参 ランドセル その三
目が覚めたのは明け方近くでした。
部屋の中で何か物音がしたのです。
そして布団の中に娘がいないことに気づいた私は、慌てて身を起こしました。
暗い部屋の中を見回すまでもなく、私のすぐ近くに座っているアイの背中が見えました。
「アイちゃん。どうしたの?」
私は娘の背中に声を掛けましたが、反応はありません。
私に背を向けて、一生懸命何かをしているようです。
どうしたのだろうと思って、布団から起き出した私は、信じられないものを目にしました。
娘がランドセルの中に、人を押し込んでいたのです。
私が見た時には、小さなランドセルの中に、既に頭から胴体の半分近くまで押し込まれていました。
私は、押し込まれているのがアイだと、瞬間的に悟りました。
そして目の前にいるのは、アイの姿をした別のものだと。
私はそいつからランドセルを奪い取ると、娘の足を掴んで引き抜こうとしました。
するとそいつが私に襲い掛かってきて、咬みついたり引っ掻いたりし始めたのです。
私は娘を助けようと必死でした。
後で気づくと、あちこち噛み傷や引っ搔き傷が出来ていたのですが、その時は全く痛みも感じませんでした。
なんとかランドセルから娘を引っ張り出すことできた私は、気を失っている娘の体を、思いきり抱き締めました。
そして娘の姿をしたそいつを睨みつけたのです。
そいつも娘の顔で私を睨んでいました。
何故かその顔は、激しい怒りと同時に、大きな悲しみを湛えているように見えたのです。
その顔を見た私の怒りは、急速に
――この娘はミズキちゃんだ。ミズキちゃんは、学校に行きたかったんだ。
「ミズキちゃんだよね?」
私はその娘に声を掛けました。
それを聞いたミズキちゃんは、小首を傾げて不思議そうな顔をしました。
突然私が冷静になったのが、不思議だったのかも知れません。
「ミズキちゃんも、学校に通いたかったんだよね。みんなと一緒に、お勉強したかったんだよね。でもね、ミズキちゃんはもう、学校でお勉強することが出来なくなっちゃたの」
私の言葉を聞いたミズキちゃんは、さらに不思議そうな表情を浮かべました。
「ミズキちゃんはね。とても悲しいことだけど、もう死んじゃったの。だから、みんなと一緒にお勉強することは出来ないの」
ミズキちゃんは、その言葉を聞くと、とても悲しそうな顔をしました。
私は必死でした。
娘のアイを助けたいということもありましたが、ミズキちゃんをそのままにしておけないと思ったのです。
「でもね」
私は言葉を続けました。
「今まで見たいに、このランドセルに入って、アイと一緒に学校に通ったらどうだろう。窮屈かも知れないけど。給食は食べられないかも知れないけど。ランドセルの中で、みんなと一緒にお勉強したらどうだろう」
私は知らぬ間に涙を流していました。
そしてミズキちゃんは、じっと私の言葉を聞いていました。
「ミズキちゃん、どうかな?これからもアイと一緒に、学校に通ってみない?」
そう言って私は、ミズキちゃんを見つめました。
ミズキちゃんはじっと何かを考えている様子でしたが、やがて私たちに笑顔を向けると、静かに消えていきました。
そしてランドセルが、コトリと小さな音を立てたのです。
その後のことですか?
ミズキちゃんは、アイと一緒に学校に通っています。
学校に向かうアイが、振り向いて私に手を振っていると、一緒にランドセルの中から手を出して振ってくれるんですよ。
この先どうなるかは、今は考えていません。
やがてミズキちゃんが、天国に行って幸せになってくれることを、願っているだけです。
これで私の話は終わりにします。
皆さんも、ミズキちゃんが天国に行けるよう、祈ってあげて下さいね。
了
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