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 下で辛そうに走る少し小太りの迷惑客は、上から見下ろすクロに向かって、「止まれ」や「動くな」と連呼している。その言霊による命令で、護衛も動かなくなっている事もお構いなく叫び続ける。


「なんで、なんでだ!なんでお前には俺の命令が効かないんだ!」


「簡単な事だ。食らってみてわかったが、お前の言霊それは、無条件で人を操れる様な便利なモノじゃない。お前自身もわかっているんだろ?だから、「動くな」や「攻撃しろ」という簡単な命令しかしない」


「うるさい!それはあの人がそうしろと。あの人が力を使う時は、簡単な指示に絞った方が良いと言ったから俺は!」


 また例のだ。登録外の異能力者達が揃って口にする、伝道者のような謎の存在。ぜひ名前や顔などを聞き出したいところではあるが、それは別の人間の仕事だ。


 今立っているのは家の屋上。吸血鬼の力で身体能力が多少上がっているとは言っても、3階分くらいの高さから飛び降りるのは難しい。それに、このまま火の玉男を放置していけば、また邪魔される可能性がある。


「5%の力で使えるかはわからないが、やってみるしか手はないか」


 手を前に出し、迷惑客に照準を合わせる形で指を差す。さっき勝手に使われていたモノと同じ、指からビームが出るあれだ。勝手に使われていた時とは違い、技の名前を叫び、イメージを強める事でそれは発動する。


『ブラッドレイ』


 指先に飴玉と同じくらい小さい、赤色の塊が生まれる。塊はそこから大きくも、小さくもならずにただ一直線に音も無く伸びる。あるのは風を切る音のみで、伸びていく先には予測していたかのように男が走っている。


 そんな事を考えて、先の先まで予測できるほど頭は良くない。ただ何もない場所へ狙いをすまし放てと、自分の感覚がそう伝えてきた。これが直感なのか、はたまた根源の主トゥーリからの啓示なのかはわからないが、結果はオーライ。


 走っている迷惑客の脚に直撃し、貫通したのか血が噴き出す。男は痛みに耐えきれなかったのか、怒声が混じった叫び声を上げながら悶え苦しんでいる。


 その叫び声を聞いて思わず、顔が綻んだのは性格が悪いからだろうか。しかし、殴られた分を返す事が出来たので、正直心の中はスッキリとしている。


 男は「痛い」と言いながら、撃たれた箇所を必死に押さえている。先に脚を潰しておいたので、直線距離はそんなに離れておらず、まだギリギリ射程範囲内である。


「今を逃せば、自身の異能で何をやらかすかわからない。監視から逃げ出された以上、大人しく引き渡す訳にもいかない。故に俺がお前を処刑する!」


 脚を撃ち抜いた時と同じように、右手の指先へ力を込める。次に狙う先は頭だ。ピーピー、痛いと情けなく喚き散らしているあの男の頭を撃ち抜き、息の根を完全に止める。


 表向きの理由は逃げ出された時の被害を抑える為とは言ったが、相応の痛みを与えた後に殺せるのだから、アハトの分も含めて復讐が完了する。


 そう、これはただの憂さ晴らし。再び吸血鬼の力を得た事によって送れるだろう、順風満帆な人生への門出に彼の首を捧げよう。


「助けてくれ。俺が知っている事ならなんでも話すから。そ、そうだ、俺がそこに寝転がっている女よりも良い女を探して操ってやるよ。どんな人間だって俺の思い通りだ」


「だからこそだ。お前の異能力はお前のような低俗な奴が持っていて良いモノじゃない」


「そんな事はお前が決められる事じゃないだろ!お前は所詮、組織の末端じゃないのか。ただのアルバイト風情が俺をはかるんじゃないぞ」


 あぁ、その通りだ。と答えてやりたい所だが、頭が冴えてきた今、会話をする意味すらも感じられなくなってきた。幾ら命乞いをされようが、決断は変わらない。


 やるべき事はただ1つ。脚を撃たれて逃げる事のできない悪を、そのまま介錯してあげる事だけだ。


 充分に指先へ貯まった血のエネルギーを、そのまま男の頭に目掛けて脚を撃ち抜いた線より太い光線で狙う。人間の頭を撃ち抜く程度なら威力は申し分ない。速度も時速150kmは出ているのではないかと思うくらいには早い。


 最早、これを止められる事はない。頭から真っ赤な花火が咲き誇る瞬間をこの目に押さえようと見つめていたその時、頭を撃ち抜く寸前で青い巨大な腕が男を守った。


 この巨大で筋肉質な腕が誰の物なのかはわかっている。


「何のつもりだ、アハト!」


「先輩こそ、私に黙って何を勝手に行動しているのですか」

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