第24話 斬首姫の素敵な贈り物
ステラシア様から竜討伐の依頼を受けた俺とアリサはすぐに出発……するのではなく、何故か街に降りてトロイアをじっくり観光することになった。
なにやら王宮側から竜の討伐に向けて渡したい物があり、その準備のために少し待ってほしいとのことだった。一時的な拠点としてわざわざ高級宿までとってくれるとは気前の良いことだ。
というわけでその渡したいものの準備が整うまで時間が空いたので、こうして二人で街を回っているのであった。当然、目立つ魔剣はアリサが収納している。
目まぐるしく人が行き交う街中は俺の故郷よりもずっと発展しており、じっと見つめていると目頭を押さえたくなってくる。
「……ふう」
「どうしたんですかクラムさん、そんな浮かない顔をして。鳥、冷めちゃいますよ」
思わず吐いたため息にアリサはふっとこちらを振り返る。アリサに言われて初めて、さっき露店で買った鳥串に口をつけていないことに気づく。
「人込み苦手でした? それとも、その串があまり口に合わなかったとか?」
「そうじゃない……少し考え事をしていてな」
「洞窟に置き去りにした仲間たちが心配ですか?」
アリサにピシャリと俺の心にわだかまる感情を言い当てられ、俺はその場に立ち止まる。……こいつは本当に神がかり的な勘の良さを持っているな。
「心配なのもわかりますが、既にこの国の方には場所を伝えています。明日の日が昇るころには憲兵も到着しているでしょう。その後の彼らがどうなるかは彼ら次第です」
そうだ、アリサは王宮を離れる前に勇者狩りの拠点についてあの斬首姫に報告している。あいつらは十分に悪事を働いている。相応の結果となって返ってくるだけだ。
だからこそ、なんだ。
胸の奥に閉じこもった重たい空気を吐き出し、アリサの目を見つめる。
「なんで、お前は俺だけ救ったんだ。お前ほどの腕なら他のやつも……グレッグだって救えるただろ」
街は活気にあふれていて、はしゃぐ子供の声や気前の良い老齢な声が嫌でも耳に入る。
俺は、ふさわしくない。この場に最もいてはいけない人物だ。あの洞窟にいるやつらと俺は何の違いもない。なのに、どうして。
けれど、俺の言葉を聞いたアリサは、何故かきょとんとした顔をする。
「救う……? クラムさん、どうしてあなたは仲間とともに捕まることより、私とともにいることの方が幸福であると思うのですか?」
至極当たり前の疑問だという風に、アリサはいつも通りに言葉を発する。
なのにどうしてだろうか、息が詰まるような緊張感をこいつから感じる。あの時対峙していた以上の圧がアリサから出ている。
背中に一筋の汗がつうっと流れ落ちる。
「それは、罰も受けずにこうして俺が歩けていること自体、幸福にあたるだろ」
「ですが、あなたは今も悩み苦悩しているではありませんか」
「……」
「幸福とは罪を忘れ、日の光を浴び無辜の民に混じって往来を歩くことですか? 不幸とは暗い牢獄で罰を受けることですか?」
アリサは俺に近づき、串を持っている手をぐいっと自分に引き寄せて、鳥串の先端をかじる。数度咀嚼し、こくんとそれを飲み込む。
「別に、私に深い考えがあるわけではないですよ。あなたは違うと、もしかしたら私はそう感じたのかもしれませんね」
「もしかしたらって……曖昧なんだな」
「そうですよ。私はまだまだ修行中の身ですから、あまり買いかぶりすぎないでください」
ふっと笑うその顔は、やはり俺にとっては眩しすぎるものだった。
「それに安心してください、あなたはあの洞窟にいたどの仲間たちより、グレッグさんよりもずっと不幸になれます。これから最も辛い罰がクラムさんを待っていますから」
「……そうか、楽しみにしてるよ」
あまりに重く暗い道行を示すアリサ。だけど、俺はそれを聞いて胸が高鳴るのを抑えられなかった。
*****
結局街の端から端まで歩き、くたくたになって帰ってきた俺たちは倒れこむようにふかふかのベッドが待つ部屋に入る。
部屋の中にはご丁寧に俺の大剣が綺麗に手入れされて机に置かれてあった。
アリサはその大剣に吸い寄せられるように近づき、何故か持ち主の俺より先に触る。なんだろう、こいつって変に武器に執着してるよな。昨日も聖剣を抱きながら寝てたし。
俺はすぐそばにある椅子に沈み込むように座る。足が鉄の塊みたいだ。
「ああ疲れた……というか今更なんだが、竜なんて俺たちに狩れるのか? 討伐体何人も編成してようやく倒せる相手だぞ」
そう口を開いた時、アリサは大剣を撫でる手を止めて扉の方を見る。
ん? 何かあるのか?
「大丈夫ですよ、私たちだけじゃありませんから」
「どういう意味だ?」
そう言うと同時に、扉がコンコンとノックされる。アリサはまるで準備していたかのようにどうぞと言うと、王宮で見た従者が一人、大きな荷物を抱えてそこに立っていた。
「失礼いたします、ステラシア様よりお届け物にございます」
大砲の砲弾くらいはありそうな大きさの従者が抱える丸いそれは、高そうな布に包まれている。従者は部屋の中に入ると、机の上にある俺の大剣をどかしてその丸を置いた。
そして、深々とお辞儀をして去って行った。何かに礼を尽くすように。
残ったのはその謎の丸だけだ。
「なんだこれ……」
「むー!むー!」
「うわ!」
丸はもぞもぞと動いていて、中から音が聞こえる。俺はその大きさと聞こえてきた音から、一つの嫌な答えを想像する。
「……なあアリサ。なんというか、開けない方がいいと思うぞ」
「そうはいきません、王族の方からの贈り物ですから」
そう言ってアリサはゆっくりと布の結び目を解く。
「ふぅ! 暑いのおこの中は! 息苦しくて死ぬかと思ったわ! 久しいのぬしら、半刻ぶりか?」
果たして、俺の嫌な予感は的中する。
布の中にあった……いや、現れたのは、首と胴が離れた斬首姫、ステラシア様の頭だった。
ステラシア様はアリサの手の中で赤ん坊のように笑う。
「かか! 喜べぬしら、わしも討伐の旅に同行してやろうではないか!」
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