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「君が抱えている不安は力のコントロール。今も昔も力任せだった君にとって1番改善すべき案件。けれど身の丈にあっていない力なのだから当然といえば当然ね」


「そんな事はわかっている。俺が知りたいのはお前があっちの世界にいる時、教えてくれなかったこの力の制御方法だ。わざわざしつこく語りかけてきたんだ。何か方法があるんだろ?」


 吸血鬼の力の大元は彼女だ。あくまで自分はそこから力を分け与えられたに過ぎない。彼女は生まれながらに吸血鬼だったらしいので、今の状況とは合致しないがこれからどうするべきかは彼女が1番詳しいはずだ。


 トゥーリはわざとらしく手を顎に当て、これまたわざとらしく観察しながら考えている風な態度をとる。国を相手取って戦えるほどである彼女の力量を考えれば、観察などしなくても最初にコンタクトを取ってきた時点で結論は出ているはずなので、今の状況を楽しむ為の余興のようなものだろう。


「答えは簡単。私が一言命令すれば良い。そうすれば君を支配する力は止まる。ほら、簡単でしょう?」


「それは……問題を先送りしているだけじゃないか。根本からの解決になっていない。俺は今をまやかしで塗り固めるつもりはない」


「けれど今の君では力を完全に制御する事は絶対に不可能。不可能を可能にするのが人間とは言うけれど、どうしようもない壁というのは存在する。そのくらいは馬鹿な君にでもわかるでしょ」


 馬鹿は余計だが、力の源である彼女が言うのならばその通りなのだろう。人には限界があるというのも、

 長年生きてきている吸血鬼のトゥーリだからこそ言葉に重みを感じる。


「なにも初めから100%を制御する必要はないの。まずはそうね、5%くらいから始めて行くのが正解かしら」


「なんの話だ?100%だ、5%だのって。俺には制御できないから、諦めて身を任せろっていう話じゃなかったのか」


と言ったでしょう。今の状態の君でも、出力を私が抑えてあげればどうにかなると言ったわけ」


 それならそうと最初から馬鹿にも分かりやすく言ってほしい。異世界に行く前から、というより生まれた時から察しの悪さには定評がある。


 しかし、彼女の言っている事が正しければこれまでの悩みが改善するかもしれない。今までは制御しきれない力を恐れて、異世界から帰ってきてからは発動条件である血を飲まないように細心の注意を払ってきた。


 それをトゥーリが代わりに制御してくれるのなら、問題はなくなったと言っても良いだろう。


(ただ、自分の為だとか言っていたが、本当にそれだけだろうか?彼女の性格的に自分の為に動く事はあるだろうが、それ以上に何か良くない事を考えている気がする)


「いや、そんな事考えるだけ無駄か。よしわかった。どうせ俺にはどうする事もできないのだから、やりたい様にやってくれ」


「そうこなくちゃね。それじゃあ早速」


 トゥーリは手を徐に掲げ、見せつける様に指を鳴らす。指を鳴らした瞬間に赤色の波紋が起こり、暗転していた世界が紅色に変化していく。


 感覚でわかる。彼女の実体は異世界にいて、この場に直接はいないにも関わらず、指パッチン1つで容易く世界を支配する。


『支配者足る力の波動を確認。制御権を執行者から支配者へと移譲。これより執行者は活動状態から休止状態へと移行します』


 迷惑客に止まれと言われて止まっていた紅い光の塊が、トゥーリが制御を乗っ取った事で掻き消える。久しぶりに見た自分の肌色の体、そして自由に動く体。


 傷は全快している上に、なんだかいつもより調子が良い。いつもの真昼間なら体が怠くて、気力も湧いてこない。だが、今は路地の狭い壁を蹴る事で、そのまま火の玉男がいるところまで軽々と登っていけそうだ。


「ちょーっと失礼。ほっと」


 こちらの動きを止めて、そのまま奥に逃げだしていた迷惑客の元まで走って追いつく。そして彼の肩を足場にして思い切り壁へ飛ぶ。


 勢いを殺さず壁を2回、3回と蹴る事で3階建の狭い屋上まで辿り着いた。狭いと言っても、1つの建物辺りが狭いだけで、仕切りさえ乗り越えれば建物と建物にある縦の間は殆ど繋がっている。なので、逃げる態勢を取りながら固まっている火の玉男をそこから見つけるのは容易い事だった。


「お前、俺が動けないのを良い事にふざけやが」


「黙ってくれ」


 火の玉男の顔を掴み、顔が地面にめり込む勢いで押し倒す。幾ら反応できたとしても、体が動かなければ受身を取る事すらできない。


 ズンという鈍い音共に頭が打ち付けられる。その一撃で気絶したようで、顔や手足から力が抜ける。本当に仕留められたかを念の為に確認して、肩を踏まれて転んでいる迷惑客を見下ろす。


「次はお前だ」

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