第3話 スキルアップでテンションアップ
スライムを倒して早三時間。
ようやくドロップしたスライムジェルを持ってダンジョンを出ようと出口へ向かう。
「流石レアドロップ、なかなか出ないもんだな」
スライムジェルを空中に放り投げてはキャッチしてを繰り返しながら歩いていると、モンスターとやり合っている音が僅か遠くから聞こえた。
「入口に近いし他の冒険者との遭遇は免れないか...?」
入口付近の通路は決して広いとは言えないが狭くもない。
もし相手が犯罪を犯す冒険者だったらと警戒をしなければならないが、少し通るだけならリスクは少ないだろう。
迅は気づかれないように歩くと、丁度視界にモンスターと戦闘を繰り広げている若い冒険者が見えた。
少なくとも、犯罪を犯すような人たちじゃないと思った迅は戦闘を見守ることにした。
(恐らく、彼らはまだ冒険者になって間もない。戦闘においての知恵がまるでなってない)
戦闘には間合い、戦術、そしてモンスターの知識が必要不可欠だ。
若手冒険者たちはそれら基本の動作を分かっておらず、無茶苦茶な攻撃と連携で戦っている。
その為、モンスターの攻撃を許してしまう。
(とはいえ、それらの基本がなっていたとしても動体視力と身体能力がモンスターに追いつかなければ意味もないけど)
それは自分のような才能もセンスもない冒険者のことを暗示した呟き。
でも、彼らにはまだ伸びしろがある。
そんな彼らを見て羨ましいと嫉妬を覚えたが、すぐにその邪念を取り払う。
(こうして未来ある冒険者が生まれていくんだな...)
彼らもモンスターを倒し終え、仲間同士で一息をついて戦闘においての感想や反省点を話し合っていた。
ここにいるのも野暮か、とその場を立ち去ろうとした。
その時、帰ろうと振り返った瞬間に後ろから異質な気配が肌を嫌らしく撫でた。
「な、なんだこいつ!?」
「二メートルはあるぞ!?」
声を荒げる彼らにそのモンスターは、容赦なく殴りを入れた。
吹き飛ばされ、血を流しながら気絶する彼を見てそのモンスターは嗤った。
「ッ!?」
迅はそのモンスターを知っていた。
緑肌に人型であるが豚のような顔をしたモンスターの名を、オークという。
迅が驚く理由は、何故オークが一層にいるのかといった疑問と驚愕だった。
自分でさえオークと遭遇したこともなく、戦った経験もない。
何故なら、オークは十一層から現れるモンスターで、十層までしか潜ったことがないから。
「一層まで下りてきたっていうのか...!?」
過去にそんな話を聞いたことがまるでない迅は、どうするべきか決断を迷っていた。
今ここでモンスターを無視してダンジョンの外へ出て冒険者ギルドにこの事を報告するか、倒れている彼らを助けて逃げるか......。
「冒険者ギルドにこのことを報告したところで信じるとでも思うか?」
低ランク冒険者の戯言だと、話を信じてもらえないかもしれない。
何より、倒れている冒険者の子たちはどうなるのか。
あれこれ考えるよりも先に、体が先に動く。
「何やってんだよ、俺!」
言動と行動が一致しないまま、迅は駆け出した。
死ぬかもしれないといった不安よりも、助けなきゃという気持ちが上回る。
その接近は、オークには勿論気づかれることになる。
こうなってしまった以上、無事に逃げれるわけがない。
戦わなければならなくなってしまった。
それでも、迅は後悔などしていない。
見過ごして逃げるよりも、助けて逃げた方が後腐れがなくていいと思ったから。
「オーク一体なら、俺のスキルを使っても問題ないよな」
倒せるかは別だけど、と不安を覚えながらも倒すなら出し惜しみはなしだと自分に言い聞かせ、スキルを発動させる。
迅の唯一のスキルである『エンチャント』は、ボスにもダメージが効いた力を発揮させるとともに、魔力の消耗が激しいスキルだ。
そのスキルを使ったという事は、使い終わった後は魔力切れで倒れるてしまうことだろう。
ただ、ここでまた迅は違和感を覚える。
この違和感は、スライムの戦闘の時に感じた違和感よりも鮮明に感じる違和感。
その違和感の正体をなんとなく悟る。
「酔いが、ない?」
スキルの使い始めは酷い魔力の消耗により、今まで身体が酷く酔った状態だったというのにその感覚がまるでない。
この違和感は気のせいではなく、確かなものへと変わる。
その疑問を解く前にオークはその時間を許してはくれない。
「それよりも、まずはお前だな」
攻撃を仕掛けに来たオークの接近も、動体視力が追いついているのか目で捉えられてる。
コボルトの動きを捉えるのにも苦労していたはずだったのに、自分の中で何かしらの変化が起きていることに間違いないと確信する。
オークの拳が顔面を捉え、迫る拳を顔すれすれに避け続け、まぐれではないことを証明したその動きは、オークを苛立たせる。
先ほどよりも力を込めた拳が下から振り上げらえるなか、迅は強化された剣を持ってその腕を切り落とす。
悲鳴を上げ、切断痕を抑え涎と血を吐きながら迅を目で捉え、二メートルある巨体で壁を使って速度を乗せ、体当たりを仕掛けた。
オークの体当たりは迅を軽く吹き飛ばし、壁に跳ね返され体を強く打つ。
頭から血を流しながら立つが、頭を打ったことにより軽くめまいで身体がよろける。
だというのに、迅はニヤッと口角を少し上げる。
「なんだろうな、この感じ。今までにない高揚感だ」
心臓は高鳴るようにビートを刻み、緊張や不安といった危機感から来る心臓の激しさとは違い、楽しさや興奮といった今までにない感情が湧き上がる。
「さっきまで引退だ、なんて決意固めてたのに...」
自分の心臓を抑え、オークを強い眼差しで捉え、その感情がオークに伝わったのかオークは額に汗を流す。
「まだお前らとは長い付き合いになりそうだな!」
迅はスキルを剣から対象を“シューズ”に切り替え、速さを向上させた瞬間、迅はオークの目の前まで接近した。
迅の接近に気づかず、間合いを許したオークはその対処に出るが時すでに遅し。
剣は既にオークの腹部を突き刺していた。
全力を込めて突き刺した剣は、やがて腹を貫通させる。
オークは何が起きたのかもわからずに、血反吐を吐きながら体の力が抜けていく。
次第にオークは倒れ、ドロップ品を落として死んだ。
迅はその場にて尻餅をつき、スキルを解除する。
スキルを使った後だというのに倒れることは疎か、少しながら余力が残っていた。
オークとの戦闘を得て実感する己の成長。
以前よりも明らかに強くなっていた。
「こんなことが有り得るのか?」
人はスキルの多さとスキルそのものの力で大きく身体能力が変わる。
スキルに順応した身体が形成され、生涯その力が残り続ける。
力が多少衰えることがあろうとも、スキル自体の強さは一定値を超えない。
いくら身体を鍛え、武術を鍛えたとしても、スキルの価値は変わらない。
しかし、迅に起きている現象はその常識を覆すようなものだ。
「スキルが強化された、と仮定すべきか」
それ以外にどう説明すればいいのだろうか。
身に起きる変化が自分にとっていい結果に導いてくれていることには変わりない。
「今度ギルドで能力値を測ってみるか...?いや、もしそれで能力値が上がってたとしたら疑問に思われて厄介な取り調べを受ける気がする」
過去にスキルが発現したあとに、再び別のスキルが発現する事例が無い訳では無い。
今やその人物たちも高ランク冒険者で、未だ現役。
でも彼らと違うのは、まだ不確定要素が多すぎるこの力を、どう説明すればいいのかと言った不安定要素と公言した場合のリスクが伴う。
今はまだ表向きにするべきではないだろう。
「新しいスキルを覚えた訳でもないし、やっぱりスキルアップしたことによって俺の身体能力まで底上げされてるのかも」
もしこの力が一時的なものではなく、これからもスキルが強くなっていくのだとしたら、それはきっと誰も成し遂げなかったことをできるようになれるのかもしれないと言った期待が膨れ上がる。
「自意識過剰もいいとこだけど、この力が本物なのなら今よりももっと確実に上を目指せるということだ」
チャンスが舞い降りた。
絶対に逃せない、最高の瞬間が。
「底辺はもううんざりだ。強くなれるなら、どこまでも足掻いてやる」
自分の拳を握りしめ、己を鼓舞する。
この先、どんな苦難や試練が立ち塞がろうとも、絶対に乗り越えてやると気合を込めて。
その後、起きた若手冒険者たちに質問攻めされながらも誤魔化してその場を切り抜けたという。
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