第3話田吾作さんとケン太1

 ある日、寂しさに耐えかねた田吾作さんはペットショップに行き子犬を買ってきちゃったんである。

 それはもう元気な柴犬を。

ケン太と名付けられた子犬はくりくりした目の可愛い子だった。

尻尾ぶんぶん振り回して遊んでいる。

すでに家の中が荒らされている。

 後から知らされた息子と娘、絶句からの激怒。

「よぼよぼの爺さんに元気な子犬の相手が出来るか!!」

 太一郎さんの言葉は的確だった。

杖ついて散歩してるのに元気いっぱいの子犬と歩けるだろうか?

「大丈夫だわい!!ケン太と散歩してくる!!」

 決めたら曲げない男の田吾作さんは大丈夫と言い切った。

意気揚々と散歩に出かけたがなかなか帰ってこないので孫(太一郎の息子、高校生)が探しにいくと道に倒れていたそうだ。

フルパワーのケン太に引っ張りまわされすっころんでいた。

 逃げないようにとリードをしっかり手首に巻いたのが災いしてケン太に引きずられ立てなくなっていたそうである。

 ダメじゃん。

田吾作さんはすぐに病院へ連れていかれ、幸いなことに打撲と擦り傷だけで済んだ。

 家族たちはケン太をどちらの家で飼うかの話し合いになっていたのだが田吾作さんは頑なに嫌がった。

「嫌だよ、ケン太は俺と暮らすんだよ、頼むよ」

 暴れるケン太を抱きしめる田吾作さんに家族は折れた。

しかし危ないことに変わりはない。

散歩が出来ないのも可哀想だ。

「じゃあ、オレがじいちゃんと一緒にケン太と散歩するよ」

 孫の太郎(仮名)が名乗り出て話は落ち着いた。

「どうせ、部活に行くのに早起きするし二回目の朝飯食う間に行けばいいし」

 体力MAXな高校生男子の強さをみた。

ていうか二回目の朝飯って何?

 それからは平和だった。

足を痛めていたので手押し車を買ってもらった田吾作さんはそれに掴まりながらケン太と孫との散歩を楽しんでいた。


 が、田吾作さんはまたやらかしたのである。


余談である。

 奥さんに朝ごはんのことを聞いたら朝五時に起きて三合くらい食べるらしい。それからストレッチにランニング、シャワーで汗を流したら二回目を食べるそうだ。

また三合くらい食べるそう。

お弁当とおやつのおにぎりを五つ、それでも足らず学食とコンビニで食べているそうだ。

「朝から一升炊いても足りないのよ…納豆も三つも四つも食べるし目玉焼きも一パック焼いても一瞬よ。毎日ウインナー何本焼いてるのかわからなくなるわ」

 一升炊きが二台と三つの寸胴がどんと置かれている台所が狭そうだった。

「カレーとかは寸胴一つじゃ足りなくてね」

 すごいなあと思っていたら太郎君はまぶしい笑顔でこう言った。

「学校で朝練の後に三回目の朝飯食べるよ」

 高校生男子の胃袋に心底震えた。

授業の間の休み時間におにぎりを食べ、学食で食べた後に弁当を食べ、部活前に食べ、帰る途中で友達とコンビニで食べ、夕飯を食べ、二回目の夕飯を食べ、寝る前に夜食を食べるそうだ。

太郎君は全く太っていない。

なんか、意味もなく怖かった。

高校生男子のお母さんたちってこんなに大変なんだと思った出来事だった。



 


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田吾作さんと犬 椛猫ススキ @susuki222

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