第4話 プロローグ

スキルアップの現象が起きて数日。

あれ以来変わったことはなく、着実にダンジョンの活動幅を広げていた。


「俺が十五層にいるって、夢みたいだよな」


ようやく十五層にたどり着いた迅は十五層の景色を見て呟く。


「まさかここが、ダンジョン?」


まるで、異世界のようではないか。


辺り一面を覆うのは洞窟ではなく、青空が広がる草原地帯。


夢物語のようなその場所は、迅を感動させた。


「本物の空みたいだ...」


心地い風がどこからか吹き出て肌を撫でるこの環境は、外の世界と見間違うほどによくできた階層だ。


「よくこんなのがダンジョンの中に存在してるな」


どういった原理でこの階層が存在し、機能しているのか謎が深まるばかり。


事実として、ここはダンジョンの中でありモンスターが生息する巣窟だということ。


この瞬間にも迅を狙う気配が密かに動いていた。


生い茂った雑草から音もなく近寄り、攻撃を仕掛けようとしているモンスターは次第に距離を縮めていく。


獲物を捕らえたモンスター、ウェアウルフが鋭い爪を凄まじい速さと共に奇襲を仕掛けた。


急な接近に気付かなかった迅は咄嗟に剣で防いだ。


「間一髪!」


剣が刃毀れを起こしてしまうほどの爪の攻撃に、一先ず迅は一歩下がり間合いをとる。


今まで戦ってきたモンスターたちは余力が残るほどの強さでしかなかったというのに、目の前のウェアウルフは今の自分でやっと互角といった強さを誇っている。


「何とかあいつのスピードを削らないと、俺に勝算はない...!」


耐久戦となれば明らかに優位に立つのはウェアウルフの方だろう。


耐久戦になる前に決着をつけたいと思った迅は、ウェアウルフの足の速さを消耗させようと、ウェアウルフの足を集中的に狙いたいと考えた。


ウェアウルフの接近を許した迅は、爪の攻撃はよけるが足蹴りを許し腹に蹴りがねじ込む。


その勢いで飛ばされた迅は、咽せながらも立ち上がるがウェアウルフはその隙を逃がさない。


「先に俺がくたばりそうだ...。でも、このままくたばるつもりはない!」


間近に迫る怒涛の勢いの攻撃は、頬をかすめるギリギリといったところで剣で阻止した。


そして、その場しのぎで試すスキルの同時発動を、成功するか失敗するかもわからない賭けに出る。


剣の強化に加えて足の速さを補うためシューズにも同時並行でスキルを発動させた。


「ッ!!!」


スキルの同時キャストは迅に限った話でなく、中ランク冒険者になるにつれて扱えるようになる技術。


だが、その分魔力の消耗は激しい。


スキルアップして身体能力や魔力が向上したとはいえ、スキルのマルチキャストを扱う器ができているわけではなかった。


しかし、動けないわけではない。

多少苦しくとも、今までの苦難に比べれば比じゃない。


「さっさと決着をつけようか」


先ほどよりも素早くなった動きでウェアウルフを翻弄し、強化され続けている剣で足へのダメージを着実に蓄積していく。


ウェアウルフの皮膚は、剣で切り落とせるほど脆くはなく、今できる最大限の力と戦術で立ち向かう。


次第にウェアウルフの動きは目に見えるほどにスピードが落ち、疲労した様子で反撃に出ている。


対して迅も疲労が溜まっている状況。

でも、優勢に立っているのは間違いなく迅の方だった。


シューズにかかった『エンチャント』スキルを解除し、魔力消費を抑え始めた迅の残り魔力残量は僅か。


剣の一撃にすべてをかける。


そしてウェアウルフもまた、最後の一撃を込める。


勢いに乗る剣と爪が互いに交差した。


パキン、と剣の刃が綺麗に砕け散り、ウェアウルフの爪もまた剥がれ落ちた。


その後、真っ先に次の攻撃を仕掛けたのは迅の方だった。


剣先が折れても尚、刃は残る。

残り僅かな力を振り絞ってウェアウルフの心臓へと突き刺した。


硬い皮膚が心臓を守り、ウェアウルフも心臓に突き刺す刃を静止しようと迅の腕を掴み、抵抗する。


このままでは絶対に倒せないと確信した迅は、倒れる覚悟で『エンチャント』スキルを剣に倍乗せした。


「貫けッ!!!」


硬い皮膚がやがて肉を抉り、心臓を貫いた。

血しぶきが顔面にかかり、血の臭いが鼻をつく


返り血を浴び、体からは異臭が漂うがこの場の勝利を収めたのは迅だ。


「ギリギリだったな......」


体力も底を尽きそうで、魔力もほとんどない状態でのギリギリの勝利。

それでも、生き残った事に感謝をしなければならない。


勝利の余韻に浸っていると、突然に今まで感じたことがない感覚に襲われる。


「これは...!?」


苦しい痛みや何かに攻撃をされているわけではなく、力が増したようなそんな感覚に陥っている。


「もしかして、スキルアップしたのか?」


それは最早確信に近い推測。


確かに、迅はスキルアップをしたのだ。


「感覚がさっきよりも研ぎ澄まされてる気がする」


風が草木を揺らす音や風切り音が先ほどよりも鮮明に聞こえていた。


「前回は気絶しててわかんなかったけど、こんな感覚なんだな」


スキルアップの面白さに一体どれくらいまでスキルアップは続くのかと好奇心がふつふつと湧き上がった。


その場で一息をつき、戦闘体勢を構えた。


「一匹、いや二匹か?どうやら血の匂いを嗅ぎつけたか」


倒したウェアウルフの仲間がコソコソとバレないように生い茂った草木を這いながら近寄ってきている。


ウェアウルフたちの表情は、仲間を殺されたことによる怒りを露わにしていた。


「なんでかな。体はもう限界のはずなのに、負ける気がしない」


コンディションが良いわけでも、勝つ算段があるわけではない。


しかし、自信だけは湧き上がってくる。


「バラけてくれて助かるよ...!」


獲物を逃がさないために二手に分かれたウェアウルフだったが、迅にとっては都合がよかった。


単純な身体能力で一匹のウェアウルフに接近すると、ウェアウルフは反応に遅れた。

迅の動きはスキルアップによって一段と速くなり、速度に乗った攻撃はウェアウルフを吹き飛ばした。


「さっきのウェアウルフほどじゃないな」


散らばっていたウェアウルフが一気に距離を詰め、奇襲を仕掛けたが惜しくもあしらわれた。


「それにお前らの攻撃パターンは大体同じっぽいな」


ウェアウルフがガルルルと喉を鳴らし、慎重に距離を詰めようとしていた。


二体の同時攻撃は厄介だと思いつつも、この戦闘をどこか楽しんでいる自分がいることに気づくと、思わず苦笑してしまった。


「...こんなバトルジャンキーみたいな性格してたっけ」


ただ、スキルアップが起きてからというもの自分が強くなっているという実感が戦闘を楽しませていることには間違いない。


まだ伸びしろがある今だからこそ、楽しいと感じてしまうのだろうか。


過去の自分はモンスターと倒すのもやっとだった。

戦闘になれば常にボロボロで、モンスターとの戦闘は苦い思い出ばかりだった。


ただ今は、ボロボロであろうともどんどん強くなるモンスターと戦えるようになった現状が、自分を更に奮い立たせた。


この先、強い敵と戦ってもっと強くなりたいと。


スキルアップが続く限り、どこまでも強くなれるのだから。

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スキルアップでステップアップ 少年 @shonenNARO

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