第2話 冒険者ギルドでトップクラン
ボス攻略を終えて数日、病院で目を覚ました迅はボーっとして天井を眺めていた。
あの日の記憶は薄っすらとしか覚えていなかった。
目覚めて身体が怠いわけではなく、反対に好調なのだが、ただ頭が働かないといった様子だ。
すると、病室のドアがノックされる。
「失礼します」
看護師が病室のドアを開け、患者である迅が起きているのを確認し話を持ち込んだ。
「お目覚めになられたんですね。先ほど冒険者の方である飯塚さんという方からお手紙を貰いまして、上城さんに渡してほしいとのことでお渡しに来ました」
「手紙、ですか?」
「はい、こちらです。その前に体調は大丈夫ですか?まだお体に異変があったりしませんか?」
「いえ、むしろ元気なくらいです」
「そうですか。もしどこか痛むようでしたら、いつでも言ってくださいね」
「わかりました」
看護師から手紙を受け取り、病室を出たのを見てから迅は受け取った手紙を開いた。
その手紙の内容には、クエストだったボス攻略の時についての話と報酬の件が手短に書かれていた。
そしてその内容には、「助かった」という感謝の文面が書いてあり、思わず首を横に振った。
「まさか、俺が感謝される日が来るとは。なんにせよ、生きて戻ってこれてよかった」
飯塚でさえ知らなかった新たなボスの登場に、最初は不安に煽られながらもボスを倒して生きて帰ってこられたことが一番だと思う迅。
そして報酬の話も思わず二度見してしまうほどの内容だった。
「そんなことしてもらっていいのか?!」
クエスト報酬は他の誰よりも多く支給されるといった内容が綴ってあり、口座に振り込んだという。
また、最後に飲みの誘いが書かれており電話番号も記載されていた。
「後で追加しとくか」
手紙をしまい、居ても立っても居られなくなった迅は病室を抜け出して軽い運動をしに行った。
◇
冒険者ギルドという冒険者が集い、クエストやモンスターの戦利品の換金所として使用される施設に迅は向かっていた。
すると、冒険者ギルドの外には群がる人々が中の様子を見ていた。
「なにかあったのか?」
珍しいこともあるもんだな、とその横を気にせずに通り冒険者ギルドへ入った。
入るとき、舌打ちが聞こえたのは気のせいだろう。
中へ入ると、数十人の集団が受付前に立っており、何かを対応中だということが分かった。
だがそれよりも、その集団が何者かが重要だった。
「まさか、あのアマテラスクランの面々が勢ぞろいとは。今日は運がいいんだか悪いんだか...」
他の冒険者もそう嘆くように、最前線で攻略を進めているクランが彼らで、丁度先ほど攻略から戻ってきたところだった。
迅も痛いほど知る、超トップ冒険者たちがいるおかげか、冒険者ギルドはいつもより静かだ。
それほどまでに彼らの影響力と存在感、そして実力があるといったところか。
迅はまいったな、と頬を撫でる。
(クエストを受けようと来たのに、これじゃあ受けようにも受けれない雰囲気だな)
他の冒険者たちも彼らがいるせいか、大人しくその場で立ち止まっている。
みな、息をするのも苦しいといったところだ。
迅も彼らと同じく、アマテラスクランの面々が帰るのを待つため、近くの椅子へ腰を掛けた。
しばらくすると、彼らは受付を離れて冒険者ギルドを出ようとしていた。
なのだが、アマテラスクランのリーダーである
迅の内心は、何かしたのではないかと心底焦っていた。
「いこうか、女王よ」
と、イケメンが手を差し伸べてきた迅の内情は、更に困惑した。
ただ、それは自分に向けられたものではないのだという事に気づく。
「うん」
その声は迅の隣から聞こえ、ようやく自分に言われたのではないと気づく。
そして、いつの間に隣にいたのか、驚きを隠せなかった。
隣にいた女王、
秋山は自前の眼鏡をクイっと上げ、平常心を取り戻し何事もなかったかのようにその名を離れた。
「さあ、僕たちも行こうか」
こうしてアマテラスクランたちは冒険者ギルドを立ち去って行った。
「やっぱ存在感ぱねぇ~!でも、生で見れただけでもマジラッキー」
そんな声がちらほらと聞こえ、冒険者ギルドはいつもの活気と雰囲気を取り戻し、一人、また一人と受付へと向かっていく。
迅も気づくように受付へと向かい、順番待ちで並ぶ。
一つのクランだけであれほどまでの覇気を放つ冒険者は少ない。
アマテラスクランは数あるクランの中でもトップといわれる所以の強さを持つ。
日本にはトップクランと呼ばれるクランが四つ存在する。
そもそも、クランとは冒険者同士が組織を成す、云わば冒険者の会社のようなもの。
その中でもアマテラスクランを含む、四つのトップギルドは世界的に見ても組織的に強い。
やはり、そんな彼らを間近で見たからわかることは、壁があまりにも高すぎる。
低ランク冒険者と高ランク冒険者の絶対的な壁。
迅はその壁をしっかり見て取れた。
高ランク冒険者になれるかもしれないという淡い希望を抱いていた頃の自分が恥ずかしくなるほどに。
年齢も二十歳を過ぎ、まだ後戻りできる今だからこそ、決断をした方がいいと決意する迅は、このクエストを最後に冒険者を引退しようと決めた。
「次の方~」
これが迅の最後の冒険者としてのダンジョン攻略。
クエストを受け、ギルドを後にした。
◇
冒険者として活動を始めてから約二年。
何度も見慣れた遙か高く聳え立つ塔、ダンジョンを見上げてダンジョンの入口で立ち止まる。
息を整え、いざダンジョンへ入場する。
ダンジョンの門を開けると、そこから広がる景色は洞窟だ。
階層ごとにダンジョンのテーマが存在するが、生憎十層までしか潜ったことがない迅は洞窟の風景しか見たことがない。
「よし、やるぞ」
入口を進むと他の冒険者たちが戦った痕跡やモンスターが落とすドロップ品が落ちていることに気づく。
時間が経てばモンスターはどこからともなく復活し始め、ドロップ品や痕跡はダンジョンに飲み込まれて消える。
何より、まだドロップ品が残っているという事は戦闘が行われてまだ然程時間が経っていないという事。
ということは、まだ近くに他の冒険者がいるということでもある。
「ここの近くは狩られてそうだな。別の場所に行くか」
迅が冒険者として活動してから約二年。
その知識は並みの低ランク冒険者よりも知識が蓄えられている。
十層まで長くいるおかげか、十層までの穴場スポットは網羅している。
人も立ち寄らず、比較的安心して戦える場所に移動する。
低ランク冒険者の中では、獲物を横取りしモンスターの戦利品や魔石を横領していく冒険者もいる。
魔石はモンスターの死骸から取れる、貴重な資源でお金に換金できるものだ。
そのため、他人の魔石をスリしたり無理やり奪い取るといった行為にでる冒険者も存在するため、ダンジョンにおいて同じ冒険者でも油断はできないのだ。
そんな迅は穴場スポットに訪れた。
迅は自前の剣を構え、戦闘態勢に入る。
歩いていくと、早速クエストモンスターとのご対面だ。
「お前らが落とすレアドロップ、お前で落ちてくれるといいな...!」
モンスターの名はスライム。
よく見るかわいらしいシルエットのスライムとは違い、ドロドロとした体を纏う。
ただ、スライムの攻撃は単純に体当たりをしてくることしかできない。
「とはいえ、そう簡単には死んでくれる相手じゃないもんな」
剣を何回と突き刺すがその攻撃は全てノーダメージ。
あくまでスライムの身体はジェルで覆っているだけ。
スライムを倒すには常に体内で動き続ける魔石、通称スライムコアを破壊しなければならない。
殺傷性のない体当たりも、当たり続ければもちろんダメージを負っていずれ自分が倒れるだろう。
迅は体当たりをよけながら攻撃を繰り出すが、どの攻撃もコアには届かない。
スライムとの戦闘は、あまり効率的とはいえない。
冒険者は魔石を回収し、金に換え生活費の一部として稼ぐ。
だがスライムの場合、魔石を壊して倒すため金にもならない。
故にスライムが冒険者の前に現れたとしても冒険者は戦おうとはしない。
迅もその一人でもあるが、今回のクエストはスライムが落とすレアドロップ、スライムジェルの納品クエスト。
稀に落とすスライムジェルを持ち帰っていかなければならない。
普通のクエストを受けるより、レアドロップを狙ってクエストを終えた方が締めがつくだろうと考え、クエストを受注した。
それに長く一体のスライムにだけかけてる時間はもったいない。
もうそろそろ決着をつけようとした。
ただここで迅は違和感を覚えていた。
今の戦いで激しく動いているはずなのだが、以前よりもスタミナが上がったのか疲れを感じていない。
そして何よりも、少し自分の身体が軽くなっているのはないかという違和感がずっとしていた。
その違和感を追及するよりもまずは、目の前のスライムから倒すことに集中しなければならない。
一向に当たらない攻撃に嫌気がさし、最終手段である奥の手を使う。
「悪く思うなよ...」
すると、迅は剣を持たない左手をスライムの体内へと突っ込む。
何事かとスライムは飛び跳ね、その手を離させようとするが迅の左手はしっかりコアを掴んだ。
「感触はマジで気持ち悪いけど、これが一番だからな!」
掴んだコアを狙い、剣を突き刺した。
スライムはそれはないよ、といった感じでコアを破壊され生命活動を途絶えた。
ただ、お目当てのドロップ品は落ちず粉々になったコアだけが手に残った。
「流石に一回じゃあ、落ちないよな」
レアドロップと言われているだけあって中々簡単に落ちるものでもない。
根気よくいこうと、次のスライムを探すことにした。
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