第2話 マジメな殺し屋

「もう終わったのか」

 早いな、と獅熊シグマは言う。肌は浅黒く、胸や腕など、全て太い。軍人と言えば、それも納得するような体格だ。しかし獅熊は、戸籍や家族のない出自で、それしか生きる道のなかった、マジメな殺し屋だった。

「もう少し静かに呼んでくれ」

 獅熊は困ったように、笑って言う。雁馬はそれに対して、ふてぶてしく、目も合わせない。ふたりはタメ、今年で二十七歳だ。新人の雁馬を、玄人の獅熊が見ている、ということである。


 獅熊は、雁馬の尻に敷かれている死体を見ると、

「雁馬」

 少し低い声で言い、雁馬を見た。

 呼ばれた雁馬は、顎を引いて、見返す。白く、一重瞼の目は、鋭い。別に獅熊に対して恨みはない。ただ、地下格闘技場で育った者としての荒々しい性と、あとはちょっと、機嫌が悪かっためだ。

「なんだよ」

 むき出しの刃のような目と声で、雁馬は睨みを利かせる。


 しかし、獅熊はそれに対して少しも動じることなく、

「標的の顔はあまり殴るな」

 と言った。嫌味など微塵もなく、非常にさっぱりとしていた。


「いいだろ。別に」雁馬は、自分を主張するために、手を動かしながら説明をし始める。

「俺たちは殺しの業者だろ。死体の照合は、管理の業者がしっかり確認する。だから俺たちは俺たちの仕事をしっかりやればいい。そして殺すには顔を殴るのが一番。だから顔だけを殴りまくる。普通に考えてそうだろ」

 俺の仕事はここまで、あとは次の業者がやること。だから顔をぐちゃぐちゃにしても全く問題はない。雁馬の言っていることは、つまりそういうことだった。


 典型的な新人のつまらない言い訳を聞き、普通だったら嫌な顔をするか、無視するかのところだったが、獅熊は真っ直ぐな目で雁馬を見て、ただ一つだけはっきりと、


「それは違うな」

 と言った。


「は?」

 雁馬は条件反射的に応答した。どこの何が違うのか、違うなら言ってみやがれと、腹の底から脳の奥、手先、足先へと血が走る。思考が速い。


 ふたりの殺し屋の目が合う。五秒ほど、そうしていたか。あるいは十秒だったかもしれない。

 とりあえず、十分な沈黙があった後で、獅熊は雁馬から目を離さず、一つだけゆっくりと、頷いた。


 そして獅熊はそれ以上、何も言わなかった。言っても無駄だと思ったのか、それともあえて何も言わないことにしたのか、本当のところは分からないが、それから、獅熊は付け加えるように、


「まあ、お前は間違ってないさ」


 とだけ言った。そして女の死体に一瞥をくれると、それにしてもグチャグチャだなと苦笑して呟いた。

 その表情はなぜか嬉しそうで、どこか、不思議なくらいに、儚い。

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ふたりは殺し屋 ~SIGMA×GAMMA~ カオル @Kaworu_if

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