。

 友だちでしょ?

 もし死んだら、そりゃあ悲しい。

 だから私、めちゃくちゃ神様に祈った。


『神様! どうか陽太を助けてやってください!』


 そしたら陽太のやつ――急に持ちなおしはじめた。

 つまり、死ななくてすむようになったの。

 病院の人たちも、みんな『奇跡だ!』って大声をあげてた。


 そしてそのまま、陽太は入院生活に突入。


 で、夏休みが終わる頃、陽太が意識を取り戻したって連絡があった。

 私、行ったよ。

 自転車こぎまくって。

 女子なのに、スカートなのに、全力で立ちこぎして。


 駐輪場に自転車を止め、エレベーターを待ちきれず、全力で階段を駆け上がった。

 ゼーゼーであいつの病室に入り、ひさしぶりに顔を合わせた瞬間――あいつ、何て言ったと思う?


「えっと、あの……どちらさまです?」


 私、ハリセン持ってなくて良かったよ。

 もし持ってたら、あいつの顔面、思いっきりジャストミートしてるとこだった。


 でもお医者さんの説明を聞いて、私は「え……」と言葉を失くす。

 陽太は、事故のショックで……記憶喪失になってたんだ。


       〇


 二学期が始まる。

 初日から、陽太は学校に復帰することになった。


 朝。

 私は、あいつの家まで迎えに行く。


 陽太のケガは、もうほとんど治っていた。

 日常生活は、フツーに送れるレベル。


 だけどあいつは、記憶喪失。

 学校までの道のりも、クラスのみんなたちのことも、ほとんど覚えてないらしい。


 だから陽太のご両親から、私は色々と頼まれた。

 『陽太のこと、よろしくお願いします』って。


 陽太のご両親に頼まれたら、そりゃあ私も断れないよね。

 だってお二人には、小さい頃から色々お世話になってるし。

 もちろん私だって、陽太のこと、1ミリくらいは心配だし。


 でも、朝、あいつを迎えに行って、いきなり大騒ぎ。

 陽太のご両親も、ガチでオロオロ。


 あいつ――朝っぱらから行方不明になってたんだ。


       〇


 ご両親と手分けをして、私は陽太を探す。


 陽太の行きそうなとこ、行きそうなとこ、行きそうなとこ……。


 どこだろう?

 陽太とは、小さい頃から色んなとこに遊びに行った。

 近所のコンビニ、近所の公園、近所の河原。

 だけどどこに行っても、陽太の姿は見当たらない。


 ったく、あのバカ!

 一体どこに行ったのよ!


 ムカつきながら、私は探す。

 そして、ふと――昔のことを思い出した。


 もしかして陽太、あの廃工場にいるんじゃ……。


 私たちの家の近所には、廃工場がある。

 わりと大きめな工場で、昔は機械の部品を作っていたらしい。

 だけど今は、全然使われてなくて、ずっと放置中。


 あの廃工場には、昔、二人でよく探検に行った。

 屋上に上がり、そこから見える町の風景をながめてた。


 そのことを思い出し、私は廃工場に向かって走る。

 ボロボロに錆びた鉄の門を抜け、建物までの草ボーボーを駆け抜けた。

 建物に近づき、上を見上げると――屋上に誰かが立っているのが見える。


 ――陽太だ。


「陽太!」


 声を張り上げ、私は建物の中に入っていった。

 屋内は、相変わらず鉄の臭いがすごい。

 ケッコー危険な階段を駆け上がり、屋上部分に出る。


 屋上の床には、昔と同じように、色んな機械の部品がゴロゴロと転がっていた。

 その向こうに立った陽太が、ゆっくりとこちらを振り向く。

 まるでそのまま消えちゃうんじゃないかって笑顔を、私に浮かべた。


「おはようございます、川崎美月さん」


 陽太はアホだけど、顔だけはイケメン。

 お母さんに似てて、本当に良かったね。

 いや、そうじゃない。

 今はそんなこと言ってる場合じゃない。


「よ、よ、陽太! あんた、そんなとこで何してんの?」


「何してるって――風を感じてましたけど?」


「し、詩人か? あんた、詩人なんか?」


 ドカドカと屋上を進み、私は陽太の手を取る。


「あんた、まさか……自殺しようとか、考えてなかったでしょうね?」


「自殺? ぼくが? どうしてですか?」


「どうしてですか、って……そりゃあ、あんた、こんな高いとこでボーッとしてたら、誰だってそういう風に思うでしょ!」


「自殺なんかしませんよ。意味がありません。自殺する者の悩みは、死んだらたしかに終わるでしょう。だけど残された者の悲しみは、そこから始まります」


「ま、まぁ、違うんなら、いいけど……」


「ところで川崎美月さん、少しお話をしませんか?」


「話? あんた、学校はどうすんの?」


「そんなの、どうだっていいじゃないですか。戦士には休息が必要です」


「私たち、いつから戦士になったの?」


「生きるって、戦いでしょ? だったらぼくたち、ずっと戦士じゃないですか」


 そう言って、陽太がその場に座った。

 ため息をつきながら、私はそのとなりに並ぶ。

 まるで昔みたいに。


 すると、横に置いていたランドセルを開け、陽太がペットボトルのお茶を取り出す。

 二本。

 一本を、私に差し出した。


「どうぞ」


「あ、ありがと……って言うか、準備良すぎなんだけど?」


「あなたはきっと、ここに来ると思ってました。だから来る途中、そこのコンビニで買ってきたんです」


「なんで私が、ここに来るってわかったの?」


「それはここが、あなたと田中陽太の思い出の場所だからですよ」


「え?」


 その言葉に、私は陽太の顔を見つめた。

 屋上に吹く風が、彼の髪をやわらかに揺らす。


 私を見つめる、彼の深い瞳。

 何だろう……見慣れたアホ面が、まったくの別人に見える……。


「よ、陽太? あなた、陽太だよね?」


「はははははは。さすが、川崎美月さん。もうお気づきになりましたか?」


「お気づきに、って……」


「えぇ。田中陽太くん。彼、本当は、あの事故で亡くなっています」


「亡く、なってる……」


「はい」


「よ、陽太は……あの時、死んでたの?」


「残念ながら。でもご安心ください。彼の肉体は、ただ今修復中です。時間が経てば、また元に戻ります。いや、むしろ以前より健康体になるでしょう」


「あ、あなたは……」


「今日は川崎美月さんにご説明しておきたいことがあって、ここでお待ちしておりました」


「ご説明……」


「ぼくの正体についてです」


 そう言って、陽太はペットボトルのお茶を飲んだ。

 おいしそうに、めちゃくちゃ大切そうな感じで。


「ぼくは、この星の人間ではありません。川崎美月さんにご理解いただけるように説明するならば――宇宙人です」


「ゑ……」


「宇宙人なんですよ、ぼく」


「は、はぁ」


「信じていただけますか?」


「じゃ、じゃあ、あの、この地球には、一体何の御用で?」


「調査です」


「調査……」


「はい。あとはサンプルの採取といったところでしょうか。我々の星から見れば、この地球という星は、本当に素晴らしい星なんですよ」


「たとえば、その、どのようなところが?」


「まずとても豊かな自然に恵まれています。空気がキレイで、水もおいしい。おまけに作物もフツーに食べられます。これは、もう、奇跡としか言いようがありませんよ」


「あ、あなたの星には、そういうの、無いんですか?」


「あることは、あります。でも人間の手によって加工しなければ、口に入れることができません。この星のように、自然のまま食べることは、ほぼ不可能なんですよ」


「陽太」


「はい」


「とりあえず、病院に戻ろう。大丈夫。安心して。せっかくそこまで体が回復したんだ。あとは手術とか薬とかで、なんとかなると思う」


 立ち上がり、私は陽太の手を引っぱる。

 すると陽太は、立ち上がると同時に、私の体をギュッと抱きしめてきた。


 は……。

 な、何?

 ちょ、マジで、何?


 陽太、あんた、何やってんの?

 バカなの?

 いや、こいつ、元々バカだ。


 私はグーでブン殴ってやろうと、陽太の腕から全力で離れた。

 だけど右手をかまえた瞬間、私はハッとする。


 よ、陽太――なんか背、高くない?

 いつの間に?

 去年まで、私より低かったじゃん。

 入院してから背が伸びるって、あんた、一体、どうなの?


「あの、すいません。ぼく、何かヘンなことをしましたか?」


「ヘ、ヘンなことって……そ、そりゃあ、急に男子に抱きつかれたら、女子は誰だって驚くでしょ」


「そうなのですか? この星では、愛する者を抱きしめる習慣があると学んだのですが……」


「あ、あ、あ、愛する者って、あんた……」


「それから、さっきの『病院に戻ろう』っていうのは?」


「そ、それは、その、あんたのことを考えて言ってあげてんの!」


「ぼくのことを?」


「そう! だってあんた、さっきからマジでおかしいじゃん! 実は死んでたとか、修復中とか、宇宙人とか! なんか、もぉ、意味わかんないことばっか!」


「あぁ。つまり川崎美月さんは、ぼくが宇宙人だということを信じてらっしゃらないというわけですか?」


「信じるわけないでしょ! 大体ね、私たち、もぉ小5だよ? いつまでもそんな、UFOとか宇宙人とか――」


「うーん。困りましたね。一体どうやったら信じてもらえるのか……」


 いや、聞いてねぇし。

 こいつ、マジで聞いてねぇし。


「じゃあ、一番わかりやすい説得をしてみましょう」


「一番わかりやすい説得?」


 私がそう繰り返した瞬間――陽太は一瞬にして、私の体を抱え上げた。

 いわゆる、お姫様抱っこ。

 あっという間の早ワザ。

 私は生まれて初めてされたそれに、めちゃくちゃビックリする。


「ちょ、ちょっと陽太! な、何なの?」


「いいですか、川崎美月さん。しっかりつかまっててください」


「しっかりつかまっ――って、えぇ? 何? 何するの?」


 その直後――私は死んだ。

 いや、死んでないけど、死んだような気分になった。

 私をお姫様抱っこした陽太が、そのまま屋上の端っこまで私をかかえて走り出す。

 しかも、全力。


 いや、あの……ちょ、ちょっと待ってください……。

 そ、そっちは――。


 え? え? え? え? え?

 陽太がなぜか、私を抱っこしたまま、屋上の床を蹴る。

 つまり、ジャンプした。


「ぎゃああああああああああ!」


 めっちゃ無重力。

 フワッとした。

 続いて、落下速度で、下から吹き上がってくる風。


 私の長い髪が、空に向かって舞い上がっていく。

 その中にある、私を見下ろす陽太の顔。

 キラキラとした、やさしいほほ笑み。


 衝撃は、まったくなかった。

 まるで鳥が地面に舞い下りるように、私たちはデリケートに着地する。


 な、何ですか、今の……。

 一体、何が起こったんですか……。

 い、生きてますよね、私?


「ね? ウソじゃないでしょう? 地球人なら、屋上から飛び下りたら大ケガです。最悪、死にます」


 いや、そうじゃない……。

 そうじゃないでしょ、あなた……。


 私は激怒したかった。

 だけどビックリし過ぎて、何も言えない。

 ただボーゼンと、私を抱っこしたままの彼を見てる。


       〇


 そんなわけで、私の幼なじみは『宇宙人になった』。


 宇宙人は、事故に遭った陽太の体に乗り移り、彼の体は現在修復中。

 時間が経てば、前より健康体になる。


 その日は、少し遅刻したけど、なんとか授業に間に合った。

 事情が事情なので、先生もとくに私たちを叱らなかった。

 私たちが教室に入ると、そこにいる全員が、授業を放り出して迎えてくれる。


「陽太が帰ってきた!」


「陽太、大丈夫かよ? マジで心配してたぜ!」


「陽太くん! みんな待ってたんだよ?」


 男子も女子も、みんな陽太のもとに集まってくる。

 い、意外だ……。

 陽太って、こんなに人気あったの?

 って言うか、泣いてる女子もいるし。


 宇宙人の陽太は、それにめちゃくちゃ戸惑っていた。

 まぁ、それはそうだ。

 もしこの陽太が、本当に宇宙人なら、彼は全員と初対面。


 ひと通り、再会の笑顔を交わすと、先生が「はい! あとは休憩時間にね!」と授業に戻る。

 私の席のとなりである陽太は、座る時、私にこうほほ笑んだ。


「川崎美月さん。地球人のみなさんは、とてもあたたかかいですね」

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