第28話 トウレンの廃墟にて
翌朝、アリサとクラムはトウレンの森の中にある廃墟に訪れていた。村の人たちの話によると、この廃墟周辺での目撃情報が多いということだったので、アリサの顔つきも幾分ばかり緊張した面持ちになっている。
だが、その顔も廃墟の中を歩いていくうちに曇ったものへと変わっていく。
「これは……」
廃墟はもとが集落だったのであろう、並び立つ家々からはその生きていた人々の足跡を感じる。開きかけの扉、倒れた椅子、破壊された棚や机。まるでつい先ほどまで住んでいたかと錯覚するほどに廃墟は形を残しており、そこに人がいないことを確信させるほどの生々しい傷跡がそこら中に点在している。
そして、森の中だというのにこの廃墟内には草木が一本も生えていない。異様の一言に尽きる。
クラムも顔をしかめている。
「こんなところに賊がいるのかよ」
「いや、おらんだろうな」
「は? ……ステラシア様、今なんて言いました」
「おらんと言ったのじゃ。こんな場所、到底人が生きていける場所じゃない」
「ステラシア王妃はこの場所を知っているのですか?」
「ああ、よう知っておる。身に染みる程な」
ステラシアはフッと冷たい息を吐き出す。どこか遠い過去を見ているかのようだ。
そして、ゆっくりと語りだす。
「トウレンというのは森の名ではない。かつて、トロイアでもっとも繁栄していた街の名じゃ。かつてと言っても、ほんの20年ほど前のことじゃがの」
「街、ですか」
「昔のトロイアはもう少し大きかったのじゃ。魔王の影響にも対抗できるほどにの。そして、その中心を担って居ったのがここ、トウレンの街じゃ。貿易によって富を得た街での、いろんな人間が所狭しとおったわ。街は絵の具をかき混ぜたかのように無秩序な色彩で、わしはそれが気に入っとった」
ステラシアはクラムにもう少し歩けと命じる。彼女の案内の元歩いていると、廃墟群の一番目立つ教会、その後ろにある光景が目に入る。
「この廃墟は、影響を最も受けなかった場所じゃ」
何も無かった。教会の後ろには、花も、道も、家も、歴史も。街と呼べる痕跡が全て削り取られ、森の中にぽっかりと空虚な平地が形成されている。
「他は全て消えてしもうた。たった一晩で、たった一本の魔剣での」
魔剣、そう聞いてアリサはかの魔剣を取り出す。鎖に巻かれたそれは、ただ静かにアリサの腕の中でたたずんでいる。
「魔剣の名はアスモスフィア。圧倒的な力を秘める魔剣。使用者にはその命と引き換えに絶大な破壊と絶望をもたらす」
「……」
「周りの森はこの惨劇を隠すためにわしが魔術師どもに命じて作らせた。じゃが、周りは隠せたが魔剣の影響が残る場所には木は生えんかった」
「ステラシア様、なんでそれを俺たちに……」
「なに、老いたる者の昔話にすぎん。アリサが魔剣を使うというのなら一度は目にすべき光景だと思ったまでよ」
アリサも魔剣と同様に静かに惨劇の跡を見つめている。全てを魔剣が引き起こしたのだとステラシアは言うが、アリサは何を思うのだろう。
この魔剣の惨劇を剣好きとして許容するのか、それとも神に仕える者として否定するのか。
アリサはそっと俺の柄に触れる。
「さて、本題に戻ろう。賊がおらんとわしが言ったのは、ここは賊が獲物を襲うには適するが、根城にするには適さんからなのじゃ。その理由がほれ、来るぞ」
ステラシアの話に夢中になっている間に、いつの間にか俺たちの周りには多数のゴーストが現れ囲んでいた。
その内の一体がアリサに向かって攻撃を仕掛ける――
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