第32話 轟く咆哮

 木々がざわめき瓦礫が揺れる。奔流する風は鎮座する竜頭の一点に向かって集まり、そしてピタリと止まる。竜はゆっくりとその顎を開く。



「グオオオオオオオオオオオオオ!」



 竜の咆哮が廃墟を、森を、周辺地域の全てを揺るがす。かろうじて形を保っていた家は崩れ倒壊し、木々に住まう鳥や獣たちは列をなして逃げていく。アリサたちも耳を抑えて立っているのがやっとだ。


 ようやく咆哮が納まったかと思うと、今度はその口に周囲の景色が歪むほどの熱を集め始める。



「ドラゴンブレスが来ます! クラムさん、私の近くに!」


 アリサはクラムを無理やりつかんで近寄らせ、術式を構築する。


対竜防壁魔術ブラスト・ベール!」



 頭上の竜が炎熱を吐き出すと同時に、ドーム型の魔術防壁が展開される。炎熱は轟音とともに容赦なく防壁外側の周囲を焦がし消し炭に変えていく。この防壁が破られれば同様に消し炭になるのは想像に容易い。



「おいアリサ、この魔術大丈夫なんだろうな!?」

「しゃんとせいクラム。ぬしが仲間を信じてやらんでどうする」

「安心してくださいクラムさん、対竜特化の魔術防壁ですので破られませんよ。たぶん」

「おいこいつ今たぶんって言ったぞ!!?」



 命の危機だってのにどうしてそんな楽しそうにはしゃげるんだこいつらは。



「というか、なんで竜を呼んだんだ! ザルガとかいう奴は消し炭になっても増え続けるだろうし、ゴーストは消えない! 状況が悪化する一方だろ!」

「いや、意外とそうでないかもしれんぞ」

「……はい?」


「おそらくなんですがクラムさん、ザルガのスキルは無限に増えるわけじゃないんです」

「いやでも、俺やお前が倒しても次から次へと沸い出てきただろ」

「倒したそばから現れていたから尽きず増えているように見えましたが、隠れていた分身が姿を現しただけです」


「ほう、なんでそう言い切れるんじゃ?」

「先の戦闘では、攻撃に参加する人数が増える程に分身たちの動きは精細さを欠いていきました。これは一人で複数を操作する弊害でしょう。それでも、上限無く増やせるというのなら初めから物量で攻めるはずです。倒されてもすぐに次を生み出せるなら、一人二人で攻めずに多少の精細さは欠いてでも圧倒的大人数で袋叩きにした方がいい」


「だけど、そうしなかったと」

「そうです。増やせない場合、物量で押しても私が範囲攻撃を一度振るえばすぐに分身が尽きてしまう。であれば、技術の質を保った少人数で継続的に攻撃を続け、残りの分身は姿を消す。そうすることで持久戦に持ち込んだ方が勝算は高い」

「言われてみるとそんな気がしてくるな」

「実際隠れている分身は一人二人なら気配で分かるんですけど、隠れた全員を攻撃されながら把握して捉えるのは無理でした。強いですね隠れるのって。あれって分身スキルの副産物なんですかね?」

「かか! そうかもしれんし、魔王に与えられた力かもしれんの!」


「……で、一気に殲滅するために竜を呼んだってことか」

「昔、先生にできないことは他者に任せるのが一番だと教わりましたから。周辺一帯をくまなく攻撃するなんて今の私にはできないので、ドラゴンさんにやってもらおうと」

「ぶっ飛びすぎだ馬鹿……」



 そうこう話していると竜のブレスは止み、外の炎熱が消える。周囲一帯は灰燼と化しており、防壁を解くとその熱波が伝わってくる。そして、突き刺すような殺気を放つ気配も完全に消えていた。


 熱を放った張本人である竜は依然としてこちらを睨んでいる。その表情は怒りに満ちているのか、ただの暇つぶしなのか、こちらの常識では推し量れない。


 アリサは頭上の竜に向かって俺を構える。



「さて、ではあのドラゴンさんをなんとかしませんと」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る