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「はい、終わり」


 パンと手を叩いた後、トゥーリは一仕事を終わらせたかの様に溜息を一つ吐く。疲れている様に見せたいのか、何もない赤色の空間にただ1つだけある玉座の肘置きに腕を置く。


 きっと彼女は労いの言葉を待っているのだろうが、今更そんな関係でもないのでサラッと無視し、次の出方を伺う。


 その姿勢を見てまた溜息を吐き、「そんなんだから女にモテないんだよ」とボソッと呟いていた。うるさい、余計なお世話だ。


「これで今の君は吸血鬼の力を使おうとしても5%程度の力しか使えないよ」


「その5%っていうのは一体どの程度の力なんだよ。さっきまでは何%だったんだ?」


「そうだな」と言って、ぶつぶつと呟き始める。強大過ぎる力を持つ彼女にとって、力の指標を示すのは難しいのだろうか。


(昔、対峙していた冒険者とそこらにいる村人の違いがわからないとか言っていたし、傲慢などではなく本気でわからないんだろうな)


「少し気になっただけだから、わからないなら良いんだ。自分で体を動かして試す事もできるだろうし」


「いや待って。良い例えが思いついた!君の5%は下位吸血鬼レッサーヴァンパイアとタメを張れるくらい。どう、わかりやすいでしょ」


「うーん、わかりにくい!」


 現実世界にはいない吸血鬼、その中でも最下層に位置するのが下位吸血鬼レッサーヴァンパイアだ。その能力は吸血鬼の基本的な能力である翼を出しての飛行と、吸血して自身の力を強化できる以外は、異世界にいる普通の人間よりも少し身体能力が高い程度の存在でしかない。


 とは言っても「異世界にいる人間よりも少し強い」なので、身体能力で劣っている現実世界の人間相手には異能力を含めなければ、単純な喧嘩ではどうという事はない事になる。


「そっちのモノで表すんじゃなくて、こっちの世界にいる存在で表してくれ。どうせ抜け目ないお前の事だから、色々とこちらの情報を仕入れているんだろ?」


「一々、君はうるさいな。強さの指標なんて知ったところで、君がやる事は変わらないだろう。それよりも君は彼らをどう倒すかでも考えておいたら良いさ」


 フンッと言葉に出しながらトゥーリは横を向く。こうして普通に喋ったり、いじけている姿を見ていると異世界にいる魔王なんかではなく、ただの無垢な美少女としか思えなくなる。


 そう思わせる事こそ、彼女にとっての思う壺にはまっている。俺は決して屈しない、屈しないぞ。


「んんっ。わかった、ありがとう。じゃあ、俺はこれにて戦いにもど」


 話しかけられる前に急いで身を翻し、赤くなった精神世界から離れようとする。そこへ、距離が空いているだけじゃなく、直前まで玉座に座っていた彼女が背中越しに「ちょっと話はまだ終わってないよ」と言いながら肩に手を置いてくる。


 その手は力強く握られており、ここから決して逃すまいという圧を感じる。


「これ以上俺に何の用だよ。お前は自分の半身を助けたいからと俺に力を貸した。俺はそれに感謝してこの場を去る。これで話は全て終わりだろ?」


「私が天使だったならそれで終わっていただろうね。助けるとは言ったが、タダでとは言っていない。私は君が警戒していた通りのだからね」


 少女がそう言い切ったと同時に、クロの首を全て覆うほどの黒い靄がかかる。取ろうと両手で何回も触れるが、見た目通りに靄なので掴む事ができない。


 あたふたと何度も触ろうとしている内に、靄は首へ収束していく。収束する前に止めてもらう為、振り返り肩に手を置いていたはずのトゥーリを見る。


 しかし、既に肩へ手は置かれておらず、置かれていた玉座も消えている。辺りを見渡すも、真っ赤な空間が永遠と続くのみで彼女の姿はどこにもなかった。代わりに彼女の声が天から響く。


「それは首輪。ささやかながらそれが君への対価であり、プレゼントでもある。君ともう一度会えた時、それが解けている事を願っているよ」


 そうしてまた、吸血鬼の力を取り戻す事に成功したのである。

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