あまじま

藤泉都理

あまじま




 雨脚。

 陰雨。

 煙雨。

 片時雨。

 寒雨。

 急雨。

 霧雨。

 軽雨。

 豪雨。

 小糠雨。

 細雨。

 糸雨。

 篠突く雨。

 繁吹き雨。

 驟雨。

 甚雨。

 疎雨。

 暖雨。

 鉄砲雨。

 凍雨。

 通り雨。

 俄雨。

 沛雨。

 白雨。

 飛雨。

 微雨。

 氷雨。

 日照り雨。

 暴風雨。

 叢雨。

 叢時雨。

 雪時雨。

 雷雨。

 冷雨。

 零雨。


 通称、あまじま。

 あらゆる種類の雨を体験できる、特定の者しか招待されないその小島に初めて足を踏み入れる者が二人居た。




「え?」

「あっ」




 足を踏み入れて暫く歩いていると、遭遇してしまった二人。

 これも運命というやつだろうか。

 宿敵である、魔王と勇者であった。


 同時に互いの存在を認識した魔王と勇者は、腰に携えている剣を手に取り構えようとしたが、その手には何も掴む事ができなかった。

 ああそういえば。

 互いが互いに意識を集中しつつ、この小島に入る条件の一つに武器の持参禁止というものがあって、国に置いてきたのだと思い出したのである。

 武器がなくても、双方魔法が使えるので、戦う事はできる。

 が。


 この小島では戦いは禁止でしたか。

 魔王は言った。

 そうだったな。

 勇者は言った。


「では、この小島に居る間だけは、一時休戦という事でよろしいでしょうか?」

「ああ。不意打ちなど卑怯な真似は止めてくれよ」

「ええ。その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

「はは。誰がするか、魔王ではあるまいし」




 氷雨だった。











 雨はいい。

 勇者は雨が好きだった。

 雨に打たれていると、己が溶け落ちては、地面に落ちて、地面の奥深くに浸透して、世界中を巡って、天空に上がり、あらゆる力が籠った雨となって降り注いで、空っぽの己という器に入り込んで、満たされ、身体により力が入るようだった。




 雨はいい。

 魔王は雨が好きだった。

 雨に打たれていると、あらゆる汚れや疲れ、いや、あらゆる感情が一時的にでも落とされてはいつもは陰鬱である気分が少々爽快になりつつ、あちらこちらに開いた細かな穴を塞いでは満たされて、いつもは腑抜けた身体に力が入るようだった。











 ずっとこのままこの小島に居たい。

 幾度目の邂逅になるのだろうか。

 魔王が言った。


 雷雨だった。


 その呟きは、勇者に言おうとしたものではなかったのだろう。

 この雷轟の中では勇者に届きはしないと思ったのだろう。

 

 すっとこの小島に居ればいい。

 勇者は思った。

 ずっとこの小島に居れば、


(もう、戦って、誰も傷を負わずに済む。もう、誰も死なずに済む。俺たちが、ずっと。この小島に居れば………いや。俺と魔王がこの小島に居たとて、別の勇者と魔王が生まれるだけ、か。もう)


 終わらせたい。

 終わらせる為に、勇者になった。




 ここで戦えたのならば。

 魔王と勇者は向かい合いながら言った。

 ここでならば、本気で戦える。

 雨が常に降り続けるここならば全身全霊で戦える。

 戦ってのち、例えば、命の灯火が消え去ったとしても。


 ここで死ねるのならば、本望だった。











「「あまじまで会おう」」






 魔王と勇者が絶命してのち、疎雨が変化した。

 叢雨から、そして、雪時雨へと。

 梅の月に奇怪な。

 誰もが恐怖を抱きつつ、不思議と傷ついた心身が、土地が、癒されるような心地でもあった。




 死してのち、身体に突き刺さった剣もその剣を握る両の手も離す事ができなかったゆえ、勇者と魔王は共に火葬しては同じ墓に入ったと言う。











(2024.5.21)



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あまじま 藤泉都理 @fujitori

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