第30話 急襲者

「おいアリサ、これじゃあキリがないぞ! 一旦引くべきだ!」



 クラムはアリサに向かってそう叫ぶ。ステラシアを抱えているクラムは当然大剣など握れはしないので、先ほどから迷葬魂セラフ・ゴーストの攻撃を必死になって避けている。ゴーストの一撃は肉体的な影響は無いが、精神に宿るエネルギーを奪われる。攻撃を受け続けたらいずれ死体のように動けなくなるだろう。



「ぬしよ、器用に避けるのぉ」

「今集中してるんで少し黙っててくれませんかね!?」

「そうですねクラムさん、ここは村に帰った方が……」



 その時だった。突如として物陰から男が現れ、アリサに襲い掛かる。



「危ねえ!」



 クラムはアリサと男との間に咄嗟に割り込み、その身に男の攻撃を受ける。男が持っていたのは鋭い短剣、それがクラムの背中に容赦なく入り込む。


 男は鈍い舌打ちをすると、短剣を引き抜いて後ろへ下がる。



「……クラムさん!」



 クラムの元へ駆けよろうとするアリサをクラムは手で制止する。自分は大丈夫だから敵に集中しろと、苦しげな顔で訴えている。


 アリサは現れた敵に向き直る。男は黒いローブを全身に纏っており、顔を無機質な仮面で隠している。だが、ローブの隙間から見えるその肌は、間違いなく灰色だった。



「聖剣の勇者だな」

「……!」



 その男はぽつりとそう呟くと、再度アリサに攻撃を仕掛ける。アリサは握っていた魔剣で短剣での攻撃を捌く。が、アリサにはいつものようなキレがない。刺されたクラムのことを気にしているのだろう。



「……クソ、痛え」

「おうおうクラムしっかりせい。今回復魔術をかけてやるからの」

「あんた……俺たちを騙したな」

「今はそれでよいから動くでないぞ」



 ステラシアに回復魔術をかけてもらっているようだが、すぐには戦線復帰できないだろう。この男にはアリサ一人で対処するしかない。


 男の攻撃は苛烈を極めるものだった。一瞬でも気を抜けば殺されてしまうような気迫、俺を抜く隙すら与えてくれない。


 だが、当然敵はこの男だけではない。



「アリサ、後ろにゴーストだ!」

「……!」



 俺の声でアリサは迷葬魂セラフ・ゴーストの攻撃をギリギリ躱す。周囲には依然として大量の迷葬魂セラフ・ゴーストが漂っている。


 不思議なことに迷葬魂セラフ・ゴーストたちは男のことを襲う様子はない。迷葬魂セラフ・ゴーストたちはまるで男を避けているかのように行動している。



「あなたは六魔将軍ですか」

「標的と問答する気はない」



 男は短剣を静かに構えなおすと、目の前から忽然といなくなる。前触れなく音も気配も消えてなくなった。魔術を行使したわけじゃない、隠ぺいのスキルか!


 空虚な空間には森から来る風が吹き込むばかり、男の移動する音すら聞こえない。このスキルを使って俺たちに近づいたのだと簡単に理解できる。



 アリサは深く息を吐き、目をつぶった。そして、左の虚空に向かって魔剣を振るう。



 ガキン……!


 斬撃音が辺りに響く。そして、砕けた仮面の破片と鮮血が宙を舞う。



「グァア……!」



 姿を現した男は欠けた仮面の部分を手で押さえている。指から覗かせる瞳は、揺らぎながらもアリサを見つめていた。



「どうですか? 私と話す気になりましたか」

「……」



 男は答えない。先刻と同じように短剣を構えなおす。しかし、その隙を逃さず背後に立つクラムが大剣を振り下ろす。



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