第27話 手を合わせるだけ
「話、ですか」
「なに、そう身構える出ない。ぬしらには村の者に周辺の賊の情報を聞いてほしいだけじゃ」
ステラシアは俺の腕でもぞもぞと動き、布から口先だけを器用に出してそう語る。そろそろ重いから早く置きたいんだけどな。
「我らの目的はわしの体、それを保有する賊たちはおそらく周辺の村や旅人を襲っておるはずじゃ。故に、被害が出ておれば賊の大体の位置を把握できようぞ」
「そうですね、折を見て聞いてみます」
「どうしたシスターさんたち、入んないのかい?」
バネッサは既に酒の入った樽ジョッキを抱えており、まだ中に入らない俺たちを不思議そうに見ている。中から漂う肉の香りが鼻腔をくすぐる。お腹の奥がぐっと痛みを訴える。
ああ、俺って今腹が減ってるんだな。
「今行きます」
「そうかい! ここの店は見た目は雑だが味は濃くてうまいんだよ!」
「そうですか、それは楽しみです。ね、クラムさん」
「ああ、そうだな」
酒場に集まった人たちは小さい村とは思えないほど多く、非常に盛況だった。
アリサはさっそく料理を片手に村人たちと交流を始めている。
「お嬢ちゃんは一人で旅してきたのかい?」
「護衛を一人連れてますので、二人でですね」
「偉いねぇ、俺が若いころなんか……」
「ここまで来るの大変だったでしょう。外は色々物騒ですもんねえ」
「幸運にも今は無事で旅を続けられています。ただ、この周辺には旅人を襲う盗賊がいると聞きました」
「そうねえ、森の近くにいった人が……最近だとオイリさんとこの息子さんが襲われたって聞いてわ」
「うちのとこも牛たちを移動させてる時にバッて襲われた。あんときは命からがら逃げてきたなぁ」
「それは災難でしたね。よろしければそういった話を皆さんからもっと伺いたいのですが……」
ステラシア様に言われた賊の聞き込みは順調そうだ。村の人たちとの交流中も聖剣を携えているのに、村の人たちが変に怯えたり構えたりしないのはアリサの雰囲気のなせる技だな。
一方で俺はというと、早々に渡された酒を塩辛い肉料理をつまみにちびちびと飲んでいる。
隣の席に置いたステラシア様が肉を頬張りながら、俺に話しかけてくる。
「ぬしは向こうの話に混ざらんのかえ?」
「俺は……いいです。あんたのお守りもありますからね」
「ふうむ、わしはばれてもええと思っとるんだがのお」
絶対良くないでしょ。
「……ずっと聞きたかったんですが、なんでそんなに体を欲しがってるんですか」
「ほう、なんじゃ唐突に」
「王宮でステラシア様は人形を使ってたって言ってましたけど、それでいいなら人形でも問題ないじゃないですか」
「かか、一理あるな」
「一理あるって……なら俺たちがトウレンの森に行く意味も無いじゃないですか」
「まあそう言うな。ほれ、わしにも酒を飲ませんかい!」
……なんか無理やり話を変えられた。俺は犬猫に餌をやるように皿に酒を注いでステラシア様が舐めやすい位置に置いた。
「むう、味は悪くないの」
まさしく犬のようなステラシア様を眺めて時間を過ごしていると、長かった宴も終わり真っ赤になった村人たちが酒場を去っていく。アリサも表情はあまり変わっていないがかなり満足そうだ。外はすっかり日が落ちて暗くなっている。
俺たちが酒場のマスターに用意してもらった部屋に行こうとすると、直前にバネッサに呼び止められた。
「シスターさん、一つ頼みたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「近くの墓地に埋葬された人たちにお祈りを捧げてくれないかい?」
バネッサの申し出に俺は面を食らってしまう。何故かはわからないが、墓地・祈り、そういったこととは無縁の場所のように感じていたからかもしれない。
アリサは丁寧にバネッサに向き直る。
「それはもちろんよろしいですが、おそらくあなた方と信じる神が違うと思いますよ」
「それは村のみんな承知してるよ。このまま誰にも祈られない方が嫌だってことでね、機会があったらやってもらおうって村の連中と決めてたんだ。もちろん、シスターさんが難しいならいいんだけどさ」
「いえ、わかりました。巡礼を終えていない若輩ですが、謹んでお祈りを捧げさせていただきます」
バネッサに連れられて村の墓地へと向かう。墓地は夜の静かさも相まって非常に冷たい雰囲気を感じる。
バネッサが呼んだ村人たちが続々と墓地周辺に集まってくる。
「私、シスター・アリサがこの者たちに代わり、我が主に祈りを捧げます。どうか、迷える魂の声を聞き、彼らをあるべき場所へと導いてください……」
アリサは静かに手を握り合わせ、祈りを捧げる。それに続くように、集まった村人たちはアリサとは少し違う手の合わせ方で祈りを捧げている。
俺はそれを静かに見つめている。ただ、震える手をきゅっと抑えて。
「のうクラム、ぬしも手を合わせい」
「俺は……」
「手の無いわしの代わりでいい。今はみなと共に手を合わせて目をつぶるのじゃ」
ステラシア様の言葉通り、俺は震える手で手を合わせ目をつぶった。ステラシア様に従うのだと思えば、簡単にできた。
夜闇と変わらない暗闇が瞼の裏に広がる。そこに光は一つも無く、ただひたすらに黒い。
だけど、合わせた手の内側からほんの少しだけ暖かさを感じる。
「ぬしは何でわしは体がほしいか聞いておったの」
「……」
「わしも、手を合わせて祈りたい。それだけじゃ」
俺はステラシア様のその言葉を、生涯忘れられない予感がした。
夜は静かに更けていく。
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