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アハトの位置はぐったりと寝そべっていた位置からそこまで変わっていないように見える。しかし、彼女の後ろに続いている這いずった後が残っているのを見ると、目に止まらない程度の動きで天使の腕が届く範囲まで這いずってきたのだろう。


 声は震えており、辿々しさが残る所を見るとまだ傷は治っていない事がわかる。彼女の異能に回復力まで備わっていれば無敵の異能力だったが、どうやら流石にないらしい。

 

「先輩、貴方の力はよくわかりませんが、今放ったそれは確実に殺す勢いでした。一体どういうつもりですか」


「どういうつもりか、だって?俺は悪でしかないそいつを、お前が言った通り殺すつもりだったんだよ。お前こそどうしてそいつを庇った?」


 本当に心底不思議でならなかった。未だにうるさく泣き喚き続けている男のどこに庇う要素があったのか。


「その顔、本気でどうしてかわからないようですね。1週間、貴方のことを観察していましたが、貴方は良くも悪くも腰抜けでしかなかった。それがこの態度、まるで何かに取り憑かれたようです。」


「返事になってないな。そうか、お前も実はあの人とかいう奴の仲間なんだろ!今までのは茶番で、俺の事を嗅ぎつけた誰かが正体を暴くために仕組んだんだ」


 そうだ、そうに違いない。最初からアハトには怪しい点ばかりだった。今日だって彼女が出かけなければこんな事にはなっていなかった。


 となると今動けない迷惑客は放っておいて、何をしてくるかが目下わからないアハトから始末すべきだ。連絡を取られている可能性を考えると時間はかけていられない。


『ブラッドレイ』


 攻撃をするという合図はしない。返事もまたない。彼女は敵なのだから、そんな事を配慮する必要はない。走っていようが、這っていようが避けられないよう無数の弾幕を張る。


 1発だけだったとしても、今の状態なら外す気など一切しないが、彼女の異能力の原理は不明だが異能力を消す事ができる。吸血鬼の力はこの世界にある異能力とは違う力ではあるが、憎き迷惑客の頭を狙った一撃は消されている。


「数で攻めればキャパオーバーを起こすかと思ったが、傷1つつけられていないか。だが、その体ではどの道何もできないだろ?それならさっさと死んでくれよ」


「酷い言い草ですね。ですが先輩には私を殺せません。どの道、そんな高い位置から見下している限りは傷1つつけられませんが」


「それはどうかな」


 手の形を、指差の形から手のひらをアハトに向ける形でパーにする。そこから赤色の魔法陣が出現した事で、計らずも顔がにやけてしまう。


 今なら全て思い通り。後はこの右腕から魔法で作られた隕石を射出して、回避できない一撃を叩き込んでやればいい。隕石のサイズは1メートルほどと小さいが、ここにいる全員を殺す程度の爆発は起こせるだろう。


「これで終わりだ。そして俺が再び王に」


 気持ちよく辺りを飛ばそうとしていたところで、突如、音もなく魔法陣が割れ、生成されていた隕石毎消滅する。


 不測の事態に動揺を隠せずにいるところへ、トゥーリにつけられた首輪があった位置から黒い靄が現れる。靄がだんだんと黒い首輪へと変わると同時に、頭の中に聞き覚えのある機械音声が流れる。


『時間経過により首輪の力を解放。これより強制停止を開始します』


 首輪の形状が変わり、首にピッタリと合わせた形だったのが、少し大きいリング状となる。色も変化し、漆黒だったのがトゥーリの髪色である同じ赤色に変わる。


 ただ色と形状が変わっただけだったのなら、無視してもう一度魔法を発動しようとしただろう。しかし、問題は目に見えて現れた。


「力が抜けていっている。くそ、トゥーリの奴はなんて物を仕込んでくれたんだ。このままじゃ、たおれ」


 そうやって言っている間にも、どんどんと力が抜けていく。吸血鬼の力だけを抜かれるならまだ良い。実際は足を支えている力すら抜けていき、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。


 腕に力を入れようとしても、指一本すら動かすのが難しい。思考も段々と朧げになっていっているのがわかる。


「トゥーリのやつ、ふざけた事を、しやがって。ぜったいに、ゆるさ、な」


 建物の屋上という天気の良い今日は日向ぼっこにはちょうど良い場所で、ぷつりと意識を失った。吸血鬼に取っては最悪な場所だと、気絶する瞬間に何故か頭が冷静になり、ただそう思った。

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異世界帰りのアルバイター 糸島荘 @itoshimasou

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