第8話 エピローグ〜悪魔になった貧しい木こり

 お天道さまがサンサンと輝く真っ昼間。北にある森に向かう怪しい二人組がいました。


「ねぇねぇ、兄貴ぃ。やっぱ行くの止めましょうよぉ。オイラ、悪魔に喰われたくないですよぉ」


「フン!いい歳した大人がホラ話にびびってるんじゃねぇよ。悪魔なんているわけないだろうが!」


「でもでも兄貴ぃ。国が法律で悪魔がいるから森には入るなと禁じるんですよぉ?絶対ヤバいですってぇ」


「バッカだなぁ。どうせ悪魔の話は国が森の恵みを独り占めするためにでっち上げた作り話だろうさ。いくら法律で禁じても盗みに入る奴はどこにでもいるからな」


「ウシシ、オイラ達みたいな奴、ですねぇ」


「おうよ。それにな、悪魔を怖れて森周辺には誰も住んでいないから、お天道さまの出てる時間に堂々と盗みに行けるんだから悪魔様々だぜ」


「……でもぉ、本当に森に行くんですかぁ?人喰いの悪魔の言い伝えって本当にあった話だって皆が言っているし、やっぱ止めといた方が……」


 腰が引けている弟分が気にしている人喰いの悪魔の言い伝えは、まるで御伽噺のような不思議な話でした。




 《昔むかし、その昔。その国の北にある森には人を喰う恐ろしい悪魔が棲んでいるという噂がありました。実際に沢山の男達が森に入ったきり帰ってこないという事件が数十年ごとに起きていたので、人々は噂を信じ、森を怖れて誰も森に行こうとはしませんでした。


 そんなある日のことでした。その国の第一王子が18の歳を迎える一ヶ月前に突然、三人の騎士を無理やり連れ出し、悪魔のいる森へ行ってしまうという暴挙を起こしたのです。


 王は臣下達に息子を連れ戻すよう命じましたが、第一王子は両親のどちらにも似ておらず、とても醜い姿をしていて、性格も我儘で手のつけられない癇癪持ちで皆から嫌われていたので、進んで森に行きたいと名乗りを上げる者は一人もいませんでした。


 そこで臣下達は王子は自分よりも身分の低い者の意見を聞かないことを理由に、王か王妃が第一王子を連れ戻しに行った方が良いと進言したのですが、王と王妃もまた我が子といえど、自分達に似ていない息子のために命を危険に晒すことに躊躇いがあったため、直ぐには決断出来ませんでした。


 そんな状況を打破したのは、第一王子の弟である第二王子でした。彼が自分が森に行って兄を連れ戻すと名乗りをあげたのです。すると第二王子の名乗りを聞いた誰もが彼を引き止めました。


 何故なら第二王子は第一王子とは違い、両親と同じ髪の色と瞳の色を持って生まれた容姿が大変美しいだけではなく、性格が温和で優しく勤勉だったから、両親だけではなく、臣下達からも好かれて慕われていたからです。


 だけど心優しい第二王子は兄と三人の騎士の安否を憂えていたので皆の制止を振り切り、単身で森へと行ってしまいました。


 第二王子が森に着くと、そこにはこの世のものとは思えないほど美しい金髪碧眼の女性が囚えられていて、悲しむ彼女の前で三人の騎士を喰おうとしている第一王子の姿がありました。なんと驚くべきことに第一王子の正体は悪魔だったのです。


 正体がバレた悪魔は第ニ王子に美しい女性は女神だと言い、自分は森に囚えた女神の力を奪うために数十年ごとに人に化けては大勢の人間を森に誘い出して喰っていたのだと話しました。


 第二王子は女神と騎士達を解放するよう悪魔に話したのですが、悪魔は自分の正体を知ったお前も喰らってやると言って第二王子に襲いかかってきました。


 悪魔の力は凄まじく、第ニ王子は防戦しながら三人の騎士を先に逃がすので精一杯で、あわやというところで悪魔に喰われそうになりました。


 だけど悪魔相手に命がけで戦う第ニ王子の姿に勇気づけられた女神が機転を利かせて、自分の代わりに悪魔を森に封じ込めることに成功したのです。


 女神を連れて森から脱出した第ニ王子は先に逃がした三人の騎士と合流し、城へと帰った後、第一王子の正体が悪魔だったことを皆に告げました。


 普段から第一王子の外見や人となりに思うところがあった人々は、第一王子の正体が悪魔だったことに合点がいったと皆が納得し、今後は国中の民を悪魔から守るためにも、森に入ることを法で禁じることにしました。


 その後、第ニ王子は女神と恋に落ち、森に悪魔を封じ込めるのに力を使い果たして人の身となった女神と結婚した後は、ふたりで力を合わせて国を良く治め、末永く幸せに暮らしたそうです》




 言い伝えを思い出しながら歩く弟分は、先に森に向かって歩いている兄貴分に言いました。


「確かぁ、そのふたりが天に召された後も、兄貴みたいに悪魔を信じず、森に入ろうとした奴らはいつの時代にもいたらしいんですけどぉ、皆一様に真っ青な顔で慌てふためいて帰ってきたんですってぇ。何でもぉ、そいつ等が言うには森の入口に黒……痛っ!」


 自分の話に夢中になっていた弟分は前を歩いていた兄貴分が突然、足を止めたのに気づかず歩いて、そのまま兄貴分の背に鼻をぶつけて呻きました。


「もうっ!いきなり止まらないでくださいよぉ!」


「……おい。そいつ等は森の入口で何を見たんだ?」


 声を潜めて尋ねる兄貴分に弟分は鼻を擦りながら言いました。


「へ?え〜っとぉ、たしかぁ……そうそう!何でもぉ、森の入口に全身黒く焦げただれて顔の判別もつかない何かが獣が唸っているような声を上げながらぁ、森の中から必死に手招きしているのを数多くの人間が目撃したっていう……」


 弟分が話していると突然、獣が唸っているような声が聴こえてきました。


「ゔぁぁ゙……ぁ゙ぁ゙!ゔぁ」


「ひゃっ!?……もうっ!兄貴ってば、悪魔の真似なんかして脅かさないでくださいよぉ」


 そう言って弟分が兄貴分の顔を覗きこむと、兄貴分は顔色を無くし、体をガタガタと震わせていました。


「どうしたんですぅ、兄貴ぃ?」


 尋ねる弟分に兄貴分は震える指先で森を指し示しました。


「あ、あ、あれ……」


「?あれって……あれ、悪……魔?うぎゃぃ〜!」


 兄貴分の震える指先を視線で追っていった弟分は、そこに見えるものを認識した次の瞬間、兄貴分と顔を見合わせて奇声を発しました。


「おい、とっとと逃げるぞ!」


「待ってくださいよぉ!」


 怪しい二人組は慌てて逃げていきました。




 ……こうして、北にある森に封じ込められた悪魔の話は本当の話だという噂が、その後もどんどん増えていき、人々は愛する者を守るために、それからも北にある森には誰も入ってはいけないと広く言い伝えていったそうです。




【終】

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女神と夫の話〜その森の言い伝えは愛する者を守るためにある 三角ケイ @sannkakukei

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