第14話 真帆のお悩み

 六月が近づいてきたある日曜日、俺は真帆の通う中学校へと向かっていた。今日は午後まで部活ということだったのだが、珍しく真帆が弁当を忘れていったのだ。俺はリュックサックを背負ってグラウンドに入り、部員たちの姿を探す。お、ちょうど午前の練習が終わったところみたいだな。


「あ、真帆のお兄さんこんにちはー!」

「こんにちはー!」

「やあやあ、いつも妹が世話になってるね」


 他の部員たちも俺の存在に気付いたようで、挨拶をしてくれた。どうやら今から昼休みらしい。俺は真帆の弁当と、買ってきたスポーツドリンクの箱を取り出す。


「弁当だけ届けるのもどうかと思って、差し入れを持ってきたよ」

「わー、本当ですか?」

「真帆のお兄さん、やさしー!」

「あはは、遠慮しないで取っていって」


 皆にドリンクを配りながら、きょろきょろとグラウンドを見まわした。なんだか真帆の姿が見当たらないな。


「ねえ、うちの妹はどこ?」

「さっき素振りするって言ってどっか行きましたよ」

「え、昼休みなのに?」

「真帆、調子が悪いんですよね。気にしてるんだと思います」


 真帆にしては珍しいな。いつもチームでは大活躍で、不調なときなんてそうそうなかったのに。弁当を持って敷地内を歩き回ってみると、校舎裏で素振りする真帆の姿を見つけた。


「真帆、こんなところにいたのか」

「あ、お兄ちゃん」

「ほら、弁当だぞ」

「ありがとう」


 真帆はバットを置き、俺から弁当を受け取った。うーん、いつもよりテンションが低いな。家ではそんな感じはなかったが、俺に心配をかけまいとしていたのかもしれないな。


「聞いたぞ、調子悪いんだって?」

「もー、お兄ちゃんはそうやってまた」

「どこか痛めてるのか?」

「別に怪我とかじゃないよ」

「そうか……」

「じゃ、皆のとこでお弁当食べてくるから。お兄ちゃん、バット持って」

「ああ」


 真帆はすたすたとグラウンドの方へと戻っていった。俺はバットを持ち、後ろをついていく。大会も近いっていうのに、このままで大丈夫だろうか。


***


 その日の午後は他校との練習試合だった。特に用事もなかったので、俺はそのまま残ってグラウンドの脇で観戦していくことにした。真帆は「四番・三塁手」としてスタメンに名を連ねているようだ。


 一回裏、いきなり二死二塁のチャンスで真帆に打席が回ってきた。相手チームの捕手は細かく守備位置を指示している。やはり真帆は警戒されているようだ。


「真帆頑張れー!」

「打てるよー!」


 チームメイトからの声援を背中に受けながら、真帆が右打席に入った。相手投手は緊張した面持ちで捕手のサインを見ている。真帆はいつもの笑顔が消えており、中学生らしからぬ威圧感を放っていた。やっぱりソフトをやってる時の真帆はカッコいいな。


 しかし――真帆はチームメイトの期待に応えることが出来なかった。初球、相手投手は外角のストレートを投じた。甘いコースだったのだが、真帆は内野フライを打ち上げてしまったのである。


「ショート!」


 捕手の指示が飛び、遊撃手がしっかりと捕球した。これでスリーアウトとなり、真帆は悔しそうに口を一文字に結んでいる。


「ドンマイ真帆ー!」

「切り替えてこー!」


 他の部員たちも熱心に励ましてくれていたが、当の真帆の表情は冴えない。この後も何回かチャンスで打席が回ってきたのだが、ことごとく凡退してしまった。結局チームは無得点で敗れてしまい、真帆は四番としての責務を果たすことが出来なかったのである。


 試合が終わったあと、俺は真帆と一緒に自宅へと歩いた。やはり今日の試合結果は相当こたえたらしく、真帆はすっかり黙り込んでしまっている。


「……大丈夫か、真帆?」

「……大丈夫だよ」


 明らかに大丈夫ではないだろう。ここは頑張って不調の理由を聞き出すしかないな。


「なにか悩んでいるのか?」

「別に、そんなんじゃないって」

「明らかに今日のお前はおかしかった。スイングも鈍かったし、思い切りがなかった」

「……分かるんだね、お兄ちゃん」

「ずっと一緒に練習してきたんだから、そりゃ分かるさ」


 いつもの真帆はもっと頼りがいのあるバッターなのだ。そのフルスイングで強い打球を放ち、チームを逆境から救い出す。そんな真帆の強みが、今日はまったく発揮されていなかった。


「……なんかね、最近自信がなくて」

「自信?」

「先輩を差し置いて四番なんて打って、本当にいいのかなって」

「それはお前が実力で掴んだものだろ? 堂々としていればいいじゃないか」

「そうなのかな……」


 真帆は本気で悩んでいるようだ。大会が近くなるにつれて、自分が四番としての役目を果たせているのか分からなくなったのだろう。俺としては今まで通りにしていればいいと思うのだが、こればかりは本人じゃないと分からないしな。


「まあまあ、今日の晩飯はお前の好きなの作ってやるからさ」

「えっ、ほんと?」

「ああ、何がいい?」

「じゃあハンバーグがいい!」

「はいはい、分かったよ」


 俺が頭を撫でてやると、真帆の表情が少し和らいだ。しかしそれでも、真帆の体から暗い雰囲気が滲み出ている。うーむ、なんとか出来ないものか……。


***


 その翌日、俺はいつも通り学校で授業を受けていた。昼休みになり、俺は自分の机でボーっとしている。真帆のことについて悩んでいたのだが、その時優菜に声を掛けられた。


「さっきからどうしたの、神谷くん?」

「なんだ、優菜か」

「なんだとは何よ!」

「ヒデと一緒のことを言うんじゃねえよ」


 優菜はぷりぷりと怒りながら、俺の前の奴の椅子に腰かけた。そういや、コイツは硬式テニス部だったよな。同じ運動部だし、何か真帆についてヒントを得られるかもしれん。


「なあ、ちょっといいか?」

「なあに?」

「うちの妹がよ、最近部活で調子が悪いみたいなんだ」

「あら、そうなの」

「お前も運動部だし、何かアドバイスでもないかと思って」


 漠然とした質問で申し訳なかったのだが、意外にも優菜は真剣に考えてくれていた。うーん、やっぱりこういうときは頼りになるな。……と思っていたのだが、優菜の答えは予想の斜め上で――


「なら私が解決してあげるわ!」

「へっ?」

「将来は私の妹になるんだから、姉としての務めを果たさないとね!」

「ちょちょちょ、お前の妹じゃねえよ!」

「今度一緒にソフトボールしましょうと伝えておいて!」

「えええっ、えええっ……!?」


 あれよあれよという間に押し切られてしまい、何故か真帆と優菜によるソフトボール練習会が実施されることになってしまった。真帆はともかく、優菜は素人だろう。……体育の授業では上手だったけど。


 そして翌日の放課後、俺たち三人は河川敷のグラウンドに集まっていた。自信まんまんの優菜、やや困惑した表情の真帆、そして呆然と立ち尽くす俺。優菜よ、一体何をする気なんだ――

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家に彼女(妹)がいるので今日は帰ります! 古野ジョン @johnfuruno

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