第31話 千影の副将・サルガ

 クラムの大振りの一撃は完全に男を捉える。鈍い音と共に鮮血が飛びちり、寸刻置いて男が倒れる。倒れた男から外れた仮面は、地面に叩きつけられると粉になって消えていく。



「はぁ…はぁ…やったのか?」

「……この人の息は完全に止まってます。それよりクラムさん、さっきの傷……」

「ああ、ステラシア様が治してくれた。あの短剣、毒も塗ってあったらしくてまだちょっと痺れてるがな」

「そうでしたか、そのステラシア王妃は……」



 クラムが後方を親指でピッと指し示す。そこには瓦礫の隅にぽてっと置かれているステラシアの姿があった。


 アリサたちが回収しようと近づくと、ステラシアは緊迫した表情で叫んだ。



「まだ終わっとらん! 次が来るぞ!」



 瞬間、別の人影がアリサを襲う。寸前のところで攻撃を受けると、今度は別方向から似た風貌の男が攻撃を仕掛ける。クラムが大剣で庇うと、その二つの人影は後ろに下がる。


 影は襲ってきた男と同じ風貌で、同じ黒い仮面をつけていた。



「二人目……! 潜んでいたのは3人だったのか!」

「いえ、まだいるようです」



 それを皮切りにぞろぞろと仮面の男が倒壊した建物の隙間から姿を現す。その数は瞬く間に両手では数えきれないほどになっていく。



「なんだこいつら、一体どこに……!」

「そやつらは影じゃ。聞いたことがある、六魔将軍の副将に自らの分身を大量に生み出すスキルを持ったやつがおると。名は、千影の副将・サルガ」

「六魔将軍、副将ですか」



 ザルガの名をステラシアが口にすると、仮面の集団が落ちているステラシアの首に気づく。



「その首……貴様、トロイアの王妃か」


「ぬしのような奴が賊の正体だったとはな」

「貴様、聖剣の勇者に与するか。魔王様の寛大な御心でお目こぼしを頂いていたことが理解できないのか」

「かか! この身を奪い、少しづつトロイアの国土を削り取っていく行為がお目こぼしとな! それほど寛大であれば此世界の者どもも喜んで土地を明け渡すじゃろうな!」

「くだらん挑発だ。いい機会だ、貴様も聖剣の勇者も諸共天に還してやろう。魔王様もさぞお喜びになる」

「かかか! やってみい、どんな無能でも言うだけならいくらでも出来るからのう!」



 そう言ってステラシアは器用にごろごろ転がりながらクラムの足元まで移動する。



「と言っても、大言壮語を吐いたが今のわしは大したことはできん。手も足も出せんからの! ぬしらが頼りじゃ!」

「この首だけお姫様は……!」

「クラムさん、王妃を抱えて頭を下げてください。とりあえず一掃してみます」



 アリサは魔剣を魔術で収納し、俺を抜く。すらりと流れるように剣先を下げ、一速で振りぬいた。



「『白閃・白冰ホワイト・シャード』」



 白い閃光が無数に分割し、仮面の男たちの首を的確に斬り裂く。見えている奴らは全員首を抑えながら倒れていく。


 けれど、倒れたそばから仮面の男たちは次から次へと沸いてくる。



「マジかよ、これどうすんだ」

「かかか! ついでに迷葬魂セラフ・ゴーストもおるでの!」



 倒せないゴーストに、倒しても現れる敵。ここまで囲まれると簡単には抜け出せない。持久戦だとこちらは圧倒的に不利だ。


 早急に何か手を打たなければ。



「仕方ありません、助けを呼びます」

「助け? この状況を何とかできるやつ、お前の仲間にいるのか?」

「いえ、いません」

「……じゃあ何を呼ぶのじゃ?」



 それには答えず、アリサは俺を構えなおす。剣先を真っすぐ正面に突き出し、左手を添える。そして、俺の中の聖のエネルギーを順転させる。



「『聖空弾せいくうだん』、発射!」



 強い衝撃と共に、光の軌跡が剣先から放たれる。軌跡は天高く打ちあがり、弧を描いて遠くかなたへ落ちていく。


 遠隔に斬撃を飛ばす第五のスキル、『聖空弾せいくうだん』。その有効距離は国を超えるが、この状況を打破できるスキルじゃないぞ。



「アリサ、どこ狙ってんだ!」

「大丈夫です、ちゃんと当たりましたから」



 ドオン……


 光の筋が地に落ちて見えなくなると、遠くで音が響く。着弾音ではない、何か大きなものが地面に落ちた音だ。


 ドオン……


 間隔を開けず、二度目が鳴る。一回目よりも大きい音だ。


 ドオン……!


 音と共に足元が大きく揺れる。間違いない、巨大な何かがこちらに近づいてきている!



「トウレンの森の泉には、神秘にあふれる主が生息していると聞きました」

「アリサ、お前まさか……!」

「竜を呼びおったか!」



 ドオンドオン……!


 地面の揺れが最高潮に達すると、灰色の空から光が消える。現れたのは、日の光を遮るほど巨大な、人なんて簡単に蹴散らす竜の首だ。狂おしいほどに美しい赤い瞳は、輝かせながら自らを傷つけた誰かを探している。



「ここは一つ、ドラゴンさんに何とかしてもらいましょう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る